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001

「……どうして、こうなった……」


 頭を抱える御猫様。デッサンの題材にしたら意外とイイモノが描けるかもしれませんね。

 ともあれ、僕と御猫様が転生して数分程度が経過しました。盗賊さんたちのアジトのド真ん中に転生した直後はどうすればいいのかわからないまま、何とかしなさいと言ってくる御猫様の要望を聞いて打開策を考えていたんですけど、既に囲まれている状況から逃げ出す方法なんて僕に思いつけるわけもなく、詰んでいる盤面でどうにか逃げようと何時間も考えこむ将棋教室に通い詰めてるおじさんの気分でした。

 それでも僕なりにできそうなことを提案しては御猫様に却下され、また提案しては御猫様に却下されを続けていると、


 ぐぅ~。


 って、お腹が鳴っちゃったんですよね。いやはや、頭脳労働で空腹を感じるなんて初めてでしたけど、コレが吉と出たんですよ!


「……腹ぁ、減ってんですかい?」


 既に僕と御猫様が漫才をし続けていたせいで、警戒を通り越して呆れ気味になっていた盗賊の皆さんの中でも少し上等な服を着て大量のヒゲを蓄えた毛深く筋骨隆々のボスであろう方が心配してくれたんです!

 僕はうなづくと、ボスであろう方は「こっちに来てくだせぇ」と言ってきたので、どう足掻こうとも手詰まりな僕たちは案内されるがままに付いて行くと、大きなテントの中にお邪魔し、夕食には少し早い時間ですが、御呼ばれしているというわけです!

 もちろん、御猫様の分も出されているのですが、まだ考える人の真似をやめないので一口も手を付けていません。せっかくご馳走してくれているんだから食べないともったいな……あ、そうか! 猫って玉ねぎダメなんですよね。出されたのは大きなお肉が入ったスープなので、入っていてもおかしくはありません。そういうことなんですね!

 …………あれ、返事がない。まさか、ちゃんと伝えようという意思がないと御猫様には伝わらない? 命がリンクしているから伝わると思ったんですけどね。まあ、あれだけ考えている空気を出しているのに御猫様の考えも伝わってきませんし、そういう仕様なのでしょうか?

 とりあえず、試してみましょう。今回はちゃんと伝えるという意識を持ちながら、


(御猫様、聞こえていますか? いま、アナタの頭の中に直接語り掛けています。直接語り掛けています。直接語り掛け――)

「だあああああ! うるっさい! 聞こえてるわよッ! 何よ!?」


 やっぱり、伝えようという意識をちゃんと持たないとダメなようですね。けど、どうしましょうか。別に用件はなく、単に試したかっただけなので……ああ、そうだ。ついでに玉ねぎのことを聞きましょう。


(このスープ。玉ねぎ入ってました?)

「はあ? 知らないわよ。そんなことより、コレがどういう状況なのか納得できる説明を探してるんだから、話しかけないで」

(そうは言っても、玉ねぎが入っていたら大問題です! 考えがまとまって、よし食べようバタンキューになりかねませんよ?)

「……心配されなくても、元から玉ねぎ大嫌いだから、どんな料理に入ってても嗅げば一発でわかるわ。このスープには入ってないわよ」

(だったら、早く食べないと冷めちゃいますよ? コレとっても美味しいので、アツアツの内に食べるのがオススメです!)

「……コイツは、もういいいわ。どっかしらでナマケモノのDNAが混入したんでしょうから、もう諦めたわ」

(人間はナマケモノとは違う先祖から進化したと思いますよ?)

「うっさいわね! 元を辿れば生命皆兄弟よ!――って、そういう話じゃないわよ! アンタの能天気はもう諦めたって言ってんのよ!」

(ああ、そういうことですか。あ、おかわり頼めます?)

