90 大好きなひととき
はい、いつものテンションです。
寒い日のトカゲみたいなテンションの、いつものネリィです。
アイドルモードの私はもう、どこにも存在いたしません。
「ふぅ……」
あったかい温泉に浸かりながら、青空を見上げる。
ずいぶん澄んで高くなってきた。
もうそろそろ初夏の季節だ。
「ってことは、ここに来てからもうすぐ一年かぁ……」
一年。
あっという間だったような、ずいぶんと長かったような。
思えば一年前、私はまだ不死隊のしたっぱだったんだよな。
理不尽に追放されてさまよって、この街に流れ着いて。
一生つきあっていく覚悟だった冷え性を抑え込める温泉に出会った。
そしてアイナと出会って……。
「ネリィ、やっぱり温泉にいたっ」
と、ウワサをすればってヤツかな。
アイナがお風呂にやってきた。
「私といえば温泉でしょ」
「だよねぇ、えへへ」
私のとなりにそっと腰を下ろして、肩までつかる。
アイナと二人きりでの温泉。
グラスポートに流れ着いたあの日から、何度となく繰り返してきた大好きでおだやかな時間。
この先何年、何十年経っても、大好きなままだって言い切れる。
「ネリィといえば温泉、温泉といえばネリィだよぉ」
「アイナも温泉好きだよね。私が入ってるとよく来るし」
なんて、意地悪なこと言ってみる。
ホントは知ってるからね。
私と二人っきりになるために、私のあとを追っかけてきてるって。
「あ、あうぅ……。そ、そうです、温泉大好きですっ。……もう、いぢわる」
「バレた?」
照れてるアイナが見たかったからこその意地悪。
期待通り、かわいい顔を見られて大満足だ。
「で、でもねっ、温泉大好きなのは本当だよぉ?」
「女の子の裸が見られるから?」
「うぅぅぅ……、今日のネリィ意地悪さんだぁ……」
口元までお湯に沈んで、ブクブク泡を出すアイナ。
ちょっと意地悪しすぎたかな。
「ごめんごめん。かわいいアイナが見たくってつい」
「むぅ……。そんなんじゃごまかされませんっ!」
「じゃあどうすれば許してくれる? なんでもしてあげるよ」
このさい、キスでもなんでもどんと来い。
ネリィさん、せいいっぱいのサービスをしちゃいますよ?
「じゃあもう一回アイドルやって」
「勘弁してください……」
それだけは、それだけはダメなんだ……。
あの時はテンションだけで乗り切ったけど、もうダメなんだ……。
「なんでもするって言ったのに……」
「いやもうホント、アレだけはムリ……」
時々フラッシュバックしてベッドの中で頭抱えるし。
二度と、二度とやりたくない……。
「……えへへっ、なーんて冗談っ。ネリィの嫌なこと、無理やりやらせたりしないよっ」
「よ、よかった……」
「それじゃあ改めてお願いっ。……あたしのそばに、これからもずーっといてくれる? 約束してくれたら許してあげるっ」
そんなの、約束するまでもない。
けどこういうのって、言葉や態度で示してあげるべきだよね。
「アイナ……」
温泉の中、アイナとむかいあってまっすぐに瞳を見つめる。
お湯の熱さのせいか、それとも私のせいなのか、アイナのほっぺか赤い。
それでも目を逸らしたりせず、私を見つめ返してくれた。
「私ね、この街に来てアイナと出会えて、これ以上の幸せなんかこの世界のどこにもないって思ってるよ」
「うん……」
「私の居場所はこの街で、この宿で、アイナのとなり。これからずっと、どんなに時が経っても変わらない」
「うん……」
「ずっと一緒にいるよ。アイナ、大好き」
改めて言うの、すっごい恥ずかしいな。
照れ隠しじゃないけど、勢いにまかせてアイナの唇を奪う。
「ん……っ!」
「む……」
しばらくの間唇を重ねて、離した時にはアイナの顔は真っ赤だった。
「……ネリィ、顔真っ赤だよぉ?」
おっと、私もだったか。
「アイナだって。……ね、なんかこういうの久しぶりだね」
「ふぇ? そうかなぁ?」
「はじめはアイナと二人だけだったのに、どんどん宿のメンバーが増えてにぎやかになっていって、それは嬉しいことだけどさ」
「ネリィは静かな方が好きだもんね」
「にぎやかなのも、嫌いじゃないけどね。極めつけは幼女二人。どこからともなくいきなり現れるんだから……」
心臓に悪いって、毎度毎度のあの登場の仕方。
「……ふふっ」
つん。
アイナにほっぺをつっつかれた上に笑われた。
なんだろ、なんか面白いこと言ったかな。
「そんなこと言って、ネリィってば笑ってるよ?」
「え、そうだった……?」
「ホントはみんなのこと、大好きなんだよねっ」
「……否定はしない」
ここにとどまり続ける理由、一番はもちろんアイナだけど、みんなや街のことだって大切だ。
今の私にとって、全部がかけがえのないモノなんだ。
「照れちゃってぇ」
「照れてないし」
つんつんほっぺをつっつくの、やめてもらっていいですか。
さて、そろそろ昼休みも終わるころ。
お昼の入浴をそろそろ終えて、午後の仕事も頑張りますか――。
ドゴォオォォォォォォォッ……ン!!
「わひゃっ!?」
「な、なんだ……!?」
のどかな昼下がりに似つかわしくない爆発音。
音源は――ミスティックダンジョンの方角……?
「……アイナ、ちょっと見てくるね」
「うん、気をつけてっ!」




