進軍
「進軍開始!」
クラム第二王子の声で1万からなる王国軍の兵士達がアリア小国へ向けて進軍を開始する。
詳細まで知らされていない一般兵や従軍補給兵たちは不安で一杯であった。
「皆さん、ご安心をあの土地は我らに友好的です」
グラム王太子に婚約破棄を言い渡された元王妃候補であるルーデシアがクラムの隣で兵士たちの不安を取り除こうとしている。
アリア小国の事については周知の事実魔族が統治する地域として認識している。
人間が恐れる魔族の住まう土地を通り抜けようとしている事に不安にならない訳がない。
数日の行軍が続き飛竜の狩場である草原を進む前に野営を始める。
・・・
「4年振りか? まぁ覚えていないか」
俺は飛竜の草原で飛竜と対峙していた。
あの時の俺は弱く、泣き叫びながら森へと逃げるしか出来なかった。
だが、力をつけて狩場へと堂々と足を付ける。
異様な魔力を察知した飛竜が姿を現すには時間は掛からなかった。
「複数魔法、ブラッドハルバード」
ドッ
バサバサッ
飛竜の真下から生やしたブラッドハルバードが簡単に躱される。
「ブラッドレイン!」
ザァアアッ
一見にして攻撃力が無い技に飛竜は避ける事もしない。
「ブラッドアロー」
キィン
流石に攻撃が通らないと避ける事もしないか。
飛竜の鱗はメタルリザード並みに固いようだ。
カアァアア
飛竜の口に魔力が溜まり始める。
「ブレスか! 複数魔法、ブラッドタワーシールド」
十数枚の壁を作りだす。
ボハァアアッ
赤く光る熱量を持ったブレスがタワーシールドを飲み込んでいく。
「駄目か」
フワッ
空中を飛んで回避する。
「ブラッドバリスタ」
矢を何倍にも太く大きくした物を飛ばす。
バッ
脅威と感じた飛竜が空中に逃げようと羽ばたく。
「無駄だ!」
魔法として作られたバリスタはある程度のホーミングを持つ。
グサッ
ギャォオン!
ドォンッ
翼膜に大穴を開けられて飛竜は吠えて地面に墜落する。
「そろそろか?」
グラァッ
ギャオォォォ
飛竜が頭を揺らして地に倒れる。
「これで決着だ。ブラッドギロチン」
ブラッドソードの刃部分を巨大化したギロチンを空中に出現して重力加速と共に眠っている飛竜の首に落とす。
グシュァアアッ
ギャォオオオオオンッ!
飛竜は断末魔をあげて首が切断されて絶命していった。
ビチャビチャビチャッ
飛竜の首から大量の血がまき散らされて全身を血で濡らす。
「コレは旨いな」
飛竜の血はモンスターの中で熟成させたワインのように渋い中に旨味を隠し持っていた。
【ワイバーン(Lv45)を倒しました。レベルが上がります】
【草原の王を倒した事により、飛竜の狩場を支配領域にします】
【各スキルがLv5に上昇します】
【ワイバーンの血を取り込んだことにより竜鱗が強化されます】
ヒィイン
俺の鱗が薄い青から少し濃い青へと変わっていく。
失われた血はワイバーンで回復する。
この日を持って俺はこの地域で最強へと昇りつめた事となる。
朝日が出る前に数名の兵士を連れたクラムが草原へとやってきた。
昨夜の戦闘音の様子を見に来たようだ。
「アリア陛下、これは一体?」
「なに、障害を取り除いただけだ。これならこの草原を横断できるだろ?」
飛竜の草原は中心を歩いていると何処からともなく飛竜が襲い掛かってくる。
この草原は横断さえしなければ安全に渡る事が出来る場所で有名だ。
ただし回り道するがゆえに飛竜討伐は常に出回っている。
「同盟して良かったな」
ポンッとクラムの肩に手を置く。
「そのワイバーンの死骸は好きにしていい。肉は旨いと聞く」
「いいのか?・・・鱗なんかは高値で売れるんだぞ」
「なら、ワイバーンの死骸を丸ごと売る。俺がそっちで世話になるときに使う金にしてくれ」
「承知した。おい」
「はっ!」
ワイバーンの死骸を大きな荷台に乗せて王都へと戻る一団が結成される。
「俺は寝る。通り抜ける時は夜にしてくれ」
バサッ
翼を広げて塒へと帰る。
1万人からなる行軍では飛竜の餌場を遠回りしていたら2日は掛かると言われていたが横断出来るとなれば半日ほどで終わった。
ベアリアルの森とサーペントの湖の間に軍が通れる道が出来ており自然と進んでいく。
「ここで、野営をする」
山脈の麓で行軍を止めて野営の準備に取り掛かる。
一度、補給しに戻る従軍達を見送って本隊は各自テントを張り交代で見張りを置く。
すでに魔族の領域に入った事により緊張が隠せない一般兵たちだ。
軍上層部からの話ではワイバーンを倒して通れるようにしたのが魔族だったと聞いて更に緊張感を増している。
翌日には隣国へと入るというのに眠気さえ起きない。
サァアッ
「雨か?」
「この匂い・・・鉄臭いな」
見張りの兵士達が降り始めた細かい雨に違和感を覚える。