「話聞きなさいよ!? というか、もう全部食べたの!?」

「ああ、おかわりですかい。いいですぜー」


 おお、ボスであろう方すごいです! 僕の言葉は伝わっていないはずなのに、空っぽになったお皿を差し出しただけで僕の意を汲んでくれてスープのおかわりをくれました!

 御猫様と僕の数分間に渡る漫才(声を出しているのは御猫様だけ)を聞き続けていたことで、僕が声を出せないながらも御猫様とは意思疎通ができていることも察しているようですし、良き理解者を得られた気分です!


「アンタも平然とよそってんじゃないわよ! というか、一番意味わかんないのアンタだからね!? なんで賊の長が隻腕の喋れないガキにゴハンよそってあげてんのよ!? 襲いなさいよ盗賊なんだから!」

「お口には合いやしたかね?」

「こっちも無視か!? アンタたちの耳の中には都合の悪い言葉聞コエナーズでも付いてんのか!?」

「なんですかい、都合の悪い言葉コナーズって?」

「急に素に戻んじゃないわよ! ム〇コナーズをモジったのよ! 面白くなくてごめんなさいね!」


 御猫様は元気ですねー。かくいう僕もスープをいただいて元気度は高いわけですけど――って、そうでした。これだけ美味しいものをいただいているのに、まだボスであろう方にお礼を伝えていませんでした。本来なら口頭でお礼を言いたいところですけど、喋れないからそうもいきませんからね。せめて感謝の気持ちを全身で表現すれば、この気持ちは伝わるはず!


(こんなに美味しいスープをご馳走してくださってありがとうございます! 初めての味なんですけど、なんのスープなんですかね?)

「MP吸い取られそうな動きね」

「あの、旦那はなんと仰ってるんですかい?」

「このスープおいちー。なにはいってるのー?」


 残念ながらジェスチャーでの意思の伝達は失敗しましたけど、御猫様が僕の意志を完璧に伝えてくれたので万事解決ですね!


「こりゃぁ、ビックジャイアントベアーグマの肉でさぁ」

「なにその頭痛が痛いとか豚の豚足みたいな言い回しを二度揚げしたような名前の生き物。ダブルミーニングすぎて少し可哀そうとすら思うわよ……」

(熊さんのお肉美味しいですね!)

「ナニヨリデスー」

「おお! お褒めいただき、光栄の至りでさぁ!」


 おお! 今回はニッコリしただけなのに伝わりました! やっぱり単純なモノの方が意思を伝達しやすいんですね! 手話なんかも単純なモノは手話を知らない人でも伝わったりしますし、今度からは単純なジェスチャーで意思を伝えることにしましょう。

 手始めに意思が伝わってうれしかったので、もう一度ニッコリ!


(ええ、ダブルミーニングマって美味しいんですね!)

「上手いこと言ったつもりか!……って、なんでワタシはツッコミをしてるのよ! というか、本当にコレどういう状況なのよ!」


 あらら、御猫様ってばまだ悩んでいたんですね。そこまで深く考えなくていいと思いますけどね。僕たちが置かれている状況は単純なものなんですから。そのことを御猫様にも教えてあげましょう。


(盗賊さんたちのアジトのド真ん中に転生した僕たちをもてなしてくれてるんですよ。しかもボスであろう方が直々にです。これはおよばれしないと逆に失礼じゃないですか)

「だから、それがなんでなのか意味不明じゃない! ワタシたちを目にした直後はヤル気満々だったじゃない! それがアンタをちゃんと認識した途端コレよ! 理解しろって方が無理な話だわ!」

(それは単純に野生の獣か何かを警戒していたときに、僕たちが何もない場所から急に現れたせいじゃないですか? こんな森の中なんですから警戒するのは当然だと思いますよ?)

