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ちょっとは勘違いしようぜ

『りっくん、久しぶり!』

『急に連絡しちゃってごめんね』

『ふと最近はどんな感じかなー、って思い立っちゃって』

『そしたら久しぶりにりっくんの声が聞きたくなっちゃった♫』



ヨリを戻そうとするときの典型的な導入メッセージがそこに踊っていた。


「なんというか、テンプレね」


詩が若干呆れたような声で率直な感想を述べる。



「ですねぇ。正直、何をいけしゃあしゃあとって気持ちになりますけど、昔思ってたようなムカつく気持ちとか、意外と湧いてこないもんなんですね」


「えっ!?じゃあこの子とヨリを戻すの!?」



ガタガタガタっ!

詩が突然、普段出さない大きな声をだしたことに驚きすぎて椅子から落ちてしまった。



「びっくりしましたよ!急におっきい声ださないでくださいよ〜」


「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いてしまって......」


「いえ、いいんですけどね。いやぁ、ヨリは戻さいないと思いますよ。結構手ひどく振られましたしw」



梨樹人がそういうと、詩はホッとした素振りを見せる。



「そうなのね。神夏磯くんは人が良すぎるのが玉にキズだから、また騙されに行くんじゃないかってちょっと不安だったのよ」



梨樹人は過去に、飲み会の場で詩に柚津から受けた失恋劇について話していた。



仲良くしてる後輩が再び悪女に引っ掛かろうとしているのを見過ごせなかったんだろうなぁ。相変わらず優しい人だなぁ。

こんなふうに対応されたら普通に勘違いしちゃうところだわw

俺は長男だから耐えられたけど、次男だったら耐えられずに告白して玉砕してるとこだわw



「大丈夫ですよ。こいつも別にホントにヨリを戻そうと連絡を寄越してきたのかもわかりませんし、僕も浮気されてたのもまだムカついてますしね」



「それならいいのだけど......あんまり本気にならないほうが良いと思うわよ?」



上目遣いでの忠告、ありがとうございます!


「ははは、了解です。とりあえず今日はホントに疲れたんで、帰って寝て、起きてから考えることにします」


発表が終わって気が抜けたことも手伝ってマジで疲れが限界に来ていたので、この話題を終わりにして帰路についた。



*****



「ふぅ〜、今日は疲れたけど、良い発表できてよかったなぁ〜」



帰宅して風呂から上がった梨樹人は、おじさんくさい所作で一日あったことを思い出していた。



「それにしても、柚津からいまさら連絡が来るとか。しかもそれが今日このタイミングとか、なんなんだよ」


「そんなことより、今日の冬城さんなんかいつもより可愛かったなぁ。ねぎらってくれたのも嬉しかったし、なんか俺の恋愛事情を推し量ろうとしてる感じでもあったし」


「っていっても、冬城さんは先輩といい感じっぽいし、やっぱ俺とワンチャンとかはないだろうなぁ〜。ま、眼福だったし、いっかw」


「おっと、そういえば柚津からのメッセージは既読にしてしまってたな。そのまま無視してる形にしてるし、せめて今晩中には何か返したほうが良いかもなぁ」



めんどくさい気持ちと疲れが梨樹人をまどろみに誘う中で、残りの体力を振り絞り、今日一日の最後にやらなければならないことに意識を振り向けていた。



「とりあえず、無難に挨拶だけ返しとこう。そんで後は明日の俺に任せよう...」



意識を向けたなどと嘯いてはみたものの、眠気は限界点に達している。

必要最低限のメッセージだけ送ってこの日は終わりにすることにした。



『よぉ、久しぶり。元気してるよー』



という1通だけ。社交辞令的な挨拶を送る。

送って数秒後、ピロンッという通知音が耳の近くで流れたが、これを確認するほどの元気は残っておらず、梨樹人の意識はそのまま夢の世界に落ちていった。






*****






「あー、柚津から返ってきてるなぁ」



元々マメな性格ではなく、昔はメッセージの確認は一日に数回するかどうか、というモノグサ野郎だった梨樹人だったが、柚津と付き合いだして返信を急かされる生活を通じて、朝起きてすぐにメッセージを確認するのが日課になっていた。



「さて、なんと返すか。いっそ返さないという手もあるか」



うーん、と暫く悩むが、良い方針は浮かばない。


「今日は、昨日の発表の振り返りがあるし、とりあえず後でまた考えよ」


と、ひとまず放置することに決めて、大学に向かう。



*****



この研究室では、発表の振り返りは研究室メンバー全員が参加し、いろいろな観点から議論するのが慣習になっている。

先生と研究室メンバーが円卓状のデスクに着席し、この慣習に習って梨樹人らの卒論発表の振り返りの議論をしており、今、その話し合いも終わりを迎えようとしていた。



「〜〜〜〜〜〜〜という感じで、僕の発表の振り返りは以上です」


「はい、お疲れさまでした。良い発表と質疑ができていましたし、今日の振り返りもよく自分を見つめ直せていてよかったと思います。修士に進んでからも、仕事の方でも忙しくなるでしょうけれど、引き続き頑張っていきましょう」


