77 破滅の光景
心臓をつらぬかれた邪竜が、口から毒炎の残滓をもらしながら落ちていく。
『ネリィ、やったのか!!』
「たぶん、ね」
手ごたえ十分。
読み通り、ヤツの心臓をブチ抜いてやった。
やったと言い切れないのは、敵が邪竜イヴァラングだから、ただその一点だけ。
氷の足場の上から、落下していく竜の巨体を見下ろしていると……。
「……!」
ヤツが目をカッ、と見開いた。
やっぱり、生きてる……!
けど、反撃の矛先は私にむけられなかった。
グラスポートへ、浮遊城へ、五発の火炎弾が立て続けに発射される。
『やらせない!』
街の盾となって、火球を受け止める浮遊城。
風のバリアが一発、二発、三発と防ぎ、四発目で気流が乱れる。
そして五発目で、
ドガアアァァァァァァァッ!!!
バリアが突き破られ、城に直撃。
『あああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!』
エルコの悲鳴とともに、浮遊城が落下していく。
ダメ押しの六発目が発射される寸前。
「やめろぉぉぉぉッ!!」
氷の突撃槍を大量に作って、頭をめがけぶん投げた。
案の定回避されたけど、攻撃を食い止めることには成功。
胸に大穴を開けたまま、ヤツは私と同じ高度に舞い戻った。
『……驚いたぞ。二つの純魔の欠点、よもや見破られようとは』
「こっちもビックリだっつの。なんで心臓ブチ抜かれて生きてんだ」
『我が心の臓は体の各所に三つある。そのうちの一つをつぶされたにすぎん』
なるほど、三分の一。
しかもあとは自分で見つけなさいってか。
クソッタレ、脳天潰しとくんだった。
『もう一つ、後学のため教えておこう。脳も三つだ』
「はいはい、そうですか」
脳天潰してもダメでした、畜生。
「だったらまとめて、全部潰してや――」
ゾクリ。
背筋を寒気が走る。
別に邪竜に気圧されたとか、嫌な予感がしたとかじゃない。
単純に、寒気が走った。
「あ、あれ……?」
体が一気に冷えていく。
寒さで震えが止まらなくなって、足場の氷も維持できない。
どんどん溶けて小さくなっていく。
「これ、まさか……っ」
温泉の効果が、切れた……?
そんな、今朝入ったばっかりなのに。
今までにないくらい氷の魔力を連発しすぎたせいで、制限時間が大幅に短くなったってことなのか……!
〇〇〇
『ネリィ!?』
いったい何が起きた!
足場の氷が溶けて、邪竜の傷を広げてた氷も溶けて、ネリィが真っ逆さまに落ちていく……!
まさか、温泉の効果が切れたってのか……?
『……やはり純魔の力、人の身には余る代物だったようだ』
落下するネリィにめがけ、邪竜が火炎弾を吐き出した。
トドメを刺すつもりか……!
『させるかよ……!』
すぐに火球とネリィの間に割り込み、大きく息を吸って全力の火炎弾で迎え撃つ。
大爆発が巻き起こって、なんとか相殺できた。
その間にネリィは真下に広がる森の中へと消えていく。
『……っはぁ、はぁ、ど、どうだ……っ!』
『息を切らしているな。吐息程度のブレスを相殺して、その疲労。やはり物の数にも入らぬ』
あれで吐息程度ね、バケモノめ……!
『邪魔者は消えた。心置きなく街を、大地を、命を焼き払うとしよう』
『アタシのことなんか眼中にないってか。上等だ……! ダメで元々、最期まであらがって――』
「待つのじゃ、ガルデラ」
シュンッ!
