婚約破棄①(前編)
ドッ
何者かに背中を押されて倒れ伏すルーデシア王女。
振り返ると、そこには婚約者のグラム王太子。その傍らには可憐な少女が立っていた。
「ルーデシア・フォン・サーペンティン、貴様との婚約を破棄をする」
王太子の言葉に騒めく周囲。
「・・・いま、なんと?」
ルーデシアは何を言われたのか聞き返す。
「貴様の数々の非道に私は許すことは出来ない」
「非道?」
ルーデシアは祖国を救うために隣国へ嫁ぐことを決意し好きでもないグラム王太子の婚約者として付き合ってきた。
全てがベイクラムの兵を動かす為に4年間も頑張ってきた。そんな状態で非道に走ったという記憶はない。
半年前に国境の森へ赴き通行の許可を得て帰ってきた時も兵士たちの中で株が上がった。
ベアリアルの森を始めとしたあの場を通るには犠牲が付き物だと分かっている。
他のルートもあるが、サーペンティンへ筒抜けになる。
この戦にもルーデシアは王太子と共に出陣するという異例を押し通してきた。
そんな大事な時期に婚約破棄される理由が思いつかない。
「このルーン嬢に対する非道の数々をよもや無かったことにするか」
王太子の傍らにいた可憐な少女、フォギア男爵令嬢ルーンとして記憶しているルーデシア。
「グラム王太子、私が本気でそのような事をしたとお思いで?」
「証言者は沢山いる。王妃の地位欲しさに目を覆う所業を繰り返す貴様に王妃の資格は無い!」
声を張りグラムは言う。
「ルーン嬢に対する過度なイジメ、更には暗殺の企て」
「イジメ?」
「暗殺だと」
周囲の人間達が口々に繰り返す。
「そのすべては貴様が裏で糸を引いている事は調べがついている」
「その様な事に心当たりは」
ルーデシアが困惑するのは当たり前だ。その様な事実はないのだから。
「ありますよ」
「俺達が証言するぜ」
「えぇ」
ザッ
グラム王太子の前に3人の若者が立つ。
ベイクラム王国宰相の子息、ベイクラム王国将軍の子息、ベイクラム王国魔法省の子息だった。
周囲にいる貴族たちは3人の登場に驚く。
「彼等が言うなら本当に?」
国を代表する親を持つ子供たちの発言力は普通の貴族より強く、信頼性がある。
「この4年間我慢してきたがあえて言おう。祖国を救うために我が国の兵士を動かそうなんぞ片腹痛いぞ」
「それは、ベイクラム王との約束です。私が嫁ぐ代わりに兵をお貸し頂けると」
「愛想も無いお前に私は苦痛を強いられてきた。よもや裏で私が愛するルーン嬢にイジメをしていたとはな」
グッ
王太子の暴走にルーデシアは握り拳を作る。
このままでは長年築いてきた計画が目の前の王太子に崩されてしまいかねない事に焦りが生じる。
「それに噂では魔族と繋がっていると言うではないか」
王太子の発言に周囲の騒めきが強くなる。
半年前、ベアリアルの森を通る許可を得て帰ってきたルーデシア。
誰しもが疑問に思う、誰の許可を貰って来たのだと?
陛下と王妃にルーデシアと護衛の兵士達しか知らない情報だ。
「汚らわしい身で私と添い遂げようなんぞ奢るな。売女め」
「調査では血の契約を交わしたとか」
「自分の為なら王家の血すら売り渡すのか。落ちたもんだぜ」
「王族の血は易々と渡す物でありません。王族の風上にも置けませんね」
王太子の言及に3人が援護する。
「おいおい、それは酷い言いがかりって物だぜ」
「誰だ!?」
王太子が振り向くとギョッとする。
「クラム」
グラムの双子の弟クラム第二王子が立っていた。
「俺はよぉ、ルーデシアがどんな思いでここまで来たのか知ってるぜ。兄貴よ、その事は承知なんか?」
「いつも口が汚いぞ。王太子である私に向かってその口の利き方はなんだ!」
「俺の事はどーでもいいんだよ。今はルーデシアの話だろ。当時14歳だったコイツがどんな思いで逃げ延びて来て、いまここに立っているのか知っているのかよ?」
「・・・・」
グラムは黙る。
これまでグラムとルーデシアは公務の場か貴族学院でしか顔を合わせていない。
プライベートの事は一切知らない。
「あぁ、そうだ。兄貴は自分の婚約者の事は何も知らねぇんだ。親が決めたからと言って知ろうともしなかった」
「うるっさい! 私がどう接しようと勝手だろう」
「これだから兄貴は堅物で困るぜ。なぁ、あんたもそう思うだろ?」
クラムは背後にいる俺を見る。
その問いかけにグラムの視線は俺に向けられる。
「貴様、いつから其処に」
フードを目深く被って立っていた俺にようやく気付く。
「最初から」
答えるとギョッとする王太子・・・背格好から男に見えるが声は女なのだから。
「貴様、私が王太子だと知って顔を隠しているのか!」
直ぐに気を取り直して言う。
「くくっ! 兄貴、それは止めておいた方がいいぜ。腰抜かすぜ」
クラムが笑う。
それを見てグラムの顔が真っ赤になる。
「私がこんな女に怯える訳がないだろう!」
バッ
ズカズカと近づいてきて俺のフードを剥がす。
パサッ
腰まで伸びる薄い青の髪が零れ落ちる。
「その目、魔族。ひぃいいい!」
俺の目を見て王太子は腰を抜かした。
周囲の貴族たちも驚愕して同じく腰を抜かす者もいる。
「やっぱり腰を抜かしたな。王太子がこれじゃぁ周りに示しがつかねぇぜ」
嘆息しておちょくるクラム。
「ク、ク、クラム! 貴様、魔族と通じて私を暗殺しに来たか」
「クハハッ! 俺が兄貴を暗殺? 笑わすなよ。この方は」
「いい、俺がする」
「わぁったよ」
こうなる事を予想してクラムは俺を呼び出していた。
それは遡る事2週間前の事だ・・・
・・・
あの時のルーデシアの護衛をしていた兵士数人が領域へと近づいてきていた。
「城に?」
「はい、クラム第二王子様の命令で」
「クラムって誰だよ?」
「ベイクラム王国第二王子様です」
「一応、女王を名乗っているんだけどな」
非公開だけど・・・
王子が他国の女王を呼びつけるなんて何かあったか?