「アンタ……頭いいわね!」


 やっぱり御猫様は難しく考えすぎていたようですね! そういうこと、たまにあるのでわかります! 説明されたら単純なことで納得しちゃうんですよね。あと、褒められたのなんて久しぶりで照れますね。思わずニヤニヤしながら痒くもないのに軽く後頭部を掻いちゃいましたよ。


「たしかに、急に現れたワタシたちを警戒するのは当たり前。そして、ワタシのような高貴な存在を目の当たりにすれば、好意的になるのも当たり前よね!」

(そうれはどうでしょう?)

「そこで真顔になって首傾げるんじゃないわよ! 普通ここは肯定するところでしょ! ワタシは女神なんだから!」

(いまは黒猫の御猫様ですよ?)

「猫のキュートさがプラスされて信者たちが増すこと間違いなしでしょうが!」

「ネコ!?」


 少しビックリするぐらい大きくて高い声を発しましたねボスであろう方! 今更ながらに御猫様を猫と認識して自分に猫アレルギーがあることに焦っているってわけではないでしょうし、何事でしょうか?


「あ、あんさん、ネコ……なん、ですかい?」

「はあ? 何よ今更。見てわかるでしょう。バカ姉のせいで猫にされたのよ」

「そ、それじゃあ、あんさんが成長すると、全長三メートルになって大きく鋭い牙と爪と角が生えて、背筋が凍り付くような赤い眼光で狙った獲物を口から吐いた業火でウェルダンにしたあと食すというあのネコになるんですかい?」

「用意されたようなセリフで説明どうも! そして、どんな生命体よそれ! もうバケモノじゃない! この世界の猫の定義どうなってるのよ!?」

(お姉さんが管理してる世界なのに、知らないんですか?)

「知るわけないでしょッ! 本当ならバカ姉には一切関わりたくなかったのに、アンタがなかなか死なないからバレたのよッ!」

(自分のおっちょこちょいを牡丹餅が出てきそうな場所に上げられましても)

「回りくどく言ってんじゃないわよ! 配慮のつもりか!」

(ユーモアを交えた方が傷つかないかと思いまして)

「ツッコミで疲れんのよッ! 明日は咳したり唾呑んだら血の味がすること確定だわ!」

(それって、普段からあんまり喋らない人がなるらしいですよ。お揃いですね!)

「無言族と一緒にするんじゃないわよ! ワタシはただ相手がいなかっただけで、喋ろうと思えば喋れるわよ!」

(つまり、ボッチ)

「ごはッ!」


 ボチャ。


 思いのほか言葉という名の刃を心にクリーンヒットさせてしまったようで、御猫様は吐血しながらスープに顔面ダイブしてしまいました。とはいえ血も少量でしたし、命に別状はないでしょう。意識もあるでしょうし溺れる心配もない……というか、すごいスピードでスープ飲んでますね。「ゴクゴクゴクゴク」って喉の鳴る音が聞こえてきます。


(おいしいですよね。僕も二杯目食べきっちゃいました。満足満腹です)

「はぐはぐはぐがつがつがつ」


 僕の言葉など気にも留めずに肉食獣の如き迫力で大きなお肉を食らう御猫様はあっという間に完食して、顔に付いたスープは顔を高速で振って吹き飛ばしました。


「ごちそうさま。おいしかったわ、このダブルミーニングマのスープ」


 ちゃんと肉球と肉球を合わせて合掌し、ボスであろう方にもお礼を伝えて素晴らしいとは思うのですが、肝心のボスであろう方が御猫様をネコなる怪物の子供だと思い込んでいるせいで、及び腰なんですよね。


「お、お褒めにあずかり光栄でさぁ。それで、あんさんはあっしらを食べようとは……」

「は? するわけないでしょ。アンタたちマズそうだし。ワタシだって食べ物を選ぶ権利ぐらいあるわ」

「生きてて初めて、自分の毛深い体質に感謝しやした」

「どうでもいい情報をありがとう。そんなことより、聞きたいことがあるわ」


 御猫様ってばボスであろう方の緊張をほぐしつつ、あれだけこの状況を受け入れられない様子だったのに、もう切り替えたんですね! さすがです! お腹いっぱいになって、イライラが緩和されたから、寛容度が向上したんでしょうかね。


「なんでやしょう?」

「現在地が知りたいわ。生憎と事故に巻き込まれて、こんな辺鄙な場所まで飛ばされてね」

(事故とは、言いえて妙というやつですね!)

