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007

 ズザザザー! と、巨体が地面を滑り大量の土煙が舞います。


「アル! アル! アル返事して! アル!」


 その中にミアさんは躊躇なく入ると、アルさんの名前を呼び続けますが返答はありません。

 僕が撃った即死ビームは確実にアルさんを食い殺す前にDHTGSさんを仕留めました。

 ですが、襲い掛かったことにより生じた運動エネルギーが消えることはなく、あの巨体はアルさん目がけて突っ込んでいったのです。

 彼の前を走っていたルルさん、シンさん、見知らぬ筋骨隆々エルフさんは土煙にすら巻き込まれていないので、無事なのは確認できていますけど、アルさんは、どうですかね……。


「気を散らすんじゃないわよバカタレ! あっちはアイツらに任せればいいの! こっちはこっちでやらなきゃいけないんだから!」


 おっと、御猫様の言うように僕が気を散らしては作戦が台無しになってしまう危険がありますからね。終わりも見えてきたことですし、気を引き締めないさないといけません。


「アンタたち三人も立ち止まってないで残りの奴らをさっさと運びなさいよ!」


 心配そうな顔をして立ち止まってしまっていた三人にも怒号を飛ばす御猫様。さながら指揮官のようですね。大声を張り上げ続けても声が枯れる様子はありませんし、意外にも適性があるのかもしれません。

 それに、なんだかんだ彼女は根が真面目で優しいですからね。その証拠に未だ声すら上げないアルさんのことを心配しているようで、視線はそちらを向いたままです。


「……正直言って、助かる保証なんてひとつもないし、原理すら意味不明な代物よ。それでも現状で一番可能性が高いと思うわ」


 しかも既に救う術を思いついているとは、大変に素晴らしいです!……ですが、一応ことわっておく必要もありそうなので、僕は御猫様に伝えます。


(わかっているとは思いますけど、僕は死者を蘇らせたり、皆さんの記憶からアルさんを消すような人の道を逸脱するような能力は使いませんよ?)

「わかってるわよマジメバカ。そのあたりはチートキャラが殺した盗賊を蘇生しなかった時点で把握してるわ。まあ、いまからやる方法はアンタの能力ぐらい理不尽で不合理で不可思議なものだけどね」


 理解を示してくれて幸いですけど、理不尽で不合理で不可思議な力とは……ひとつ、思い当たりますね。


(たしかに可能性はありますね。この状況を引き起こした力でもありますし、打開するのも同じ力を使うのはいい方法だと思います)

「理解できたようね。それじゃあ、アンタに求めることはわかってるわね?」

(わかっています!)


 御猫様と以心伝心した僕は土煙のアルさんたちがいそうな場所を狙い、ただの熱光線を放ちました。


「キャアアアアア!」


 熱光線に吹き飛ばされたミアさんの悲鳴が聞こえ、土煙の中から吹き飛んで出てきました。

 これによって『仲間が不自然に攻撃してくる』が追加されたことにより、助かる確率はアップしたはずです!

 ルルさんたちが意味をわかっていない所も非常にグッド! シンさんに至っては「何をしてるんだ!」と『意図が読めずに怒鳴る』という素晴らしいアシストを決めてくれました!

 これによって僕たちが狙っていた――『生存フラグ』が四つも成立したこととなります!

 既に『襲われた後に土煙が舞う』と『巨大な獣に飲み込まれる』のフラグは成立していましたから、これならば余程の死亡フラグで相殺されない限り問題ないはずです!

 そして、その判断が正しかったと言わんばかりに唐突に吹いてきた一陣の風により土煙がなくなると、そこには腹部に大きな穴が開いたDHTGSの亡骸と、その穴の部分から出てきたと思われるアルさんの姿がありました!

 自分の足で立ち上がるアルさん。僕の熱光線で吹き飛んだミアさんも既に自分の足で立ち上がっており、彼を目にした瞬間に走り出してその勢いのまま抱き着きました。

 この美しい光景を目にした御猫様は率直な感想を叫びます。


「……恐るべし、フラグの魔力!」

(一級フラグ建築士というのは、異能力者であるという結論が僕の中で定められました)


 僕も同意見を述べざるを得ません。土煙ですべてを見たわけではないので、状況証拠から憶測するしかありませんけど、熱光線がDHTGSの腹部に直撃しながらもアルさんには当たらず、どこも噛み千切られることなく、消化もされないまま出てきた。そう取れる光景でしたからね。

 ともあれ、これで最大の危機は脱しました。あとは迫りくる獣さんたちを倒しつつ日付が変わるのを待つだけです!

 ゴールが見えてきたおかげで幾分か痛みも和らいだ気がしていると、不意に背後からリルさんともう一人のエルフさんを抱えたままルルさんがこちらをジッと見つめていることに気づきました。


「何してんのよ、早く運びなさいよ」


 同じく御猫様も気付いたようでルルさんにそう言うと、彼女は真剣な面持ちのまま言ってきます。


「……いや、キミたちには感謝してもしきれないと思ってね。この恩は必ず返すよ」

(感謝されるというのはうれしいものですね。心がポカポカするというのはこういう気持ちなんですね)

「体はボウボウ燃えてるけどね」

(御猫様は尻尾がチリチリになってますよ)

「鍵シッポの亜種みたいでかっこいいからアリよ!」

(なるほど、ファッションは我慢と言いますしね!)

「アンタにしてはわかってるじゃない」


 ファッションの奥深さに少しだけ触れることができた気分です。そして僕には縁遠いものだということを再認識できました。それとルルさんがすごい困り顔をしています。僕と御猫様の無駄会話なんていまに始まったことではありませんし、彼女は何回か聞いているはずなんですけど、どうしたんでしょうか?


「どうしたのよ?」


 僕が訊ねる前に御猫様が訊いてくれました。やっぱり同じことを思っていたんですね。もはやツーカーの仲というやつですね。伝えたら全力で拒絶されそうなので伝えませんけど。


「いや、すまない。どうやらリルの念話が切れてしまったらしい。どうもアサヒの声が聞こえてこない」


 あらら、それは悲しいですね。リルさんが気絶しても継続されていたことには感謝していたんですけど、さすがに効果切れ――というわけではなさそうですね。


「ルルさん! すぐに姉さんを離すんだ!」


 表情が焦りに彩られたシンさんがそう叫んだ刹那、ルルさんの腹部から右肩にかけてがバッサリと斬られ――直後に僕が修復しました。異常に気づいたシンさんにすぐさま気づけたことが功を奏しましたね。

 ルルさん自身は自分に起こった出来事を把握できずに自分の体をペタペタと触っています。そして、その手に担がれていたリルさんは自分の足で地を踏みしめ、僕たちと一定の距離を確保すると、僕が持っていたイメージからはかけ離れた妖艶な笑みを向けてきました。


「あら、死者は蘇らせないんじゃなかったの?」

(心臓が止まっていないので治癒です)

「……本当、ふざけた力ね。心臓が動いていれば助けられるなんて」


 どうやらリルさんには僕の言葉が伝わっているようですね。……いや、リルさんと呼ぶのは違いますか。


「……オマエがテイマーだったってことでいいのかしら?」


 御猫様も違和感に気づいたようでリルさんをオマエ呼びして問いました。……いや、御猫様の場合は誰に対してもオマエとかアンタとかなので、そこで判断するのは違いますかね?


