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戻ってきた日常

う、んん、なんだか、フワフワしてあったかい。


「はるぅ?」


ああそうか、モコか。

うふふ、モコ、今日はなんだか毛艶がいいね。

頬ずりしているとクスクス笑う声が聞こえてくる。


「ハル」


ゆっくり開いた目の前に羽があった。

雪のように白くて、先だけ赤く染まった羽。


「あれ?」


モコじゃない。

起き上がると背中からまた「ハル」と呼ばれて抱き締められる。


「兄さん?」

「おはようハル、いい夢は見られたかな?」


兄さん、どうして翼を出してるの?

それに翼が二回りくらい小さくなっているけど、大きさを変えられるんだ。


「はるぅ」


今度はモコが鼻先をぐいぐい押し付けてくる。

何か不満そう。


「ししょうばっかりずるい、ぼくもなでて」

「何を言う、僕はハルのお兄ちゃんだ、第一にハルを可愛がる権利がある」

「ずるい、ぼくもはるすき、はるぅ」

「ハル、僕の翼は暖かいだろう、気持ちよさそうに頬を摺り寄せていたね」

「ぼくのはねもあったかいよ、それにぼく、ふわふわだよ」

「お前は早く認識を改めろ、いつまで雛の姿でいるつもりだ」

「むうーっ」


これは、すごい状況かも。

部屋にラタミルが二人もいて、ペタペタくっつかれている。

だけどこっちはロゼ兄さんだし、こっちはモコだ。

凄いけど、凄いって実感が沸かない。私にとってはいつもの光景だ。

でも、二人の羽、どっちも綺麗だな。

改めてラタミルの翼ってこんなに綺麗なんだ。


「おい、起きたかハ、うわっなんだ!」


扉の開く音がして、二人の翼の向こうからリューの声だけ聞こえてきた。

姿は全然見えない。

と、思ったら、ロゼの翼の隙間からにゅっと手が生えて、翼を強引に押しのけながらリューが顔を覗かせる。


「おはようハル」

「おはよう、リュー兄さん」

「こらリュー、僕の翼をぞんざいに扱わないでくれないか」

「邪魔なんだよ、モコも羽をしまえ、お前たち朝飯だぞ、早く支度をしろ」

「まったく、君は!」

「はぁーい」


朝から賑やかだ。

二人が翼をしまって、やっと部屋の中が見通せるようになった。

―――開けっ放しの扉の所に、両手で口元を押さえながら目をキラキラと輝かせるサフィーニャがいる。


「す、素晴らしいですニャ」


こっちも相変わらずだね。

ロゼの襟首を掴んで部屋から強引に連れ出すリューを見送ると、私にぺこりとお辞儀をして、二人の後を追いかけていった。

よし、私も支度を済ませよう。


「モコも毛を梳かそうね」

「わーい、ありがとうはる!」


窓の外には青く澄んだ朝の空が広がっている。


里にはもう数日ほど滞在することになった。

兄さんは体力があるから、一晩寝たらすっかり元気になったみたいだけど、里に来るまでずっと移動が続いていたし、引き止められてせっかくだからってご厚意に甘えることにしたんだ。