「うっさい」


 今回は褒めたつもりだったんですけど……。年単位で人付き合いを拒んでいたツケが回ってきてますね。


「あんさんたち、ここが何処なのか知らないでよく生きてこられやしたな……」


 こちらにも弊害……というわけではないですよね。ボスであろう方――っていうのもそろそろ面倒になってきたのでボスさんって呼びましょう。ボスさんには僕の返しなんて聞こえているはずもないですから、僕たちが現状を把握できていないということに驚かれているってとこですかね。

 とはいえ知らないものはどうしようもないので僕と御猫様は首をかしげると、親切なボスさんは教えてくれます。


「ここは『白地(はくち)』に住む人であればほとんど寄り付こうとしない危険地帯である『黒地(こくち)』間近の場所――つまり『黒地(こくへき)』でさぁ」


 聞き慣れない単語が出てきましたね。同人サークルですかね?


「さいっあくだわ! 本当にギリギリじゃない! あのバカ姉! ほとんど解呪できてないじゃない!」


 僕とは違って御猫様は事態を察したようで、お姉さんにぶつけたい怒りを地団駄で解消しています。自分でやったことなので自業自得としか言いようがないのですが、ここで揚げ足を取ると状況説明してくれなくなりそうなので、普通に訊いてみましょう。


(なんです『黒壁』って?)

「アンタ、地図持ってるかしら?」

「ええ、ここに」


 御猫様に言われてボスさんは懐から地図を取り出し、見えやすいよう中央に広げてくれました! しかも、これはアレですよ! お宝の地図なんかで定番の名称がわからない材質の地図ですよ! 普通に布でいいんですかね? 紙じゃないですし、何か特別な呼称があるんでしょうか? スマホで調べられれば簡単なんですけど、いまの僕たちはびた一文すら持ってないですからね。異世界ではスマホは必需品だと聞いていましたのに……。

 ――っと、一人で少々ガックリきている場合ではありませんね。せっかく御猫様とボスさんがこの世界の基本情報を教えてくれているので地図を確認してみると、一際目を引くモノが描かれていました。


(なんです? この白と黒の歪な丸)


 この世界の地図であることは間違いないんでしょう。それなりに細かく記載もされていますけど、一番気になるのは内側を白、外側を黒で書かれた二重線の歪で大きな丸ですね。地図の中心を囲うように描かれてあります。

 この地図は合格ですって印ですかね? でも、それだと赤ペンで丸してるはず。先生が間違えて赤ペンじゃなくて修正液と黒ペンで丸を書いちゃったんでしょうか? そういうのは意外と生徒の方は覚えてるものなので、気を付けた方がいいと思いますよ。

 あとはもう言うことないですね。千人にこの地図を見て率直な感想を聞かせて欲しいと頼めば満場一致で「白と黒の丸」と投げやりに答えることでしょう。なので御猫様も僕の感想を簡単に想定できていたようで、準備していたであろう詳しい説明をしてくれます。


「この世界には大きく分けてふたつのエリアが存在するの。人々が栄え、土壌も良くて作物が良く育ち、物の流通なんかも滞りなく進められる『白地』。もうひとつは凶暴なモンスターがうじゃうじゃいて、草木すらあまり芽吹くことがなく、力を持たない人々にとっては立ち入り禁止エリアとすら呼ばれる『黒地』。この白と黒の線はそのふたつを明確に見分けるためのもので、境目の白線部分が『白壁』でその内側が『白地』。逆に黒線部分が『黒壁』でその外側が『黒地』と呼ばれているわ」

(お姉さんの管理している世界には関わりたくないって言いながら、良く知ってるじゃないですか。ツンデレってやつですか?)