「そうよ。このアタシがあなたたちの敵だったのよ」


 自分の胸に手を当ててあっさり認めますけど、やはりリルさんとは別人のようですね。それを僕たちよりも遥かに理解できているであろう弟のシンさんが叫びます。


「いいや、こいつは姉さんじゃない! 何かしらの方法で姉さんの体を操っているか、乗っ取っているかしているはずだ!」

「あら、どうしてそう思うのかしら?」

「姉さんはそんなに寝起きが良くない!」


 決定的な証拠を突きつけられたことで、リルさんっぽい人は苦笑いしかできていません!


(低血圧は仲間割れを防ぐ万能薬だったんですね!)

「こんな状況滅多にないわよッ! あと低血圧は病気の類よ!」


 低血圧が決定的な仕事をしたせいで舞い上がってしまった僕に的確な指摘をしてくれる御猫様。たしかに万能薬は言いすぎでした。低血圧で困っている人もいるというのに反省です。


「……まさか、そんな方法でバレるなんてね……」


 言い逃れできないと判断したのかリルさんっぽい人は観念したようです。だったらもう必要はないですけど、他にも判断できる部分があったので僕は答え合わせとして提示します。


(あと目の色が違いますね)

「あらホントね、金色になってるわ」

(あと一人称がアタシに変わってます)

「リルは私って言ってたものね」

「……まさか、そんな方法でバレるなんてね……」

(時間戻りましたか?)

「獣が襲い続けてるんだから進んでるでしょ。そろそろ回復もしといた方が良いわよ」

「それよッ!」

(え、なんです?)


 胸近くまで来た炎をリセットしながら訊くと、リルさんっぽい人は最初の妖艶なイメージが消し飛ぶほど声を荒げながら叫んできます。


「その能力のせいでアタシがテイムした大量の獣が一瞬で殺され続けて、もううんざりしてるのよ! とっておきすら二匹とも無駄死にだし、大量のネコは一瞬でお陀仏するし、グラード・ベードを利用して呼び寄せたダブルヘッドツイングラウンドシャークは種が根絶やしになるんじゃないかってぐらい死体が転がってるし、それ以外の奴らに至っては名前すら知らないでしょ!?」

「たしかに途中からネコとサメじゃない別の獣もいたけど、どちらにせよ一撃なんだから大差ないわよ」


 言い方はアレですけど、御猫様の言うとおりなんですよね。

 日が暮れるにつれて獣さんのバリエーションは豊かになっていたんですけど、こっちは即死ビームを放って何かしてくる前に倒しちゃうので、合成獣さん以外は全部一緒なんですよね。

 それでも不満に思っている一端は取り除いてあげられる要素はあるので、そこだけは伝えておきましょう。


(ああでも、心配しないでください! 特徴はすべて覚えているので、あとで名前は調べておきます!)


 命を奪っているわけですから、せめて倒した獣さんたちの数と名前は覚えておかないとと思い特徴はキッチリ能力を使って記憶はしています。


「だったら問題は解決だわ!」


 どうやらリルさんっぽい人はそこを問題視していたようで、許してくれました。案外優しい人のようですね。


「けど、瞬殺については解決してないわよ!」


 そこは僕たちも生き残るためだったので許してくださいとしか言いようがないんですけど……。

 他の方法も戦いながら考えていたのですが、あれだけ多くの獣さんを引き連れていたわけですから、僕には予想もつかない能力を持っている個体がいても不思議はなく、そう思うとゴリ押し以外にリスクが少ない作戦は思いつかなかったんですよね。


「あんなに早く殺されたら活躍の場がないじゃない! せめて一回ぐらいは攻撃させてあげなさいよ! そうしたら少しは印象にも残るでしょ!」


 ……おや? これは僕が思い違いをしているのでしょうか? リルさんっぽい人は『僕が獣さんの名前を知らなかったこと』と『獣さんを殺し過ぎたこと』に対して怒っているのだと思っていました。

 幸い前者は解決でき、残るはどうしようもない後者のみだと思ったんですが、そうではなくリルさんっぽい人は『どれだけの数の獣さんを殺したのか覚えていない』ことに怒っているということですか!

 そうであれば問題ありません! 対処済みです!


(たしかに有名な次鋒の方と肩を並べられるほど瞬殺してしまいました。ですが心配しないでください! いままで殺めた獣さんたちの数は正確に覚えています! なんだったら、いまから言っていきましょうか?)

「そういう狂気気味の能力は別にいのよ! というか、なんでそんな話になるのよ!」

(あれ? 僕なにか間違えましたか?)

「アンタは無駄に考えすぎなのよ。アイツが怒ってるのはもっと単純なことよ」


 少々呆れながら御猫様は言いますけど、何が何やらな僕は首を傾げるしかなく、それに業を煮やしたのかリルさんっぽい人は怒っている理由を叫んできます。


「考えるまでもないでしょ! 一番の問題はあなたが強すぎるのが問題なのよ!」

(……僕が強いのではなく、僕がもらった能力が強いの間違いではないですかね?)

「そんなことないわよ。いまのいままで痛覚遮断せずにずっと燃え続けてるんだから、十分強いわよ」

(それ強いって言葉の前に我慢って付けるの忘れてません?)

「せっかくのお世辞なんだから素直に受け取っておきなさい」

(じゃあそうします!)


 サムズアップして御猫様からのお世辞を受け取ると、一拍間を置いてから不貞腐れたリルさんっぽい人は無駄に偉そうな態度を取る教頭先生みたいなことを言ってきます。


「……えー、いまのくだらない会話の間に一〇匹以上の獣が天へと旅立ちました」

(正確にはいまので一七匹ですね)

「どうでもいいのよそんなこと!」

「逆ギレは夜更かしぐらい肌に悪いわよ。ソースはワタシ」

「……あなたが強すぎるせいでこちらの被害は甚大で依頼を達成することもできない。意地になって攻め続けてはみたけどさっきの最後のチャンスも無駄に終わった。アタシに勝ち目はないでしょう」


 怒りより肌荒れ回避を優先したリルさんっぽい人は普段会話ぐらいまで声のトーンを抑えて、自分が置かれている現状を伝えてきました。

 同時に僕に対する獣さんたちの攻撃を停止してくれました。冷静になったことで、判断能力が向上したことにより、これ以上の戦力現象は避けたいと思ったのでしょうね。ありがたいことです。これで命を奪うことはなくなり、呪いの侵攻も少しは鈍化しますからね。

 ですがこれはリルさんっぽい人からすれば敗北宣言したようなものであり、容赦のない御猫様は彼女の発言に対して「ハッキリ言って、そうね」とキッパリ切り捨てると、自嘲的な笑みが返ってきます。


「まさか欲しかった小説を買うための小遣い稼ぎが、アタシのモンスターほとんどを消費する事態になるとは思いもしなかったわ」

「ご愁傷様。で、そろそろ落ち着いたでしょう。結局のところ何が言いたいのかしら?」


 やっぱり御猫様はどうも詰めが甘いというか、途中式は合っているのに答えが間違っているというか、完結まで絶対にたどり着けませんよね。

 リルさんっぽい人は僕の強すぎる力に怒りをぶつけてきました。それは言わばどうしようもないことへの怒りです。そんな怒りを真っ正面からぶつけくるのは、自分の感情を制御できていない人が大半であり、そこに理由なんて特にありはしないのです。