「っあ!」
「ぬぅ」
急激に襲ってきた眠気に抗えず兵士達は強制睡眠される。
・・・
「何たる失態! 見張り全員が寝コケていたというのか」
翌日、見張りどころか兵士全員が深い眠りに入っており誰も起きずに翌朝を迎えた。
これほど無防備な軍になってしまい上層部は緊急会議を開いた。
「俺達全員が気持ちよく寝ていたんだろ?」
「うぐっ」
1万人全員が熟睡して起きてみれば疲労の殆どが取れていたのも事実。
「そろそろか?」
バサッ
軍会議場に2人入ってくる。
一人はルーデシア王女、そして魔族であるアリアだ。
初めてその姿を見る軍人達は咄嗟に武器に手を掛ける。
「お待ちください。この方が同盟国のアリア陛下です。武器から手を放してください」
ルーデシアの言葉に周囲の人間が困惑と疑惑の表情をする。
「皆、俺が保証するから武器から手を放せ」
クラムの声に渋々と手を放す。
「昨日ぶりですね」
「普段使いの口調で良い」
「その方がこっちは楽でいい」
「お久しぶりですアリア陛下」
「お前も相変わらずだな。で、今夜か?」
「あぁ。通行の許可感謝する」
クラムが頭を下げて、ルーデシアも続いて頭を下げる。
「クラム第二王子・・・本当に魔族と手を組むというのですか」
そんな中、声を上げる人物が一人。
「父上とアリア陛下は同盟国の調印を交わしているのは周知してあっただろ」
「しかし、魔族ごときに我らが頭を下げるなんて」
「いい加減に理解しろ。この作戦はアリア殿下なしでは進められなかった」
「ヤハン卿、アナタは王太子派でしたね」
「えぇ、そうですとも。貴女に地の底へ落とされたグラム王太子と懇意にしていましたとも」
「まだ、あのような噂を信じているのですか?」
「私はグラム王太子を信じております」
「兄貴は既に王太子ではない・・・その発言は聞かなかった事にしよう」
あの婚約破棄騒動の結果、グラムは王の資質を問われて王太子の座から外された。
当然、ルーデシアを陥れようとした子息たちも纏めての事だった。
「グラム、内輪もめしてて大丈夫なのか?」
「すまんな、こんな奴でも腕は確かなんだ・・・少し兄貴に心酔しているらしくてな」
「くっ」
「とりあえず作戦はどうなっているんだ?」
現場には簡易的ではあるが地図が広げられていた。
「クラム第二王子、地図を見せるのか」
「当たり前だ」
「この国の国家機密ですぞ」
地図とは戦争において必要な道具だ。
正確な地図である程、相手国家に対して脅威になる。
「陛下からの許可を貰っている。それに協力して貰っている以上は余計な遺恨は残さない方がいいからな。で、話の続きだ」
ベイクラム王国とサーペンティン王国の国境付近を拡大された地図、新たにアリア小国の領域が描かれている。
「わが軍は、この山脈の内部を通って隣国サーペンティン王国へと進む」
ザワザワザワッ
「内部を通っていくとはどういう事ですか?」
「言葉の通りだ。この山脈にはサーペンティン王国へ繋がるトンネルが掘られた。アリア陛下の手によってな」
「馬鹿な。この山脈にトンネルを・・・数十年は掛かると見込まれている筈」
直線距離にしておよそ10km、人力で掘り進めるなら数十年という歳月と金が掛かると見込まれて、両国では取り掛かろうとはしなかった。
「この為に態々掘って貰った。だからこそ作戦が前倒しで進んでいったんだ。協力感謝する」
「煩い隣国の連中を黙らせてくれれば俺は構わん」
「わが軍は山脈を通り、一気に王都へと流れ込む。現在のサーペンティン王国の内政はガタガタで反乱軍だけでは国を維持するのは難しいらしいからな」
「では、早速進軍の準備を」
「今日一日は全兵士はゆっくり休んでもらう。お前たちも体を休み夜に備えてくれ。夜襲を仕掛けて一気に王都へと進む。会議は以上とする」
「「「「はっ!」」」」
上層部の人間達はテントを出ていった。
「一体いつトンネルの話が進んでいったんだ?」
「追加報酬を支払ってくれたからな」
俺の隣で立つルーデシアが頬を染める。
「まさか、また血を要求したのか?」
「あぁ。旨かったぞ」
このトンネルを掘るに至りルーデシアの血を条件に進めていた計画だった。
最初は安全に渡る方法が無いか相談を持ち掛けられてトンネル作戦を思いついた。
先ほど言われた通り数十年の時間が必要な程だったが配下と俺のスキルを使えば大幅に短縮できた。
「昨晩は楽しかったな」
見目麗しい純潔の少女たちが俺に血を分け与えてくれた。
一番うまいと感じたのはルーデシアだが、少女たちの血も旨かった。
「あんまり、無茶しないでくれよ」
「乱暴に扱われるより良いと思うんだがな。身体的にもな」
血の他にも楽しませてもらった事は黙っておこう。
「ではな」
「あぁ」
俺は塒へと帰る。