 とてもわかりやすくて僕たちがどういう状況に置かれているのかも大体想像できる説明だったんですが、ここまで詳しく教えられるというのは先ほどの発言と矛盾が生じることとなるので、思わず掘り下げてしまいました。少々自重ができないのは悪い癖ですね。後悔はありませんが。


「このぐらいは基本情報なのよ! それより、ワタシが言いたいこと理解できたのかしら!?」


 ツンデレが自分をツンデレだと言うはずもなく、言下に否定されて話を戻されてしまいましたが、その訊き方だと僕には二択が生じてしまいます。


(境目を壁に例えるなんて、うまいこと考えたなーってことですか? それとも、現状があまり芳しくないってことですか?)

「どうして、どうでもいいことを先に言うのよ! ツッコミに慣れだした口が自然に動きそうになったじゃない!」

(前者の方が可能性が高いかなと思いまして)

「日本脳炎で脳みそやられてんのかしら。それともこの状況がどれだけマズイことかちゃんと理解してないのかしら。いい? 『黒地』にはアッチには存在しない獰猛な生物がわんさかいるの。ワタシたちのいる『黒壁』も数は少ないけど生息してる。そんな奴らの群れに襲われでもしたら終了のお知らせよ」

(でも、盗賊の皆さんは生きてますよ? しかもこれだけのアジトを作っているんですから、長くこの場所で暮らしているんですよね?)

「それは単純に実力のおかげでしょうね。下っ端でも相当な強さを有しているわ。だからこそ、ワタシたちに友好的に接するのか謎なのよ。なんでなの?」


 ここでまさか最初の疑問を持ち出すとは策士! じつに策士です! こんな中華最強の軍師ですら思いつかない策、誰でも乗ってしまいますよ!


「ハハッ! 面白い冗談でやすねぇ。あんさんたちの方があっしらより圧倒的に強いでしょうに」


 ……アレ、流された? もしくは隠された? 何かそうしなければならない理由があると言うのでしょうか? でも、あまりにもあっけらかんと言ってますし、本当だったりするんでしょうか?

 女神様から加護を受けているので、ない話でもない気はしますが、僕にはそんな自覚なんて一ミクロンもありはしないのですけど、御猫様はわかってたりするんでしょうか?


(あの、僕たちってそんなに強いんです?)

「……はぁ、バレてたのね。あれだけ騒げば、襲ってくると思ったんだけど」


 ……その反応から察するに、当たり前のこと訊くなよ! というやつでしょうか! へぇ、女神様から頂いた加護ってそんなに強力なんですね。試そうなんて気はサラサラ起きませんけど!


「あんさんはうまく隠していやすが、旦那の方は隠蔽がなっていやせん。圧倒的な魔力量ですからねぇ。そんなん見せつけられれば、警戒するのは当然でさぁ。で、そちらに戦う意思がないのであれば、友好的に接する方がいいに決まっていやすからねぇ」


 ボスさんの言うとおりです! 戦いなんてしない方がいいに決まっています。仲良くするのが一番ですからね。


「そのナリでよく頭が回るのね。『冒険者』じゃないことは一目瞭然だとしても、国からの命令で動いている可能性は考慮しないでいいのかしら?」

「クズ共とはいえ頭領を任されている身ですからねぇ。人を見る目は多少はあると自負しておりやす。そのあっしの目があんさんたちは国とは無関係だと言ってるんでさぁ」

(おお、すごいですね。大当たりです)


 パチパチパチ、っと思わず拍手を送っちゃいました。ボスさんには名探偵の称号を与えたいぐらい……いや、そうなると同時に死神の称号も与えてしまうので、やめといたほうがいいですね。

 などと一人うんうん、と納得していたらボスさんは何やら僕を見て優しい笑みを浮かべていました。


「それに、これほど純粋な旦那に腹の探り合いは無理でしょう?」

「純粋? バカなだけでしょ。頭の中がお花畑なのよ」

(いやー、それほどでも~)