「…………文句が言いたいのよ!」


 ほらね。


「ありえないでしょ! あれだけの数の獣に襲われてデメリットでの自傷以外はノーダメージとかありえないでしょ! どうすれば勝てるっていうのよ!」


 開き直ったことで肌荒れ回避より怒りが上回ったのでしょう。また声を荒げるリルさんっぽい人ですが、圧倒的優位に立っているからか、御猫様は冷静に一言で返していきます。


「いや無理よ」

「可能性は少しぐらい残ってるでしょ!?」

「いやないわよ。この数時間、アンタは何を見てきたのよ」

「受け入れられない現実よ!」

「そんな考えだから無駄に戦力を消費したのよ」

「正論なんて聞きたくないわ! アタシはただ怒りをぶつけたいだけなのよ!」

「なんで怒ってるのかわかる? って彼女に訊かれたときの彼氏の気持ちが理解できたわ」

「うるさいうるさい! 的確な比喩表現なんて聞きたくない!」


 かぶりを振って駄々をこねるリルさんっぽい人。御猫様は僕の頭から降り、彼女の正面に陣取って長期戦の構えで律儀に対応していますけど、これは埒が明かないやつでしょうから、いまのうちに済ませなければいけないことは済ませておきましょう。


(もしもし、聞こえてますかね?)


 能力を使って僕はマッチョメンなエルフさんと意思疎通ができるようにして、確認を取ってみると彼は首を縦に振ってくれます。


「あ、ああ」

(どーも初めまして、夕野朝日っていいます)

「ランドーバランだ」

(ランドーバランさん。いまのうちに連れて行ってくれて大丈夫ですよ。リルさんはあとで僕がどうにかしますから)

「……わかった。この恩は必ず返す」


 逡巡したランドーバランさんは了承してくれると、意識を失っているエルフさん四人を両肩と両脇に担いでダッシュしていきました。さすが見かけどおりストロングですね。

 続けてルルさんとシンさんともパスを繋いで、やって欲しいことを伝えます。


(ルルさんもシンさんも行ってください。出来ればあそこでイチャイチャしている二名も連れて行ってくれると助かります)

「あ、ああ、わかった。姉さんを頼んだぞ」


 ランドーバランさんが急に走り出したのが僕の指示を受けてのことだと察したのか、シンさんもすぐさま近くで眠っていた二人のエルさんを抱きかかえて走り出してくれました。方向的にもアルさんとミアさんにも伝えに行ってくれたようですね。

 あとはルルさんが逃げてくれればエルフさん全員を戦場から逃がすことができるのですが、何か言いたげにこちらを見ていた彼女は申し訳なさげに口を開きます。


「……私も戻った方が最善なんだろうが、わがままを聞いてくれないだろうか?」

(どうしたんです?)

「私も一緒に戦わせて……いや、もう戦ってはいないわけだしな。……私をキミの隣にいさせてくれないだろうか!?」

(……愛の告白ですか?)

「そ、そうじゃない! ただ私は少しでもキミの力になりたいんだ! 愛玩道具になる未来を変えてくれ、仲間たちを誰一人欠けることなく助けてくれた! これだけ大きな恩、少しでも返そうとしなければ気が済まないんだ!」


 僕にでもわかる熱烈なものだったので勘違いしてしまいましたが、単純に恩を返したいという善意からの言葉でしたか。

 テントでの作戦会議時にはあまり会話することもなく、武士道を重んじるようなタイプだということぐらいしかわかりませんでしたけど、ここまで僕に恩を感じてくれていたとは思いませんでした。

 ルルさん自身、現状で最善の選択をわかっている上での申し出ですから、ここでつっぱねても受け入れてくれるのでしょう。

 ですが、彼女の善意を無駄にしたくはありませんし、そうですね。話し相手になってくれていた御猫様はリルさんっぽい人と大統領を決める討論会を彷彿とさせるほどの舌戦をサシで繰り広げていて、話し相手がいなくなってしまっている状況ですし、それをルルさんには担ってもらいましょう。


(では、話し相手になってください。その方が少しだけ痛みが和らぎますから)

「あ、ありがとう!」

(それでは手始めに、どうして無駄にアルさんを連れてきたのかと、空白の二時間について説明してくれますかね?)

「……お、怒っているかい?」

(理由があるのなら、怒ったりしませんよ)


 正直言ってルルさんに話し相手になってもらった理由の半分はこれについて聞きたかったからです。一向に進まない救助活動というのは精神的に相当キツかったですからね。便通の次ぐらいには焦りも覚えましたし、何より原因が僕には想像できないので知りたいという部分もあります。それと理由がない場合は怒ります。

 そのモロモロをひっくるめての問いにルルさんは「……本当に申し訳ないんだが」と前置きして言ってきます。


「作戦会議のとき、私含めて五人しか集まらなかっただろう? あのときと同じことが起こったんだ」


 同じことというのは、最初シンさんが僕を悪魔だと言っていたように、集落のエルフさんたちも僕を悪魔だと認識しているということですかね。


(でも、集落の皆さんはどうやって僕を認識できたんでしょう?)

「私たちエルフは感知能力にも長けていて、キミの強力な『呪い』はこの距離なら集落からでも感じ取ることができるんだ」

(なるほど。それが理由で説得されていた、というあたりですかね?)


 悪魔というのは基本的に忌み嫌われる存在を指します。シンさんの反応からこの世界での悪魔というのはそれに準ずる存在であり、そんな存在には近づかないのが吉です。さらに集落にいるエルフさんたちは僕の正体すら知らないのですから無理もありません。

 まあ、間違っていたら少し恥ずかしい訊き方と考えでしたけど、幸いルルさんがうなづいてくれたことで羞恥心を刺激されることはなく、続けて引き留められることになった原因も語ってくれます。


「順調に運び込めていたことで少しだけ余裕が生まれていたんだ。そこに友人からキミの呪いについて訊かれ、思わずポロッと話したら、それはもう全力で止められてしまった」

(強力な呪いを受けている人=悪い人と考えるのは不思議じゃありませんから、わかる気はします)

「キミの優しさに甘えるようで申し訳ないが、私たちエルフは良くも悪くも仲間想いで、『仲間が多く助かる方』を選ぶ者が大半なんだ。弱者の知恵と言えば聞こえはいいかもしれないが、そこには確実に犠牲が生まれる」


 ハダカネズミの生態を連想させますね。ヘビなどに巣を襲われたとき、一匹が自ら食べられることで敵を満足させて巣を守る。大を救って小を切り捨てるのは間違いではありません。シンさんたち救助部隊が六人しか集まらなかったのもこのせいなんでしょう。

 理解できはしますが、引っかかりを覚えないわけでもありません。合理的であっても残酷な選択ですからね。それでもエルフさんたちにとっては当然のことで、ルルさんのような考えが少数派なのでしょう。そうでなければ起こりえない問題です。


「最初から恩人だと言って聞かせていたにもかかわらず、感知している呪いの禍々しさに信じてもらえずに引き留められた時間が一時間近く続いた。しかも連れ帰った連中が意識を取り戻しキミを悪魔呼ばわりしたせいで状況は悪い方へと転がり続け、最後には私が洗脳されている可能性すら浮上したり、家族を人質に取られそうになったりもしたな」

(……あの森の中にいる皆さんってSAN値が二〇以下だったりするんですか?)

