78 神竜と邪竜
『はぁ、はぁ、はぁ……っ』
邪竜の猛攻にさらされる中、アタシはなんとか死なずにすんでいた。
肩に乗ってるプロムのおかげだ。
致命傷を喰らう寸前だとか、即死するような範囲攻撃がぶっ放されるたびに、この子がアタシ共々ワープして安全圏まで逃してくれた。
この空間がプロムの作り出した空間だからこそできる芸当だ。
他の場所で戦ってたら、アタシは百回くらい死んでるはず。
ただし体のあちこちが傷だらけ、疲労困憊なんだけどね。
『チョロチョロとよく逃げる……。逃げてばかりでは勝てぬぞ……?』
もちろんわかってるさ。
ここまで一撃も与えられてない上に、当てたとしても絶対にダメージが通らないと言い切れる。
それほどまでにアタシとヤツの実力は違う。
違いすぎる。
『……は、ははっ。コイツとバチバチに戦り合えてたなんて、ネリィってヤツはホントに……』
ホント、大したヤツだよ。
街に被害が及ばない程度の力で、邪竜から街をかばいつつ、あんな戦いをしてのけるだなんて。
「ガルデラよ、このままではジリ貧じゃ。さて、どうする……?」
『そっちに何か策があることを期待したいね』
再び始まった猛攻をかいくぐり、ワープで距離を取りながらの作戦会議。
猛スピードで動き回るアタシの肩の上、プロムは振り落とされないよう必死にしがみつく。
「残念ながら、邪竜を直接どうこうできるほどの仕掛けは無い」
『邪竜をここに置いて、いったん現実世界に戻るってのは?』
「ダメじゃ、ワープホールを作るには相応の時間と集中力が必要じゃでな……! このような鉄火場では……!」
迫りくる火球をワープで避け、
「このように、同一空間の別座標が関の山じゃて……!」
と、実演してみせてくれた。
「それに、邪竜は次元の壁を超え、現実世界にまで追ってくる。そうなれば今度こそグラスポートはおしまいじゃ。ネリィが復活して、エルコルディホに転送されてくる可能性に期待じゃな」
『なるほどね。時間稼ぎに徹しますか……!』
情けないけどそれしかない。
このままねばって――。
『鬼ごっこは終いだ』
バギャアァァァッ!!
『っがあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!!』
「なんじゃと……ッ!」
まるで、ネリィの時間停止みたいだった。
瞬きの間、ほんの一瞬の間に、遠く離れていた邪竜が間合いに入り込み、あまりにも早すぎる尻尾の一撃を叩き込まれた。
今のが、ヤツの本気……?
「ぐはっ、げ、ごほ……っ!」
アタシの巨竜転身が解けて、地面に思いっきり叩きつけられる。
クソ、今ので体が限界みたいだ。
もう少しも動けない……!
プロムもアタシと同じように、少し離れたところでうつ伏せに倒れてうめき声を上げている。
なんとか意識はあるみたいだが……。
そしてアタシの相棒『竜の牙』は、くるくると回って地面に突き刺さった。
『脆かったな。やはり神竜には遠く及ばぬ』
「神竜……。そうだ、神竜。そこにいるんだろ、答えてくれよ……!」
何度か対話を試みた中で、『竜の牙』から確かに声が聞こえたことがあった。
なにを言ってるのかわからない、こっちの声が届いてるかもわからない。
けれど確かに、なにか言葉を発していた。
「答えてくれ、アタシに力を貸してくれ……!」
ズゥゥゥゥ……ン!
アタシたちの目前に邪竜が舞い降りる。
その目は憎しみをこめて『竜の牙』をにらみつけた。
『死したと思えば、このようなものを残していたとは……。貴様の残滓、この世から一片残らず滅してくれる……!』
そうつぶやき、ヤツは人の手のような異形の足の一本を振り上げた。
アタシたちもろとも叩き潰すつもりかよ……!
「やめ、ろ……っ!」
ブオンッ!
「……っ!」
もうダメだ……、すまない、サクヤ……。
観念して強く目をつむる。
しかし、
バチィッ!
『ぐぬぅ……!』
耳に届いたのは電撃が弾けるような音と、邪竜のもらす苦悶の声。
アタシもプロムも、潰されていない……。
視線を上げれば、『竜の牙』を中心に張られた白いバリアがアタシたちを守っていた。
「これは……?」
『この力、お前か……。神竜レガトゥース』
『久しいな、イヴァラング。万の歳月を重ねども、相も変わらずと見える』
直接頭の中に響く声。
誰が喋っているのか、疑う余地もなかった。
「相棒……、やっぱりお前しゃべれるんじゃないか。さんざっぱら人のこと無視しやがって……!」
『すまぬな、ガルデラ。こやつを前にして、ようやく表に出てこられた』
ブォンッ!
バチィ!
『ぬぅぅ……!』
またも足を振り下ろし、バリアに弾かれた邪竜が憎々しげにうめく。
『急くな邪竜。聖なる力を乗せた我が結界は一切の穢れをはじく。が、剣と化した我には、そう長い時間保つことはできぬ』
『忌ま忌ましき清浄なる光……! 一万年の昔にも、コイツには文字通り手を焼かされた……!』
『我とて同じこと。貴様から受けた毒炎は、一万の時を重ねて我が命を断ち切ったぞ』
そうか、神竜が弱ってたのって邪竜の毒を受けてたからだったのか。
一万年もの間、体を毒に蝕まれ続ける。
そりゃ恨みも呪いもするってモンだよな……。
『まこと、奇縁と呼ぶべきか。なぁ邪竜。我がデッドコピーよ』