改めて妖精の里は人の暮らしと似ているようで色々違う。

例えば、かまどには火の精霊イグニが住み着いているし、井戸では水の精霊アクエが遊ぶように飛び回っていた。

精霊が好む場を作り、ルミナの明かりのように媒体となるものを用意して住み着かせているんだって。


「おかげでかまどの火は絶えませんニャ」

「へえーっ」

「井戸の水もですニャ、精霊と共に歩む術を知っていれば、豊かな暮らしが送れますニャ」

「そうですね」


でも、生活様式が違う、一般的な潜在魔力の量も妖精よりずっと少ない人には、こうして精霊と暮らすこと自体が難しいだろう。

なにか折衷案みたいなものが思いつけばいいんだけどな。

暮らしに役立てるための研究を続けていたから、こういう時はやっぱり『オーダーかな』って考えてしまう。

うまく組み合わせることができないか、考えてみるか。


「おねえニャーン!」


お腹も膨れて、モコと一緒に広場でのんびり日に当たっていたら、小さなニャモニャたちが駆け寄ってくる。

皆ともすっかり仲良くなった。

柔らかくてフワフワで、ミルクみたいな甘い匂いがして、どの子もすごく可愛い。

撫でると嬉しそうにコロコロ喉を鳴らすところがやっぱりネコだね。


「なにしてるミャ?」

「だっこしてニャン!」

「いいよ、順番だよ、お膝においで」

「ミャンミャ、ミャァーッ」


モコもあっという間に集られた。

背中によじ登ったり、頭の角にじゃれ付いたりして、モコ、くすぐったそうにしてる。


「今はねえ、モコと一緒に日向ぼっこしていたんだ」

「ぼくも! ぼくもひなたぼっこするミャン!」

「わたちおひるねすきニャン」

「ミュン!」


周りを通りがかる大きなニャモニャたちも、小さなニャモニャと遊ぶ私とモコにニコニコと優しい目を向けてくる。


「ハル様、モコ様、有難うございますニャ」

「ラタミル様に遊んでいただけるなんて、本当に光栄ですニャ」

「この子たちは元気に大きく育つでしょうニャ、感謝いたしますニャ」


ご利益的なものなのかな。

モコも、前はニャモニャの爪や牙をちょっと苦手にしていたけれど、今はまんざらでもないみたい。


リューは里の自警団や有志のニャモニャから戦い方の指南を頼まれてちょっと忙しそう。

だけど楽しそうだ。

面倒見いいもんね、頼りにされてやる気を出しているんだろうな。

お料理教室も開いて、こっちはお嫁さんや奥さん、若い女の子のニャモニャたちに好評だ。

エメラニャさんも毎回参加しているらしい。

リューとお互いに料理のレシピを交換し合って、レパートリーが増えたって喜んでいる。


ロゼは、やっぱりあまり姿を見かけない。

いるとひっきりなしに拝みに来るニャモニャがいて「鬱陶しい」なんて困ったようにぼやいていた。

サフィーニャは里長の仕事の合間によくロゼを探していて、そんなサフィーニャをニャレクとニャードルが何とも言えない表情で見つめる姿も見かける。

恋愛とかよく分からないし、私も鈍い自覚があるけど、でも、サフィーニャはいつか二人の視線に気付くのかなあ。


「―――ハル」


一人で里の小道を歩いていたら、不意に上から呼ばれて顔を上げた。


「兄さん」


ロゼは座っていた枝からふわりと目の前に降りてくる。


「やあ、散歩かい?」

「そうだよ、兄さんは何していたの?」

「暇をつぶしていた、ハル、僕と空を散歩しよう」

「うん!」


嬉しそうにニッコリ笑うロゼに抱えられて、一緒に空へ飛びあがる。

わあっ、何度来ても凄い、空からだと世界の果てまで見渡せそう!


「兄さん、風が気持ちいいね」

「ああ、だが今日は少し肌寒い、僕にしっかり掴まっておいで」


ロゼの腕の中、温かいな。

厚い胸板は弾力があって柔らかい、私より胸があるんだよね、せめてロゼくらい、ううん、リューくらいでもいいから育ってくれないかな。


「どうかしたかい?」

「何でも!」

「それにしても、君は変わらず小柄で可愛らしいね、僕の腕の中にすっぽりと収まってしまう」

「兄さんが大きいからだよ」

「確かにそうか、ハハッ」


頬ずりされてくすぐったい。

ロゼは私を抱えて、里と周辺に広がる森の上をゆっくり旋回して飛んでくれる。


「ねえ兄さん」

「なんだい、ハル」

「ラタミルが暮らしている場所は、この空のずっと上の方にあるの?」

「いいや、確かに空にあるが、こことは次元が異なる、ラタミルでなければ辿り着けない場所にあるのさ」

「そうなんだ」

「正確には天空神ルーミルの神域が住まいと言える、神々はそれぞれ自身の神域を持つ、その神域へは神か、神の眷属でなければ立ち入ることは叶わない」

「人には行けない場所ってこと?」

「基本的にはそうだよ、まあ、何事にも例外はあるが」


例外って何だろう。

訊こうとしたら「はぁーるぅーっ!」って大きな声で呼ばれて、驚いて振り返った。


「モコ!」

「ししょうずるい! ぼくもはるといっしょにとぶ!」

「やれやれ、うるさいのが来たな」

「ししょうともいっしょにとびたい!」


モコまで白い翼を広げて飛んできた。

ロゼより一回りくらい小さいけれど、それでも十分迫力がある。

すっかり空を自由に飛べるようになったんだね。


「はる、ぼくにのっていいよ、ぼくふわふわだよ」

「半端者の分際で厚かましいぞ、あっちへ行け、ハルは僕の妹だ、誰が渡すものか」

「むう、じゃあししょうもいっしょにのって」

「僕には自分の翼がある、何故お前の背に乗らなければならない」

「それじゃいっしょにとぶ!」

「まったく、勝手にしろ」

「する!」


ずいぶん仲良くなったなあ。

モコがまとわりつく格好でだけど、最近よく一緒にいるし、きっとモコは嬉しいんだね。

ロゼの隣で羽ばたく姿も活き活きとしている。

―――その本質は空に属する存在。

ラタミルのことを書いた本の一節をふと思い出した。

陽の光を浴びて淡く輝く二人の翼はどっちも凄く綺麗だ。

ちょっと見惚れてから、ロゼの胸に凭れてクスクスと笑った。

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