「絶対的な守りであった結界を破壊され、私たちが連れ去られたことで過剰なまでの守りに入ってしまっているんだ。元々の警戒心の強さもあって、あそこまでの愚行に走ってしまったんだろう。シンが援軍に来てくれなかったらという想像はあまりしたくないな」


 想像以上にバイオレンスな展開にまで発展していて、思わず外なる神を目撃でもしてしまったのか疑ってしまいましたが、盗賊さんたちに襲われたことで神経が過敏になっているところに刺激物を投入された結果、防衛本能が過剰に刺激されてしまったというわけですか。アナフィラキシーショックのようなものですね。

 幸いシンさんが鎮静剤の役割を担ってくれたおかげで事なきを得た、と。何気にMVP級の活躍をしていたんですね。さすがは御猫様曰く姉より優れた弟さんです。


「……だが、これでも本来なら一時間程度で事は済んでいたはずだったんだが、そこからさらに問題だったのは――」

(ああ、そのあたりは大体想像できてます。アルさんが一緒に連れて行って欲しいと言ってきたんでしょう?)


 この問いにルルさんはうなづきますけど、そうしてもらわなくともわかっていたことです。

 問題が解決したところでフラグの回収があった……というよりも、フラグの回収をさせるために問題を発生させてアルさんが起きる時間が稼がれたと見てしまいたくなりますね。それほど僕はフラグの魔力が強力だと認識していますから。


「……正直、あのときの私は相当精神的に参っていたからな。冷静な判断ができないまま勢いに押されてしまった。いま思うとなぜ了承したのか理解不能だ。長い間説得していたのに、最終的には丸め込まれていた。シンにいたっては最初から了承の姿勢を示していたからな」

(……フラグの魔力、恐ろしい)


 時間稼ぎだけでなく判断能力を低下させる狙いもあったとは、なんて恐ろしい力なんでしょうか。あとシンさんは評価点を一気に落としましたね。フラグの魔力があったにしてもチョロすぎです。逆転ゴールを決めたけど、直後にPKを献上したようなものです。PK自体は僕と御猫様でなんとか止めましたけど、アレでどうにもならなかったら戦犯ですよ。辛口評価の雑誌であればボロカスに書かれることでしょう。

 ともあれ、空白の二時間で起きた出来事を把握できたので満足です。怒るような要素もゼロでしたし、あとは無駄話をして時間を稼げば――


「がふっ!」


 ……激痛の上塗りとは、本当にゴメンこうむりたいですね。唐突にお腹に風穴開くとか、普通なら死んでますよ。吐血したせいで血の味がしますし気分最悪です。しかも気配も音もなく撃ち抜くとか嫌がらせにもほどがありますし。


「――アサヒ!」


 あまりにも完璧な襲撃に驚愕したのか、ルルさんは叫びながら僕の名前を呼んできました。


(――はい、なんでしょう?)


 なので僕はいつもどおりのテンションで訊き返します。お腹に風穴はすぐに治しましたから問題ありませんからね。


「な、なんともないのか?」


 ルルさんはケロッとしている僕が不思議でならないようですね。心配してもらうほどのことではないので、僕は大丈夫なことを証明するために燃え上がっている自分のお腹を叩いて見せます。


(心配はいりません。発火してますけど問題ないです)

「普通なら大問題なんだが、そうか。よかった……」


 安堵の表情を浮かべてくれるルルさんですが、新たな足音と共に聞こえてきた第三者の声を耳にしたことで、表情は再度変化して険しいモノとなります。


「……予想どおり平然としてるわね。ずっと見てたけど、理不尽にも程があるわ」


 聞き覚えのある女性的な口調でそう言いながら僕たちの前に現れたのは、琥珀色の瞳と長い銀髪が印象的な長身の女性でした。

 一八〇センチはあるのではないかと思うほどであり、長い脚にスレンダーな体型。女性からも好意を向けられそうな顔立ち。パリコレのランウェイでも歩いてそうな彼女は全体的に赤黒い格好をしていますね。

 エナメル質でショート丈の赤いジャケットを羽織り、インナーは体のラインが浮き出るような黒いシャツ。ジャケット同様の材質で作られているであろう黒いショートパンツ。真っ赤なタイツにヒールの高い黒のショートブーツ。中二の憧れである指ぬきグローブも黒色のモノを着用し、爪も赤いマニキュアを塗っていて、なんというか一目で趣味がわかる格好ですね。

 そんな彼女は先ほど僕のお腹に風穴を開けた張本人であることは自分で白状したわけですが、たぶんいまリルさんを乗っ取っている誰かと関係もしているっぽいですよね。自ら出てきたということは白状する気があるということでしょうし、訊ねてみますか。


(どちら様で?)

「クラウンドール・ナイトソード。そこでニャンコと口論している子の中に入ってる思念体の本体よ」


 まさかリルさんっぽい人――もとい、リルさん取り憑いた人そのものだったとは……。つまり、このナイトソードさんこそが僕たちを襲っていたテイマーさんだということですか。

 リルさんを操っている方法も思念体を取り憑かせていると言っていましたし、芸当として考えられるのは……まさか!?


(魂を分裂してるのですか!? 魂を!)


 すぐさま思いついた方法を伝えます。魂って部分を伝えるときだけ深く息を吸いながら。


「……なんで急に深呼吸するのよ?」

(吸うものは吸いながら言わなといけないって、僕の好きなコンビがコントで言っていたので)

「それはボケなんだから、本当にやる必要はないでしょ……」


 意外にも伝わってうれしい限りです。分裂させた魂を標的に取り付かせるという力を思いついたときにすぐさまこのボケを思い出し、目的がこのボケをかますというものに挿げ替ったまであるので、力そのものについての興味はほとんど残っていませんから、もう目的を聞いちゃいましょうか。


(それで、不意打ちで他人のお腹をぶちぬくのが趣味なのであれば、もう目的は果たしていると思いますけど、他に何か用はあるのでしょうか?)

「要所要所にトゲのある言葉はとても気持ちがいいからグッドだけど、アタシの目的はまだ果たせないのよね」


 トゲのある物言いに寛容という懐の深さを知れたのはいいことですけど、サラッと目的を言ってこないあたり、焦らすのが好きなのでしょうか? そういう趣味嗜好は好き嫌いが分かれるので大まかな人となりを知ったあとですることをオススメします。

 僕としては話し相手になってくれてうれしい限りなのですけど、状況が状況ですからね。明確な目的を言ってことは未だに戦意喪失していないと取られる可能性もあるわけですよ。現にルルさんは警戒心を強くして僕たちの間に割って入ってきてしまいましたからね。


「あら、可愛らしいボディガードね。昔飼っていたハムスターを思い出すわ」

「私の恩人にこれ以上手を出さないでもらいたい」


 余裕綽々な態度がまた火に油と言いますか、楽しんでいるきらいすらありますね。

 ただ本気で戦う気はないらしく、ナイトソードさんは軽く両手を上げて戦意がないことを示してきます。


「心配しなくても、もう攻撃はしないわよ。ただちょっと取引がしたいと思ったのよ。さっきの攻撃はそのために必要だったのよね」

(取引ですか。聞くだけ聞いてあげましょう。五体投地で感謝してください)


 黙っていたらルルさんが「信用できるわけないだろう!」と叫びそうだったので、言下に伝えさせてもらいました。そして本当にナイトソードさんは「ありがとうございます!」と言って五体投地しました。

 なので僕はナイトソードさんの頭に足を乗せて問います。


(で、どういう内容なのでしょうか?)