「褒めてないわよッ!」


 そんな! 頭の中がお花畑というのは、慈愛に満ちた優しい人という意味ではないんですか!? 幼稚園の頃に同級生のカッくんから同じこと言われて、どういう意味か先生に訊ねたらそう教えてくれましたよ!? 違うのであればいったいどういう意味なんでしょうか? 御猫様に訊いたところで教えてくれなさそうですし、謎は深まるばかりです。

 ですけど、捨てる神あれば拾う神ありという感じで、深まる謎あれば解決する謎ありですね。御猫様がずっと頭を悩ませていた謎が解決しました。喜ばしいことは、共有すべきですね!


(御猫様が悩んでいた理由は解決しましたし、現状から抜け出す方法を考える時間も得られたようで、良かった良かったというやつですね!)

「……アンタ、本当にわかってんでしょうね?」

(もちろんですよー。ボスさんが勝手に深読みしてくれてたんで、それに乗っかったんですよね?)

「…………」


 ……あれ? ピンポン玉を咥えたような顔をして何も言ってこない。僕間違ったこと言いましたかね?

 この世界に来たばかりの僕には僕自身の力量なんてわかるはずもないですけど、ボスさんからするとバケモノレベルに見えているらしく、戦いは避けたいと考えていたら僕たちが戦意を見せないので友好的に接した。

 そして、ボスさんはそんなことぐらい僕たちはお見通しだろうと言ってきたので、御猫様はまったくそんなこと考えていなかったけど乗っといた方がイイと思ったので同意した。詳しく説明するとこういうことですよね? 何も変なことは言っていないと思うんですけど……。

 それとも、本物のピンポン玉を口に突っ込んで欲しいという意思表示でしょうか? 残念ながらこの世界にピンポン玉があるかどうか定かではないので難しいですね。猿ぐつわなら探せばありそうですけど。


「……本当はコイツ、頭いいんじゃないのかしら……」

(何か言いましたか?)

「何も言ってないわよ!」


 おらら、考え事をしていたせいで、御猫様のデレを見逃したような気がします。あの様子では訊き返しても教えてくれそうにないですし、非常に残念です。

 そう僕が落胆して肩を落としている間に、御猫様はボスさんに向き直って問いを投げていました。


「それで、もてなしてくれるって言うぐらいだから寝床も用意してくれるのかしら? それとも、さっさと出て行った方がいいのかしら?」

「あんさんたちを追い出してあっしらにメリットがあるとは思えやせんので、当然ながら寝床は用意させていただきやすとも」

「そう。感謝するわ。明日には出ていくから安心しなさい」

(ですねー。もう大体の方針は決まってますしねー)

「……あんた、バカなのか頭いいのかハッキリしなさいよ」

(何言ってるんですか。中卒が頭いいわけないじゃないですか)

「ワタシが言ってるのはそういう頭の良さじゃないわよ……」


 呆れられてしまいました。賢いというのは勉強ができる以外に何を指す言葉なのか僕にはわかりかねるので、首をかしげると「もういいわ」と御猫様は言って、再度ボスさんに向き直りました。


「それで、ワタシたちの寝床はどこかしら?」

「こっちですぜぇ」


 立ち上がってテントを出ていくボスさんは今日の寝床に案内してくれるようで、僕と御猫様は促されるままに付いて行くと、テントを出た瞬間、盗賊さんたちに全方向から視線を向けられました! おかげで武道館でライブする人の気持ちが少し味わえた気がしますね! お礼の気持ちを込めて笑顔を向けておきましょう。


(ニコッ)

『――ッ!』


 あ、あれ? なぜに盗賊の皆さん僕の笑顔に戦々恐々としてらっしゃるので? そんなに後退しなくても良くないです? 抱き合って互いに恐怖を緩和しようとしている人たちもいますけど、僕の笑顔そんなに怖かったですかね? 御猫様なら何かわかりますかね。


(御猫様御猫様、なぜか怖がられたんですけど? 僕の笑顔ってそんなに凶悪に見えますかね?)

