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80  ぬくもりの中で




 脳や心臓が三つある?

 全身粉々に砕かれたら、そんなのまったく意味ないよね。


 バラバラになった邪竜の冷凍生肉が、そこら中にドサドサと落ちてくる。

 前半分だけになった頭が、一番大きな破片かな。


『ぐ、が……っ、あ、あり得……、一瞬、で……』


「びっくり。まだしゃべれるんだ。さすがに再生はできないみたいだけど」


 ま、恨み言しか言えないんじゃ意味ないよね。


『この……、我が……、破滅を、もたら……す、者、である……、この……ッ』


 うっさいな、トドメ刺しとくか。

 最後の力で反撃とかしてこない保証もないし。

 ……あ、そういえば。


「ガルダ、常々言ってたな。『竜の牙』をヤツの脳天に突き立ててやるって」


 だったらトドメを刺すのは私の役目じゃないよね。

 そろそろ三十秒経つ頃だし。


 ブゥン……。


 と、ウワサをすれば。

 空間に穴があいて、プロムとガルダがこっちに戻ってきた。


「ネリィ、無事か!?」


「邪竜は、邪竜はどうなったのじゃ……!」


「こうなった」


 慌てた様子の二人に、転がってる首を指さして教えてあげる。

 変わり果てた邪竜の姿に、二人は開いた口がふさがらないご様子。


「な、なにしたのじゃ、お主……。たったの三十秒ぞ……?」


「ちょっとね。それよりガルダ、アイツまだ生きてるみたいだから――」


 半分に折れた『竜の牙』の切っ先側を拾って、ガルダに差し出す。


「さ、いっつも言ってたアレ。やってやりなよ」


「ネリィ……。あぁ、やってくる」


 アレ、で通じたみたいだね。

 ガルダは相棒の上半分を受け取って、つかつかと邪竜の頭に歩み寄った。

 巨大なその頭部によじ登り、眉間に陣取ると、恨みがましい声が聞こえてくる。


『貴……様……、やめ、ろ……! うぬが……、ごと、き……、弱……者が、我……に……ッ』


「神竜、見てるか? 今約束を果たすからな。って、だいたいネリィのおかげなんだ――がッ!」


『やめ――』


 ドスッ……!


 渾身の力で打ち下ろした切っ先が、深々とめり込んだ。

 それっきり、邪竜の耳ざわりな声は聞こえなくなる。

 これで正真正銘、全部終わりだ。


「……ありがとな、ネリィ。最後までお前の世話になりっぱなしで、正直すっごいカッコ悪いけどさ」


「そんなことない。ガルダが時間を稼いでくれたおかげで倒せたんだから」


「ワシも時間を稼いだのじゃが……」


「もちろんプロムも」


 自分の手柄を申告してくるあたり、どうにも子供っぽいんだよな、プロムって。


「よし、じゃあ帰ろ――」


 あ、あれ……?

 一気に体から暖かさが抜けていく?

 手足の先の感覚がなくなって、やば、これ凍死する……。


「ネリィ!?」


「どうしたのじゃ、ネリィ!?」


 二人の声をどこか遠くに聞きながら、私の意識は深い闇に落ちていって……。



 〇〇〇



 気づけば私の体はぬくもりにつつまれていた。

 全身をあますことなく温めるお湯、そのお湯が浴槽に流れ込む音。

 体を支える、やわらかであたたかな感触。


「……ん」


 最高の心地よさの中で目を開けると……。


「……おはよ、ネリィ」


「アイナ……?」


 そこは見慣れた宿の温泉。

 湯船の中で、私はアイナにもたれかかっていた。


「あれ、私……」


「覚えてない? 全部終わったあと、気絶しちゃったらしいんだぁ」


「……あ。あぁ、そうだったそうだった」


 一気に力を使い果たした結果、あやうく凍死しかけたんだった。

 しっかり温泉につかって全快状態の絶好調だったはずなのに。


「プロムちゃんが大慌てであたしを呼びに来て。ネリィってば、すっごく冷たい体してたのっ。死んじゃったんじゃないかってくらい……」


「……ご心配おかけしました」


 世界まるごと凍らせるムチャしたら、一気に時間切れになるわけね。

 こりゃ自爆技みたいなモンだな。

 現実世界じゃ使えないし、もう永遠に封印しとこう。


「みんな心配してたよぉ。あとでみんなにも謝ろうねっ?」


「はい……」


 と言いつつも、アイナの口調はずっとおだやかでおっとりのまま。

 ぜんっぜん怒ってないというか、むしろ優しくねぎらってくれてる。


「邪竜、ホントにやっつけたんだよね?」


「うん、しっかりやっつけた」


「……そっか。そっかっ! ありがとねっ。おじいちゃんも喜んでると思う」


「だね。きっと喜んでるよ」


 アイナのおじいさんの、グラスポートの、そして多くの人の人生を変えた邪竜。

 もう誰一人として、未来永劫ヤツの犠牲者が出ることはない。


 思えばとんでもないことになっちゃったな。

 小さな村のつぶれかけの宿を、大きくしてただけなのに。


「ネリィ、本当にお疲れ様っ」


 私をやさしく抱きしめて、頭をよしよししてくれるアイナ。

 あったかい温泉の中で、この子にこんなことしてもらえて。

 今までの苦労が全部ふっ飛んでいく最高のごほうびを、たった一人で味わい続ける。


 そんな究極の贅沢に身を預け、私はまた目を閉じた。

 今度は寒い寒い暗闇じゃなく、あったかいまどろみの中へ。




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