「あ、アサヒ、さすがにそれは……」


 この行動にさすがのルルさんも引いてしまっているようですけど、ナイトソードさんの性格からして、こうすると彼女は喜ぶと思うんですよ。

 実際に僕は後頭部に足を乗せたつもりだったのですが、彼女自身が首をひねって足の置き場を右頬に変更しましたからね。


「ああああ! 焼かれてる! 顔を合わせて数秒の男子に足蹴にされて顔を部焼かれてる! さいっこぉぉ……っ!」


 恍惚とした笑みというのはこういうのを言うのでしょうね。少しヨダレが垂れちゃってますし、美人が台無しです。


「……えぇぇ……」


 ルルさんはドン引きして、ゴミを見るような目でナイトソードさんを見ていますね。まあ、彼女からすればご褒美だったようでサムズアップしてますけど。


「美女からの軽蔑の視線って五万の価値はあると思うから、あとで払うわね」


 妙にリアルな金額がルルさんに振り込まれることが確定したところで、唐突かつ当たり前のように御猫様が僕の頭の上に乗っかってきました。


「アンタ、意外にいい趣味してるわよね」

(ナイトソードさんが踏んでほしそうだったので)

「だったとしても普通は踏まないわよ。道端で見ず知らずのヤツから困ってるのでお金貸してくださいって言われたら貸すの?」

(膨大過ぎる額は無理ですけど、手持ちで足りるのであれば普通に貸しますね)

「正しいことをここまで徹底されると不気味ね。で、アイツが急に倒れたのだけど、アンタが何かしたのかしら?」


 正しいことを言って不気味がられる、そんな時代になってしまったのですね。悲しいこと極まれりです――言われてみればリルさんがまた気絶していますね。口喧嘩する相手がいなくなって暇になったというわけですか。


「その切り替えの早さは気色悪いわよ」

(あれ、心の声もれてましたか?)

「なんとなくそう思ったのよ。その反応からすると、自分でも思うところはあったのね」

(だって悲しみ続けてもスルーするでしょう?)

「当然のことを言わないで欲しいわね」

(確認しただけで文句を言われる、そんな時代になってしまったんですね。悲しいこと極まれりです――なんで操作を解除したんですか?)

「だから切り替えが急すぎるのよ! せめてワンクッション置きなさいよ!」

(何事も最適化する時代かと思いまして)

「アンタの中で時代って単語がブームになってるのかしら!? 一昔前になんでもかんでもバイブスやらチョベリバって言ってた奴らと同じなの!?」

(なんですかそれ?)

「カルチャーショック!」


 年齢の差を感じた御猫様のバイブスがチョベリバな状態になってしまいましたが、すぐに切り替えて再三していた問いをナイトソードさんに投げかけます。


「それで、なんで操るのやめたのかしら?」


 ここで御猫様も同じようなものじゃないですかと言えなくもないですけど、それだとまた待たされるナイトソードさんが不憫なので口をつぐんでおきましょう。


「これ以上、自分の醜態を晒したくなかったのよ」


 操られているリルさんはすぐ感情的になっていましたけど、感情の制御ができないことが本人としては恥ずかしかったってことですかね。

 それにしても何度も同じ質問をされながらも僕と御猫様の無駄会話に遮られて辟易していたはずなのに答えてくれるなんて、ナイトソードさんはいい人ですね。

 そして、そんなナイトソードさんと御猫様が続けて喋ったことで、僕は思い当たることがあったので口にします。


(御猫様とナイトソードさんって喋り方似てますよね)

「だから一人称が違うんでしょ」

「そうしないと分けるの面倒だものね」


 何やら深淵に片足を踏み入れた気分です。このままではメタな発言の見本市が開催されそうなので、強引にでも本題を進めていきましょうか。


(取引の内容はどのようなものなんでしょうか?)


 脈絡がないのは今更ですけど、ナイトソードさんとしてもやっと本題に入ったことで、すぐさま返答をしてくれます。


「まず、アタシがそちら側に与えられるモノはふたつよ」


 右手の人差し指と中指を立てながら彼女は続けてその内容を伝えてきます。


「ひとつ目は結界の強化。それこそ昨日別れた盗賊団からも発見されることのない代物にまで強化できるわ。ふたつ目はあなたたちも必要であろうガイド役。それを買って出れるほどアタシはこの世界を隅々まで理解できてる」


 後者はともかく前者はエルフさんたちからすれば喉から手が出るほど欲しい代物ですね。この状況を作ってしまったのはほとんど僕のせいですし、リターンの条件次第では承諾して問題ない内容ですね。


(では、ナイトソードさんの望みは何でしょうか?)

「――大量殺人のお手伝い♪」


 満面の笑みで即答してくるナイトソードさん。これにルルさんは絶句してしまっていますが、僕と御猫様は予想の範囲内だったので驚きもしないでいると、この反応を見た彼女は続けて言ってきます。


「その様子だと気づいてると思うけど、アタシはあなたの元いた世界のことを知ってるわ。どうしてかは知らないけど、前世の記憶を保持したままこの世界に生まれたからね」


 コントって単語が伝わった時点でなんとなくそうではないかと思っていましたけど、やっぱりそうでしたか。


「だったら、この世界はさぞかし『退屈』だったでしょうね。この世界はアンタたちの世界に比べて『遅れていて、整いすぎている』。もっと正確に言えば『乱れを極限までなくすため、意図的に遅れている』のだけど」


 やっぱり御猫様そう思いましたか。

 ここに来るまでの道すがら何度も周囲を確認してみましたけど、人の手がまったく加わっていなかったので、この世界は僕たちのいた世界より文明が遅れているのは明白でした。となれば前世の記憶を引き継いでいるナイトソードさんからすれば、この世界は非常に『退屈』だったことでしょう。前まで当然のようにあった多くの娯楽や簡単に手に入る情報が水の泡となってしまったのですから。

 何もすることもなく、ただただ時間だけが過ぎていくというのは苦痛を生じさせます。そして人によっては『猛毒』となりえる。ナイトソードさんはその典型例のようですね。


「そう! そうなのよ! この世界は退屈でしょうがなかった! 娯楽は乏しく、情報は人づてにしか入ってこないから、有名人のゴシップですらほとんど聞こえてこない! だからこそ平和なのは明白だけれど、アタシが求めているのはそうじゃないのよ! もっともっとカオスとした空気が欲しいのよ! 元の世界のような闇鍋の中に頭のてっぺんまでどっぷり浸かっていたいのに、この世界は高級料亭で出てくるお吸い物のようで肌に合わなすぎるの!」


 理解してくれたことで興奮気味に自分の欲求を吐露してくれるナイトソードさんは予想どおり、『退屈』という名の『猛毒』による症状――『極度の欲求不満』によって異常なほどの刺激を求めたのでしょう。

 元々刺激を求める性格だったようですし、相乗効果によって一線を優に超えたというあたりですかね。

 そして、そこから彼女の目的も見えた僕は断言します。


(だから自分でカオスを作り出そうとしているというわけですか)

「さすがよくわかってるじゃない! まあ、今回はただ少し気になった小説を買うためのお小遣いを稼ごうと闇ギルドに出てた依頼を受けただけだったんだけどね!」

(ニュアンスからして、非合法な依頼を受けるための機関と言ったところでしょうが、その内容はどういうものだったんです?)