「アンタ、やっぱりバカでしょ。こいつらにとってアンタはバケモノと大差ないのよ。そんなヤツから笑顔を向けられれば恐怖を感じて当然でしょう」

(僕はただ、アリーナー! って叫びたい気分を伝えただけなんですけど!?)

「どんな気分だ!」

(武道館でライブをしている気分です)

「だからどんな気分よ!?」

(ですので、アリーナー! って…………無限ループって怖くないです?)

「……そうね。この話は終わりにしましょう」


 このままでは水掛け論だと御猫様も察してくれたようですね。それにまあ、バケモノに笑顔を向けられるのは言われてみると怖い気もしますね。僕も顔ドロドロになったゾンビに笑顔を向けられたら食べられる!? って思いますもん。


『――――たすけて』


 おや、急に頭の中に声が……いえ、この場合は頭の中に直接!?……って、驚いたほうが良かったですかね。男子なら一回は言ってみたいセリフですし。

 ともあれ、たすけてとは穏やかじゃありませんね。僕なんかに助けを求めるということは切羽詰まっているわけでしょうし……。

 ――なんて思っていたら、理屈はわかりませんがひとつのテントに目に止まり、僕はそのテントを指さしながら御猫様に問いを投げました。


(……ねえねえ御猫様、アレはなんでしょう?)

「はあ? ああ、アレはコイツらの資金源ね」

(資金源?)

「おや、旦那はあのテントの中が気になるんですかい?」


 ボスさんも僕があのテントを気にしていることに気づいたようで問いを投げかけてくれたので、うなづこうとしたのですが、その前に御猫様に割って入られました。


「やめときなさい。アンタが見たら激怒しそうなモノが多く入ってるわ」

(激怒……イッカクの角ですか!?)

「なんでそこでイッカクなのよ!? この辺りにしょっぺー水がどこにあるってのよ! コイツらは盗賊で、そんな奴らの資金源なんて限られてくるでしょう!」 

(……山菜取り?)

「平和かッ!」

「まあまあ、見るのが一番手っ取り早いですぜ」


 なだめながら言ってくるボスさん。たしかにそのとおりだと僕も思うのですけど、山菜ではないのだったら、他に何があるというのでしょうか?

 甚だ謎に思っていると、御猫様は僕にツッコミを入れるテンションのままボスさんに言います。


「コイツがキレるって言ってるのに、アンタも見せようとするんじゃないわよッ!」

「黒い部分を見るのも成長です。そして、それが早いほど考える時間を与えてくれる。そうは思いやせんか?」

「それっぽいこと言ってもワタシはどうなっても知らないわよ」

「わかってやすよぉ。ささ、旦那」


 おお! ボスさんは中腰になると、行先を手で示しながら狭い歩幅で僕の前を歩いて行きます! これはまさしく大企業の社長とかが取引先の人にされる案内! まったく偉くもないのに、すっごく大きな株を持っている気分です!

 歩くのも胸を張ってゆっくりにしたいのですけど、そんなことしたらまた御猫様に突っ込まれそうなので普通にボスさんの後を追ってテントの中に入ると、そこには大きな牢がひとつ存在していました。

 中には人間とは少し違う特徴――長い耳を持った女性ばかりが一〇人ほど集まっていて、身に着けている衣服は少し破れていたり汚れが目立ちます。肌も薄汚れており、髪もボサボサな人が多いですね。幸い外傷は見受けられませんけど、ほとんどの人が恐怖で縮こまってしまっています。

 ……なるほど。御猫様の言いたいことが理解できました。ここにいるのは盗賊さんたちに捕まり、売られようとしている人たち、ということですか。

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