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1 透明少女

「黙っていればかわいいのにね」という一言で、わたしの初恋は終わった。


 従妹の、いくらか年の離れたお兄さんだった。落ち着いた人だった。別に告白をしたわけでもない、いい雰囲気になったわけでもない、それとない空気が漂うこともなかった。ただその一言でわたしの浮ついた気持ちが、なにかが分離したように落ちていった。打ち上げたロケットのエンジンみたいに。わたしそのものだけがぐんぐん上昇を続けて宇宙に消え、取り残されたわたしの少女的なところは海へ落ち、少し沈んで、錆が出始めたぐらいで回収されてまたわたしとともに生活をはじめた感じ。


 ともかくわたしは喋るとよくないらしい。当時は髪形もふつうだったし服も着崩していなかった。母親譲りの粗暴な性格というか、口調というか、そういうものがよくなかった、かも、しれない、と今は少し思う。思うけれど、同時に「なんて理不尽なんだ」と感じた。今もそれは変わらない。だってそうでしょ、喋り方なんて勝手に身につくものだし、しつけの問題だし、わたしの責任が何パーセントあるかって言ったら五十もないと思う。駅前のスーツ着たおっさんの髪形みたいに七三ぐらいだ。三がわたし。そんなことでわたしの恋心がパージされていいのか。よくないと思う。だから、この従妹のお兄さんに再会したときに、すっかり髪形も服装も──口はもっと──乱れたわたしはひどく無愛想に接した。今度は黙っていてもかわいくないと思ったに違いない。知るもんか。



 その後も錆びついたわたしのエンジンは、たまに火がともりそうになることがあったが、結局似たようなことを言われて再び海面に落ちていく。きいちゃんは「狙う男がよくない」と言うが、そんなことはない。と思う。だって雑誌には、恋愛では自分にないものを求める、とかなんとか書いてある。だからわたしもそうだし、向こうもそうだって思う、そうでしょ。


 なんかそうこうしているあいだに、──両手で数えるぐらい──わたしは喋ってもかわいいやつが嫌いになった。自分にないものをもっている、ああ、ありがちな理由。でも実際そうなんだからしょうがない。嘘は嫌いなので正直に言う。ぶりっ子して男受けがいい女はメチャ嫌いだ。顔もよくてそのくせ口ぶりもその顔のまんまってタイプ。生きていて楽しいか? 世の中には娯楽が男しかないのか? もっと有意義なことはたくさんある。だから男受け第一みたいな連中、わたし嫌い。わたしだって黙っていればかわいいと昔、すごく昔に言われた。お前らと違ってわたしは自分に正直に生きた結果喋ったらかわいくないだけで、その気になればかわいいはずなんだけれど、でも反吐が出るからそんな生き方はしない、というだけ。そうした反吐が出る存在の筆頭がアイドルとかその辺。アイドル。なんだアイドルって。男に媚を売って生きやがって虚しくないのか。わたしだったらそんな自分が嫌いになるね。すげえ売れていて生活のため仕方なく、という側面もあるんだったらまあ、女がひとりで稼ぐ大変さは母親を見て知っているから同情しないでもないけれど、売れてもいない、これからアイドル目指します、みたいな連中はどういう脳の構造をしているんだ。きっと、なんか、こう、毛か何かが生えている。汚いものには毛が生えている。そう、だから男も結局汚いんだけれど、中には比較的きれいというか相対的? という言い方でいいんだっけ、きれいな男もいて、ああなんだかエンジンが温まってきたなー、と久しぶりにわたしが宇宙に思いをはせて、いざ打ち上げたときに、そうだ今日の、いや、今の話で。



「ごめん、好きな子がいるんだ」

 聞き飽きたといえば聞き飽きたセリフで、わたしに呼び出されたら〆られるとか変な噂のせいでひどくキョドっていたけれど「この子も女の子なんだな」みたいな慈愛に満ちた顔で言われると腹が立つ。

「ちなみに誰?」

「え?」

「誰?」

 ああ今度はその子を〆るんだ、みたいな怯えた目で一瞬いろいろと考えて、答えるべきではないと眼球をぐるりとさせたようにしていたが次にわたしと目が合った時、また怯え始めて結局答えた。はん。

「えと……他得子ちゃん」

「…………」


 他得子。たえこ。と言うと、なんてエクスキューズはいらないぐらい誰でも知っている。あいつか。へえ。


 自然と手に持っていた鉛筆をへし折っていた。目の前の男がびくりと体を引く。さっきそこで拾ったから届けようと思っていたが折ってしまった。それぐらい不愉快だったからだ。他得子。他波他得子。『たえ子』という表記のほうが知っている人間は多いかもしれない。


「なにがいいわけ?」

「……え?」

「あいつの」

「……」

「……」

「……ぜんぶかわいい」


 鉛筆が足りない!

 カバンから自分の鉛筆を取り出そうとしたら、目の前の男は逃げて行った。名前なんだったっけ。もう忘れた。忘れた。もういいや。



 ……

 …………

 よくない。ぜんぜんよくない。


 なんでこんなど田舎のローカルアイドルに、好きな男を取られるんだ。世の中は間違っている。

 後ろで覗いていた、きいちゃんとまいちゃんが、わたしの肩をぽんと叩いて言った。


「マックいこ。おごるばい」

「まいもアップルパイ買ってあげる」


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