「エルフの女を数名連れ去ってくるってだけよ。あの盗賊団も同じ依頼を受けていたんじゃないかしら。連れてくるエルフの数が多いほどボーナスが出るって話だったしね」

「一見して荒くれ者だってわかるアイツらが確実に金を稼ぐにはうってつけの方法ね」

(けれど、横取りされようが文句は言えない。そういうことですよね?)


 ナイトソードさんがボスさんたちのことを知っているということは、つまりはそういうことだとしか思えなかったので問いかけると、彼女は笑顔のまま答えてきます。


「大正解よ! 最初はあの盗賊団が王都近くまで来たところで皆殺しにした後でエルフを持っていくつもりだったんだけど、いろいろと想定外のことが発生し続けて、現在に至るわ!」

(どうして途中で仕掛けなかったんです? そっちの方が手っ取り早くないですか?)

「簡単に言えば、エルフの血だけで作ったお風呂に入りたくなったのよね!」


 ……質問の仕方を間違えましたかね? 流れ的におかしくなかったですよね? それなのになぜ歪みまくった性癖の話になるんです?


「血液風呂って気持ちいのよ! あの中に頭のてっぺんまで浸かると最高に生きてるって感じがするのよね! でもそれは人間の血の場合で、エルフの血はまた違うんじゃないかなって思ったの!」

「いい趣味してるわねアンタ。ええ、本当に」


 御猫様が皮肉を念押しするとは、相当なもののはずですよ。なにせ性格歪みまくってる人に性格歪んでる認定されたわけですからね。

 常識人のルルさんからすれば、嫌悪感のあまり体調不良を起こしても不思議はないと思ったのですが、それ以上に仲間たちを興味本位で殺されそうになったことへの怒りが強かったようですね。ドン引きしたことでジト目になっていた彼女の目つきは鋭いものに変わっていて、明確な敵意をナイトソードさんに向けていました。


「……それで私たちを集落までの先導役に使ったというわけか」

「そのとおりよ。いくら結界で気付かれづらくしているとはいえ、意識して近づけば見つけることは可能。で、やっと見つけることができたから、あなたたちには獣たちのエサになってもらおうと思ったんだけど、まさかのあなたにはアタシの力が効かないじゃない! どういうカラクリなのか観察してもわからなかったから、まあいいやと思って殺そうとしたら抵抗されるじゃない! しかも圧倒的にボコボコにされたから意地になってみたものの、全然歯が立たないじゃない! それで夜風に当たってやっと頭が冷えたおかげで思ったよ! これだけ強くてほぼ不死身とくればアタシが求めていた条件に一致するって!」


 目的が小学生向けの漫画雑誌のように変わり続けた結果、僕たちの目の前に姿を現したというのはわかりますけど、何が最高なのかは理解できませんでしたから僕は(なにがです?)と一言問うと、ナイトソードさんはよくぞ訊いてくれましたと興奮しながら言ってきます。


「アタシが皆殺しするときのサポート役よ! 最初の頃は雇ってたことがあるんだけど、アタシってば興奮すると見境なくなるから、そのサポート役も殺しちゃってね。しかも興奮しすぎると途中で記憶飛んじゃって恐怖に歪む顔とか泣き顔を覚えられないし、勇気を振り絞って立ち向かってくる子を嬲ることもできないのよね。そんなときのストッパーにもなってほしいのよ! アナタの強さと生命力はそれに適任なの! 転職と言ってもいいぐらいだわ!」


 手伝いと言われたときは僕も一緒に大量殺人に加われという意味かと思いましたけど、ナイトソードさんが僕に求めているのはテニスやサッカーのボールボーイ的役割というわけですか。


「――ふん!」

(どうしました御猫様? 僕おでこに肉ならぬ肉球の痕でも付けたいんですか?)


 唐突に肉球パンチをお見舞いされたので、そんなことをしても超人にはなれないのになと思いつつ訊ねてみると、御猫様はルルさんへ視線を誘導しながら言ってきます。


「こっちのヤツらはワタシたちほど狂気に慣れてないのよ」

(……そのようですね。これは迂闊でした)


 口元を手で隠して狼狽しているルルさんを目にしたことで、御猫様が考え事するぐらいならフォローを入れろと言っていることが理解できました。

 自分でしないあたりに拗らせが見受けられますけど、それでも他人を思いやれる御猫様に尊敬を覚えつつ、僕はルルさんに怯える必要がないことを訴え――


「……どうして、そんなことできるんだ……」

「決まってるでしょ! 楽しいからよ!」


 ……訴える前に、更なる狂気がルルさん自身によって投下された燃料に引火してしまいました。


「アイデアロールに失敗してくれていることが唯一の救いよね」

(それでも不定の狂気に入ったらアイデア云々もなく狂気表の出番ですけどね。それに怖がる必要はありませんよルルさん。ナイトソードさんは既に味方ですから)

「味方って……こいつの要求を呑むつもりなのか!?」


 ……ルルさんに落ち着いてもらうことを念頭に置きすぎていろいろとすっ飛ばした結果、さらに余裕を奪うこととなり、御猫様からは嘆息されてしまい、ナイトソードさんからは希望に満ちた少年のような視線を向けられてしまいます。

 ここで一から説明するとルルさんのSAN値がさらに減ってしまう危険性がありますけど、彼女に納得してもらいつつ落ち着いてもらうには最善の手ですから致し方ありません。

 僕はすっ飛ばしてしまった説明を一から開始します。


「彼女のように天元突破していた人も僕の住んでいた場所には少しだけいましたし、ハードルを低くすれば両手で数えきれないぐらいいました)

「なにオブラートに包んでるのよ。コイツと似たようなのなんてごまんといたじゃない」

(御猫様はルルさんに落ち着いて欲しいんですか? それとも発狂して欲しいんですか?)

「アンタが死なない程度の痛い目にあって欲しいわね」


 僕が嫌いだというブレのなさには好感が持てますけど、おかげでルルさんは不定の狂気を発症する一歩手前ですよ。とはいえ話を途中で切ると彼女の中には恐怖しか残らないでしょうから、僕はナイトソードさんから足をどけ、しゃがみ込んで伝えます。


(ナイトソードさんはあえて自分を弱い立場に置くことで、自分はウソを言っていないことの裏付けにしましたよね?)