アタシの肩の上にワープしてきたのは、金髪幼女プロメテウス。
今までどこにいたんだ。
いや、それよりも……。
『待つってなんだよ! このままじゃグラスポートが……』
「落ち着け。指をくわえて見ていろなどとは言っておらぬ。逆じゃ、相当無理をしてもらうぞ。いいか……、ごにょごにょ……」
耳元で説明された作戦は、なるほど確かにメチャクチャだ。
普段のアタシならムリだって突っぱねてただろうが、ネリィが戦闘不能になった時点で死ぬ覚悟だった。
どんなムチャでもやってやるさ。
まずは魔力をありったけ絞り出して……。
『……観念したか』
動こうとしないアタシをチラリと見て、邪竜は興味を無くしたようにつぶやく。
そして大きく体をそらし、さっきと同じように息を吸い込んだ。
口の端から漏れ出る紫色の炎。
ネリィがいなくなったのをいいことに、地の純魔の力に変更したのか。
毒炎でグラスポートを死の世界に変えるつもりだ。
『スゥゥゥゥゥゥゥッ……、カアアアァァァァァァァッ!!!』
熱気、悪臭、暴風とともに、禍々しい紫色の炎が吐き出された。
破滅の象徴が一瞬で街を飲み込み、木々を、大地を焼き尽くしていく。
私が思いつく限りの、地獄みたいな光景だ。
暴威が過ぎ去り、あたりに残ったのは荒れ地だけ。
街の名残のガレキがわずかに散らばって、森も野も草一本残っていない。
『……終わった、か。我が使命、完遂せり』
「ソイツはどうかのう?」
『……なに?』
ニヤリと、プロムがアタシの肩の上で口元をゆがめる。
アタシも同じく、してやったりって感じだ。
『へへっ、まだ気づかないのかよ。破滅の竜ってのも案外マヌケだな』
勝ち誇りつつ、さっきからずっと続けていた魔法を解除。
滅びの光景が鏡のように砕け散り、本当の現実、黒い床の上に大量の柱が立ち並ぶ、プロムの世界の風景に切り替わった。
『……貴様ら、なにをした』
「なんてことない手品じゃよ。ワシが丹精こめて作ったこのムービーを――」
プロムが手のひらの上に乗せた小さな映写機を見せる。
空中に映し出されているのは、グラスポートが滅ぼされる映像だ。
『アウロラドレイクの光をあやつる力を使って、迫力の360度大パノラマに仕上げたってわけさ』
「ワシらがワープホールで転送されている間、お主に気づかれないようにのう」
『小癪……。ならばすぐさま貴様らを殺し、この空間を滅ぼし、現実世界に戻るとしよう』
『やれるもんなら、やってみな……!』
「ここはワシの世界、あまり舐めてはケガするぞ?」
〇〇〇
「……う、うぅ……っ」
邪竜とガルダがワープホールに飲まれて消えた。
きっとプロムの世界に行ったんだ。
邪竜との戦いでの、周囲の被害を防ぐために。
「私も、早く行かなきゃ……」
私の考えが正しければ、エルコならプロムの空間に行く手段を持ってるはず。
浮遊城が落ちた場所に行って、あの子が無事なら送ってもらおう。
「……っ、くぅ……! ダメだ、体が……」
立ち上がろうとして、けど体がうまく動かない。
ダメージ関係なく、寒さで動けない。
「くそ……、温泉にさえ入れれば……」
「ネリィ、ここにいたのだ!」
ガサガサっ、と草木をかき分けてミアが走ってきた。
私が落ちてくるところを見たのかな。
「平気なのだ? やられたのか?」
「どこもケガしてないよ……、ただ寒いだけ……。それより街のみんなは……?」
「避難完了なのだ! 大丈夫、大きなケガ人とかはいないぞ!」
「そっか、よかった……。じゃあさ、近くの大温泉に私を運んでくれる……? あと、分身を出して浮遊城へ……。エルコが無事なら呼んできて……」
「うけたまわった!」
うん、いつも通りのいい返事。
分身を出しつつ私を担ぎ上げ、二人のミアはそれぞれ別方向に走り出した。