梨樹人の卒論発表の振り返りが一通り終わって、吉田先生からねぎらいの言葉と一言コメントを頂戴する。

吉田先生の言葉にある通り、俺、神夏磯梨樹人は大学の学士課程を修了したあとは、就職ではなく修士課程に進学することに決めていた。


もともと現役生の進学者の少ない学部なのだが、この研究室の進学率は非常に高い。

先生の人徳や指導努力、先輩方のサポート、それらを実現する研究室の伝統といった文化のなせる業なのだろう。


先生から頂いたコメントにも人柄が表れているように思う。

吉田先生は研究を進める中では厳しい面を見せつつも、節目節目でこうしたねぎらいや称賛を自然とくださる。

細かいかもしれないが、どうも聞いている分には、こうしたケアは当たり前のことではないようで、自分たちの実感としてかなり精神的な助けになっていることがわかる。






......アメとムチを使い分けるのは洗脳術の基本?いやいや、まさかまさか、洗脳されているわけではありませんよ、ハハハ。



ともかく、梨樹人はこの研究室で引き続き、スポーツ心理学の研究を続けることにしている。

進学に伴って、収入面に心配が残っていたが、吉田先生のツテで、とあるスポーツチームのメンタルケア班の一員として仕事をいただくことができることになっており、研究以外への拘束時間は増えてしまうが、収入ができることは代えがたくありがたい。



「はい、若輩者ですが、先生も先輩方も、今後ともどうぞよろしくおねがいします」



振り返りの会議が終わり、参加者がバラバラと解散して各自が自分のデスクに戻っていく。



梨樹人も自分のデスクに戻って、ここしばらく放置して山のように積み上がっている資料を整理しようとしていると、詩が神妙な面持ちでこちらに近づいてくる。



「お疲れさま、神夏磯くん」


「あ、冬城さん、ありがとうございます。振り返りの内容になにか問題とかありました?」



会議が終わった直後。真面目な顔をした先輩が自分のもとに来るということは、先程の会議で何か問題があったとか、コメントやお小言を頂戴するものの可能性が高いと判断するのも無理からぬ事だ。



「いえ、そうじゃないの。なんていうか、全然関係ないことなんだけどね?」


先程の毅然とした表情が徐々に崩れ、歯切れの悪い態度に変化していく。


「えっと、その、なんていうかね?昨日のさ?わかるでしょ?あれがどうなったのかなって......」


「えっと、なにか他にありましたっけ?すみません、僕、いつも察しが悪くて、言ってもらえないとちょっとわからないので......」



「だから、昨日、昔の彼女さんから連絡が来てたじゃない!」


「あ、はい、確かに来てましたね。えっと......それで、なんですかね?」


「もう、ほんとに察しが悪いのね......。あれからどう返したのか気になっちゃって」



こころなしか頬を赤く染めているようにも見える。



そうか、冬城さんみたいな人でもこういう恋愛に関する野次馬的なことは気になるんだなぁ。

でも確かに昨日あんな中途半端な感じで終わったら誰でも気になるか。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにw



「あぁ、あれですか。とりあえず昨日の晩に『元気だよ〜』って返して終わりですね」


「え?それだけ!?」


「えぇ、まぁそうですね。朝起きたらなんか返ってきてましたけど、まだ返してないです」


「そ、そうなのね。そうやって焦らして駆け引きをしようとしているのかしら?」



チラッチラッっと遠慮がちに、なにか下世話な探りを入れてくる。

変な勘違いをされたくはない。



「いやいや!なんでそんなことしないといけないんですか!単に返すのめんどくさかっただけですよ!」


「ふ〜ん、そうなんだぁ」



ジト目でそう言われれば、下心を疑われていることくらいは梨樹人でもわかる。



「なんですか、そういうんじゃないですからね、マジで。ほんとにめんどくさいだけなんで!なんだったら冬城さんも一緒になんて返したら無難か一緒に考えてほしいくらいですよ!」



嘘ではないけど、こう言っておけば詩は「いえ、そういうことなら大丈夫」とか「また経過を教えてね」とか言ってこの場を終わらせてくれるという算段で勢いで放った言葉だったのだが、梨樹人の予想とは異なる回答が返ってきた。



「......え?いいの......?」

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