「三割はその目的ね!」

「せめて半分にしときなさいよ……」

「これでも盛った方なのよ! 本心を言ったら一割にも満たないんだから!」

(このようにナイトソードさんは正直なので、ウソは決して言っていません)

「そうよ! 変態はウソは強要することはあれど、つくことはないわ!」

「なんで強要するのよ……」

「アタシの中で最近の流行りがドMの子にドSの真似させ続けて、本当にドSに覚醒したところで心身共にズタズタにした挙句に四肢を捥いで殺すことだからよ!」

「売れないエロ漫画みたいなことしてんじゃないわよ……」

(このように特殊なフェチズムを暴露しちゃうほど、ナイトソードさんは正直です)

「……まあ、そいつがウソを言っていないことはわかる。だからこそ、気持ち悪いのだからな」


 狂気というのは真実から生まれる重みに付随してくるものですからね。この世界の人たちは僕たちより狂気に慣れていない――つまり敏感だということですから、ニッチマーケットの具体例を出してくれたナイトソードさんには悪いですけど、説明は不要だったかもしれませんね。


「そして、キミがそんな奴の要求を承諾する意味もわからない。同郷と言っていたが、私にはキミがそいつと同じような人種とは思えない」


 発狂せず冷静に判断してもらえて、とても助かりますね。ハッキリと自分の意見も言ってくれますし、ルルさんはとてもいい人であることは疑いの余地はありませんけど、ひとつだけ僕には受け入れられない部分があるので伝えさせてもらいましょう。


(人は誰しもが同じですよ。違うのは救いを求めているか否かと、その求め方が下手か上手かの違いだけです)

「……その気色悪い信念は相変わらずね」

(当然です。『生まれながらに悪い人はいない』というのは当たり前のことです。そして罪を犯してしまう人はただ救いを求めているだけであり、その示し方が下手なのです。だからこそ最優先に救いの手を差し伸べてあげなければいけません。あなたもそうですよ、ナイトソードさん)


 僕は笑みを浮かべてナイトソードさんに伝えます。


(殺戮を承諾する気はありませんが、一緒に旅はして欲しいですね。あなたのように救いを求めている人を放ってはおけませんから)


 ……うん、やっぱり必須ですよねこの一文。じゃないと普通に殺人鬼がもう一人誕生したと受け取られてしまうのは必然ですよ。急いでルルさんを落ち着かせようと思っていたことを考慮しても、すっ飛ばしていい一文じゃないですよ。この詰めの甘さは御猫様感染症を発症してしまいましたかね?


「……どうしてか無性にバイバイキンと叫ばないといけないような気がしたわ。アンタのせいでしょうから殴っとくわ」


 バイ菌扱いしたので再度襲ってきたおでこポフポフは甘んじて受けたところで、ナイトソードさんの返答はどうでしょうかね。最大の目的であろう項目を潰して、こちらには恩恵を与えろと言っているようなものですから、断られても不思議はありませんが、承諾してくれる可能性もなくはないはずです。

 なぜならナイトソードさんの目的は――『暇つぶし』ですからね。 


「……なるほど、勝負というわけね。いいわ! 乗ってあげるわ! そして乗って欲しいわ!」


 ……どうやらナイトソードさんの思考回路は先ほどの一文を「僕を殺人鬼仲間にしたければ、意地でも説得してみせな!」という文章に変換したようですね。斜め上な感じは否めませんけど、何はともあれ交渉成立ですね。本当は固い握手を交わしたい気分なのですけど、本人が希望しているので代わりに彼女の背中に腰を下ろしました。


「あぁぁ! いいわぁ! さいっこうに気持ちいぃ♪」


 ジュージューと肉の焼ける音と色っぽい声が響き渡るなか、頭上から御猫様が嘆息まじりに言ってきます。


「アンタ、本当は加虐趣味でもあるんじゃないの?」

(ナイトソードさんが望んでいたので、こうした方が喜んでくれるかなと思いまして)

「ここまでくると性善説の化身ね。アンタもそう思うでしょルル?」


 ルルさんに同意を求める御猫様ですけど、そんなことせずとも彼女は同じ気持ちのはずですよ。だって望まれているから実行している僕ですら変だと思いますもん。


「……すごい」

「……アンタもアッチ側だったのね」

「えっ?……あ、いや、違う! 私はただ、そこの狂人を説得したことに驚いていただけで、決してその行為に感銘を受けていたわけではない!」


 慌てながら全力否定してくるあたり、呆気にとられていたせいで反応が遅れてしまったんですね。稀によくあることなので、御猫様が全部悪いことにして片付けましょう。


「とても解せない気分になったから、とりま殴っとくわ」


 居酒屋でビールを注文するぐらい気軽に三度目の肉球パンチをもらいましたね。御猫様は僕の邪気を感知する能力でも備わっているのでしょうか? だとすると御猫様を褒めなければいけません。


(さすがは御猫様です、よく気付きましたね。さすがは悪者です)

「さっきこの世に悪者はいないって言ってたヤツのセリフとは思えないわね。まあ、否定はしないけど、でっち上げられてる感じがするから殴るわ」


 もはや以心伝心とすら思えるほど僕の考えを見抜いている御猫様に感動を覚えながらも、これ以上に話を広げることはせず、僕はルルさんの間違った認識を正すために伝えます。


(無駄なチャチャが入ったせいで少し伝えるのが遅れましたが、別に説得できたわけじゃないですよ。ただナイトソードさんが変な受け取り方をしただけです)

「そんなこと言って挑発してくるあたりが、アタシの好みよ! 全身炎になれたあかつきには、是非とも一日中抱きしめて欲しいわ!」

「要するにコイツは救いようのない変態だったってことよ。ただの結果オーライ。博打に勝っただけ。驚く必要もないわ」

(そうです。なので僕にすごい部分なんてありはしませんよ)


 当然のことをしたら斜め上にとらえられて結果オーライだっただけ。一言でまとめればこんな感じになるので、褒められる要素なんで皆無です。勘違いしているナイトソードさんはともかく、御猫様は冷静に分析して把握してくれています。

 ルルさんも冷静なタイプですから、誤解だと伝えて興奮も落ち着いてきた頃でしょうし問題なく事実を事実として受け取ってくれるはずです。


「……ああ、キミがそう言うのなら、そういうことにしておこう」


 ……解せぬ。なんでしょう、この含みのある笑みと言えばいいのか、私だけはわかっているよと言わんばかりと言いますか、ありもしない裏読みをされた感じです。

 けどまあ、それでも納得してくれたことには変わりないので、ひと段落ですね。背中を香ばしく焼かれているナイトソードさんはいまのところ結界の強化をするような素振りはないですけど、満足すれば約束を果たしてくれるでしょう。もしくは日付が変わって僕の呪いが解除されれば、焼かれなくなって渋々と動いてくれるはずですから、この空白の時間を有効活用して抱えている重要な問題を解消するために皆さんの意見をもらいましょう。


(取引も成立しましたし、重要問題について忌憚のない意見を聞かせてください)


 ここで少し溜めを作ります。重要な問題なのだとわかってもらう必要がありますからね。

 ルルさんは固唾を飲んで僕の次の言葉を待っていますから、効果は十分なようですね。下にいる人は相変わらず無駄に色気のある声で喘いでいて、上の猫は僕が何を言うのか見当をつけているようで呆れかえっていますけど、一人でも空気に流されてくれていれば雰囲気は出ますからね! 僕は真面目トーンで重要問題について口にします!


