9 ネコはどこから来たのか
グラスポートを通る旅人の数は、一日に10人から、多い時で30人。
王都への近道だけあって、廃れていてもそれなりの人数が通る。
ただしそのうちのほとんどが、魔物や山道をものともしない旅慣れた冒険者や行商人たちだ。
彼らは旅に慣れてるから、遅い時間じゃない限り宿に泊まっていってくれない。
でも、お腹の方なら話は別。
飲食店がないこの村に食べ物を出してくれる場所――しかもおいしい食堂が出来たとなれば。
「すごいねぇ。今日のお昼は15人も食べにきてくれたよぉ。しかもぉ、そのうち三組が泊まってくれてっ!」
温泉に入りながら、アイナは上機嫌。
その笑顔が見られるなら、がんばって旅人を呼び込みした甲斐があったってもんだ。
お客さま1日に一組の頃からすれば、夢のようなんだろうな。
「ありがとね、ネリィ! それからもちろんミアちゃんもっ!」
「ふふん、ほめるがいいのだ。この宿の料理長たるこのミアを!」
おなじく温泉につかりつつ、ふんぞり返るネコ娘。
ネコのくせに温泉は平気みたいだが、ネコだけあってなかなか偉そうな態度をとりやがる。
「そしてミアの次にほめるべきは、このアイディアを出したネリィ! おかげでミアは毎日自分の料理を食べてもらえて、幸せなのだ」
「食べてもらえて、幸せなの?」
「そうなのだ。食べてもらうため、それ以外に料理を作る理由があるのだ?」
「そんなんお金とか、有名になるためとか、他にもいろいろ――」
「んん??」
……そういやコイツのこと、まだなんにも知らないな。
まったく異なる価値観を持つ、この野良猫のこと。
「……まずさ、アンタいったいどこの誰? どうして泥棒やってたのさ」
「ミアの故郷はこの大地からはるか南の孤島……。未知なる食材を求め、大海原をこえてはるばるやってきたのだ」
「南の孤島……。あったかそう……」
「ミアちゃんの島にはお金はないの?」
「だからお金とはなんなのだ。物々交換が基本であろう」
なるほどね。
コイツは通貨の概念がない南の果ての秘境からやってきた、と。
「港町から川をさかのぼり、王都とやらにやってきたミアはおどろいたのだ。家や人の多さもさることながら、軒先にズラリと並んだ食材の山! 置いてあるということは持っていってもいいのだろう?」
「いいわけあるか、金払え」
「王都でも同じこと言われたのだ……」
ミアはがっくりと肩を落とし、耳もペタンと寝かせる。
「あれほど大量の食材があるのに誰一人分けてくれず、ミアは飢えに飢え、ネコの姿で食材を奪っていた。しかしある時、店主なる中年の女の逆鱗に触れ……」
「この村に逃げてきて、あたしのごはん盗んでたんだ……」
飢えに飢えてしかたなく、ね……。
こりゃキツく責められないか。
私にも覚えがあるから。
「ネコの姿になってたのは?」
「飢えをしのぐためなのだ。我ら一族はあの姿でいると、力は出せなくなるが消費エネルギーが劇的に減る。必要な食事の量も少なくてすむ」
「大変だったんだねぇ……。よしよし」
アイナがミアのあごの下をなでる。
するとミアは、気持ちよさそうにゴロゴロとのどを鳴らした。
ホントにネコみたいなヤツだな。
「知らなかったなら仕方ないよぉ。これからあたしたちと、こっちのルールについて学んでいこうね?」
「アイナは弱いが優しいのだ! ミアは好ましく思うぞ!」
バシャッ!
「わひゃっ!?」
なんとミアは水しぶきを立てて、アイナにぎゅーっと抱きついた。
遠慮なくグイグイ体まで押しつけて……。
「あわわっ、こんなのだめぇ……! あ、でもこのひかえめな膨らみ……、これはこれで……、うへへ……」
「……はい、離れて」
「な、なにするのだ!」
「あ……」
くっついてる二人を強引に引き離した。
はいそこアイナ、残念そうな顔しない。
どうしてこんなことしたかというと、アレだ。
そう、他に聞きたいことがあったから。
別にアイナが抱きつかれてるのが面白くなかったとか、モヤモヤしたからとかじゃない。
「話は終わってないの。ミアの料理に入ってる、黒いつぶについて教えてほしいんだ」
ミアの料理のおいしさは、もちろん腕前が一級品なことが第一だ。
でも、あの香辛料の存在も大きいはず。
なんにでも合うしおいしいんだ、アレ。
「コショウのことか? 知らないとは言わせないのだ」
「知らないし聞いたことない」
「あたしも、知らないなぁ……」
「なんと!? ミアの故郷にはあふれるほど生えているというのに!」
「生えている……、つまり植物ってことか。そのコショウについて、くわしく聞かせてもらえるかな」
〇〇〇
「くそぉッ!!」
苛立ちを隠そうともせず、ロシュトはカベを殴りつける。
ひかえていたメイドの一人が、ビクリと肩をふるわせた。
「どうしてだ、どうしてこんな……!」
ダンジョンから迷い出た大型の毒蛇、ポイズンヴァイパー6匹の討伐。
任務を受けたロシュト率いる不死隊は現地におもむき、数名の負傷者と一人の犠牲者を出して敗走した。
ボイズンヴァイパーは、熟練の冒険者なら単独でも十分に討伐可能な魔物。
その程度の相手に不死隊が戦死者を出した。
領内にはすでに情報が出回っており、他の貴族や王の耳に入るのも時間の問題。
コンコン。
ひかえめなノックのあと、引きつった表情の副官の男が入室する。
「ロ、ロシュト様……。コンドンブル伯を待たせておられますが……っ」
「すぐ行く! 黙って待ってろ!!」
「は、はいぃっ!」
震えあがる副官をにらみつけ、ロシュトは両手をテーブルに叩きつけた。
「クソっ……! あの小娘のバカげた妄言が真実なわけがねぇ。真実なわけが……!」
認めたくはない。
認めたくはないが、ネリィを追放してからケチが付き始めたのもまた事実。
「……おい、お前」
「は、な、なんでありましょう!」
主の機嫌を損ねたと思ったのか、副官は背筋を伸ばして上ずった声で答える。
が、ロシュトの目的は彼の予想とは大きく異なるものだった。
「ネリィ・ブランケットの行方を捜せ……! 見つけて連れ戻す。いいな……!」
「は、はいっ! ただちに密偵を手配し、行方を探らせますっ!!」