「言伝はそれだけか?」
「はい」
「分かった。俺の方が早いだろうが戻ってくれ」
「は!」
終始震えていた兵士達はホッと一息をつく。
バサッ
俺は空を飛んで兵士達の言っていた方角に向けて飛ぶ。
まさか、初めての人が住まう場所が王都になるとは思わなかった。
スンスンッ
クラム第二王子の血の付いたハンカチを渡されたのは驚いたが頭が回るのだろう。
俺が血の匂いを追う事が出来ると理解している。
日中は日陰に隠れて過ごし、夜間を飛んでいく。
数日で王都と思われる場所に到着した。
森と違い、松明の光がアチコチに広がっていて王都を照らしている。
「こっちか」
血の匂いに連れられて城のバルコニーへと降り立つ。
「待っていたぜ」
血のしみ込んだハンカチがバルコニーにも括り付けられていた。
その奥でワインを嗜む偉丈夫が立っていた。
「ルーデシアの言う通りだったか」
事情をしっている様子だ。
「まさか、ウチの近くに魔族が住んでいるなんてな」
顔を覆う男。
「アンタが俺を呼んだ第二王子か?」
「可愛い顔して口は汚いな」
「アンタに言われたくない。王子の口調じゃないだろ?」
「まぁ、出がらし王子と言われているからな」
「にしては頭は良さそうだな」
「よせよせ。俺には似合わねぇよ」
「で、用件はなんだ?」
「ウチのルーデシアがアンタの許可を貰って来たと聞いてな」
「あぁ」
「そのルーデシアが困った事になりそうなんだ。手を貸しちゃくれねぇか?」
「それは、俺に対する依頼か?」
「そんな多くは出せねぇが・・・」
「金は要らん」
「何を望む? まさか俺の血なんて言うんじゃねぇよな?」
「アンタの血は臭いから飲みたくもない」
基本、大体の人間は臭い。
「王家の血が欲しいって訳じゃねぇのか」
「俺にもえり好みがあるんだよ」
「・・・ははぁん。なるほど」
やはり頭の回転が速い。
「他に望むものはあるのか?」
「この国の王と王妃の謁見を望む」
「・・・それは何故?」
「俺の国は出来たばかりだ。早めに同盟国になっておいて損はないだろう」
「本当に魔族か? 伝承によればこんな平和的に進む物じゃねぇと思うが」
「人間が定義する特徴と一致するなら俺は魔族なんだろ? で、どうする?」
「父上や母上に危害を加えないと約束するならな」
「分かった」
「っし、決まりだ。改めてベイクラム王国の第二王子クラム・デル・ベイクラムだ。よろしくな」
「アリア王国、女王アリアだ」
「自分の名前を国名にしているのかよ」
「王族もファミリーネームは国名だろ?」
「違いねぇ。気が合いそうだな。一杯どうだ? ってワインは好きじゃねぇか」
「初めてだが、問題ないだろう」
「中に入ってくれ」
クラムと共に中へ入ると小さいテーブルにワインの瓶が置かれていた。
「君の瞳に」
「世迷言を」
チンッ
並々と注がれたワイングラスを鳴らす。
最初は当たり障りない問答から始まり、俺の過去を語る流れとなった。
「ぉおおお! 気が付いたら赤ん坊で一人だったと」
クラムが男泣きしていた。
「辛かった、辛かったよなぁ!」
「分かってくれるか。アレは大変だった」
「それから」
クラムとの語りは夜更けまで続いた。
ドサッ
アルコールの酔いで俺は用意されたベッドへ豪快に倒れ込んだ。
「好きに使ってくれ」
「おぅ」
フカフカなベットに横たわり俺は久しぶりに深い眠りにおちた。