(……『アサヒン』ってあだ名、大丈夫かアウトなのか問題について)

『………………』


 静寂が痛いです! 誰か、早く何かしらのリアクションを取って欲しいです!――という願いは、やはりと言うべきか、御猫様のため息によって叶えられました。


「激痛を受けすぎて脳の回路がさらにショートしたようね。もう修理することは不可能なところまで進行してしまったようで、ワタシはうれしい限りだわ」


 予想していたからこそツラツラと出てくるのであろう加虐セリフに静寂の痛みを緩和してもらう日がこようとは、あまり想像していませんでした。うれしくはないですけど、ナイトソードさんの趣味嗜好とはマッチしていますから、自分にも言ってくれとかせがみそうですよね。

 ――などと思っていたら、ナイトソードさんは喘ぐのをやめて、平熱のテンションで言ってきます。


「なにそのヒロポンの親戚みたいな名前」

(――ッ! やはりそう思いますか!? となると、このあだ名は却下ということになりますかね!?)


 普通に相談に乗ってくれ、尚且つ意見が一致していたのでテンション上がっちゃっていると、頭の上から想定内と言わんばかりに御猫様のトゲのある言葉が飛んできます。


「脳みそとろけーズは話が噛み合うのね。いえ、とろけているのだから混ざり合うって方が適当かしら」


 とろけるとか混ざり合うとか、御猫様ってば言葉のチョイスがピンク寄りになってません? ナイトソードさんの変態電波を受信してしまったのでしょうか? それとも僕の方が受信してしまって脳の回路が中学生時代に戻ってしまったのでしょうか? はたまた両方なのかもしれませんね。

 ですけど、そうなると会話はアハーンな方へと向かい続けてしまう危険性がありますね。ナイトソードさんと御猫様はともかく、ルルさんは標準的な女性からさほど逸脱してはいないので、苦笑いがへばり付くことになるかもしれません。

 そうなると心苦しいので、気を付けながら会話を進めていく必要があるますけど、僕だけが気を付けても解決にはなりませんし、どうしたものかと思っていたら、ルルさん本人からふたつの意味で打開策を提示してきてくれました!


「待ってくれ。キミの世界ではヒロポン? という代物は敬遠したがる代物だったかもしれないが、この世界には存在しない物だ。つまりアサヒンはオリジナルということにならないだろうか?」

「(――ッ! なるほど!)」


 自ら会話に参加することでピンク方向に舵を取ったときのストッパーになりつつ、アサヒン問題に一石を投じてくれる! なんていい女性なのでしょう! 御猫様は驚きの参戦に声を荒げて抗議してきますけど。


「遠い目をしてバカ話を眺める側にいそうなアンタもソッチ側に行くのか!? この虚しい真っ暗な森の入り口前で人体発火している奴の明かりを囲みながら、脳みそとろけそうなバカ会話に乗ってしまうのか!?」

「恩人の悩みは解決してあげたいと思うのは自然なことだろう?」

「コイツのバカ電波を受信しすぎてアンタのマジメ回路はショートしてしまったようですね! もう手の施しようがありません! 好きにしちゃってくださーい!」


 口調が乱れるほど混乱した末に匙を投げた御猫様の言うとおりに僕たちは本当に好きなだけアサヒン問題について話し合い――いいえ、協議を続けました。

 それに匙を投げた御猫様ですけど、なんだかんだ言ってツッコミ役として僕たちの協議に参加してくれていて、バカ会話で僕の痛みを和らげる任務を放棄せずに続けてくれていました。やっぱりなんだかんだ言って根は優しい猫さんですからね。

 そして、長い長い協議の末導き出された解を僕は確認のため皆さんに伝えます。


(――結論として、『アサヒン』は親しい者には呼ばれても問題はないが、自ら呼んで欲しいと要求するようなものではない。ということでよろしいでしょうか?)

「そうね。親しみやすさはあるけど、前の世界にあるヒロポンを連想してしまうことに変わりないから」

「私も賛成だ。押し付けるほどのものではないし、呼ばれれば許容すればいい代物だと判断する」


 たった数度の会話で出せそうな結論じゃない? とか思っちゃうかもしれません。白状すると僕自身も少し思っちゃいましたけど、それでも濃密な会議をしたからこそ、反論の余地はなく、自信を持って出した結論だと言える代物になったのです!

 シンプルイズベスト! この言葉は、このように長い長い協議を重ねた末に一周回って最初に思いつきそうな結論にたどり着いた偉い人が作り出したはずです!


「……なんでこんなくだらない協議が長時間途切れることなく続くのよ。まだ鶏を飛ばせる方法について議論した方が有意義な時間を過ごせたと思うわ」

(何言ってるんですか、鶏は飛べませんよ?)

「知っとるわヒロポンの親戚めが!」


 協議中ずっと叫びっぱなしのような状態だったのに、ちゃんとまだツッコミをしてくれる御猫様。カロリーの消費量で言えば間違いなく一番でしょうね。『発声だけで消費したカロリー』という項目のギネス記録があれば認定されることでしょう。ちなみに僕は『体が発火した回数』という項目があれば絶対に認定される自信があります。まあ、正確に回数を数えていないので無効でしょうけど。

 いやでも、人体の発火なんて大体は一回すると消防士たちに鎮魂してもらって終了ですから、二回以上発火すると既にギネスなのではないですかね?

 ということは今回も炎が胸にまで達しようとしていますから、回復してもう一回発火すればギネス達成ですね! そう思うとこの激痛にも耐えられるモチベーションが上がってきました! 長く続いた協議によってそろそろ日付が変わるでしょうから、回復してボアッとファイヤーが!……ファイヤー、が……ファイヤーしない! つまり日付が変わったということですか!? ギネスを狙いだしたこの瞬間に呪い終了のお知らせですか!?


(僕のギネスが……)


 勝利目前で逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれたピッチャーというのはこのような気分なのでしょうね。自然とナイトソードさんから腰をどかして両膝と両手を地面に付いてうなだれてしまいました。


「ギネスって、この世界にそんなものないわよ」

(それもそうですね。日付も変わったようですし歓喜のときで――――あれ?)


 御猫様の的確な指摘に納得し、瞬時に切り替えて立ち上がったものの、緊張の糸が緩んでしまったからなのか思うように足へと体が入らず、そのまま後方へと倒れてしまい、まだ横たわったままのナイトソードさんの背中へとヒップドロップをかましてしまいました。


「ぐえっ!」


 潰された蛙のような声が聞こえてきましたけど、それに対して言及することもできないまま僕は意識が遠のいていき、糸の切れた人形のように倒れてしまいます。


「アサヒ!」


 幸いルルさんが僕の後頭部と御猫様をキャッチしてくれたおかげで地面に激突することは避けられましたけど、沈んでいく意識をサルベージできる気力は残ってませんでした。


「ちょっと、死なないでしょうね!? 気絶するだけよね!? 死んだら許さないわよ!」


 お腹に乗ってきた御猫様が僕の頬をポフポフ叩きながら叫んできますが、気絶というものを僕は初めて体験しますし、明確にコレが原因だと言えるモノもないので保証はしかねますけど、少しでも御猫様の心労を和らげるために僕は笑みを浮かべて伝えます。


(すいません御猫様、僕もう疲れました)

「それ死ぬやつじゃなあああああああああああああああああああああああい!」


 悲痛な叫びが聞こえるなか、チョイスを間違えたと思いつつ僕の意識は闇の中へと沈んでいきました。

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