76 死角
物質を加速させる炎の力……。
停止させる氷の力である時の凍結が、コイツには通用しない……?
『焦りが顔に出ているな……』
「冗談。数ある手札の一枚がつぶれただけ」
こうなったら時間を止める意味ないね。
援護を受けられないっていうデメリットしかないし。
すぐさま時の流れを解凍すると、
ゴヒュッ!!
轟音を上げながらすっ飛んでいったギガント・アイシクルが、はるかむこうの山の中腹あたりに激突。
先の景色まで見える大穴を開けたあと、崩れる山体の下敷きになって消えていった。
『外れた……!? な、なんだネリィ、何が起きた!』
「コイツ、凍った時間の中を動けるんだ。王国から奪った炎の純魔の力で……!」
『なんだって……!?』
コイツを倒すには、正面きってのガチンコ勝負しかないってわけだ。
ただ、気になることもあって――。
ブオンッ!
「……っ! 考えるヒマもくれないか」
なぎ払われた尻尾を上に飛んで回避しつつ、
「氷獄の終焉!」
ヤツの巨体をまるごと氷の中に閉じ込めるために、邪竜めがけて氷の魔力を放つ。
ところがヤツは巨体に見合わぬ俊敏さで、出現した巨大氷塊を回避しつつ火球を大量に吐き出してきた。
こっちも次々に足場を作って距離を取りつつ、次々と氷塊を作り出す。
けど、何度やってもヤツを氷に閉じ込められない。
正確には、翼や尻尾、腕の一部を巻き込めてはいる。
ただしアイツ、凍らされた部分を力まかせに引きちぎって、その度に体を再生させてるんだ。
『この速度、侮れば死ぬな……』
「へぇ、アンタやっぱり殺せるんだ」
『貴様も同じであろう……?』
「殺せるもんならね」
空中で攻防を続けながら考える。
地の純魔の力を元々持っている、ヤツはそう言っていた。
同時に、炎の純魔を宿しているから時間停止は無意味だとも。
だけど最初のうちはさ、私たしかにヤツの時間を凍らせてたよね。
それに今、アイツは火炎弾での攻撃ばかりで毒炎とか岩とか一切使ってこない。
(……もしかしたら、ヤツの死角ってそこか?)
純魔の力を、二つ同時には使えないとしたら。
地の力を使っている間なら、時間凍結に無防備だとしたら。
邪竜の吐き出す大量の火炎弾が、私のそばをかすめて雲を突き破り、はるか上空で太陽みたいな大爆発を次々に起こす。
敵の上を取るように、街を背にしないように立ち回ってて大正解。
あれだけの攻撃、地上に撃たれたら一巻の終わりだもん。
しかしあの威力で連発も可能だなんて、ホントイカれてるな。
ともかく、なんとかしてヤツに地の力を使わせなきゃ……。
『……飽きた』
「は……?」
とつぜん何言い出すんだ、コイツ。
吐き捨てるようにつぶやいて、邪竜が動きを止めた。
そしてグラスポートの街をギロリとにらむ。
まさかコイツ――。
「待――」
止める間もなく、青い火炎弾が街にめがけて放たれた。
まずい、時間を止めて――。
いや、ダメだ。
加速する魔力が入ってる以上、あの火球にも時間凍結は無意味……!
「っあああぁぁぁぁぁぁ!!」
気合いとともに、ありったけの魔力をこめて火球の軌道上に氷壁を作る。
ソイツが無事に火球を受け止めて、このまま消しきれるか、と思った直後。
ブオンッ!
「うぁっ!!」
『ネリィ!!!』
尻尾のなぎ払いが私の体を打ちすえた。
もちろんそれだけじゃ戦闘不能にはならないけど、氷壁を解除するには十分な一撃。
氷のカベが消失して、火球が街へと一直線に――。
『させない。もう何も焼かせない』
聞こえたのはプロムの声。
射線上に飛びこんだ浮遊城が、周囲に乱気流をまとっている。
複雑な気流のバリアの前に、火球はほどかれた毛糸玉のように四散した。
『……かつての文明の遺産、か』
『邪竜。私はずっと、その暴虐を見ているだけだった。だが、今は違う! ネリィ・ブランケット、私も共に戦う!』
「エルコ……」
あの子の決意を聞いて、ちょっと胸が熱くなる。
ちなみに私はドラゴンガルダの腕の中。
吹き飛ばされた体をキャッチしてくれた。
『ネリィ、平気か?』
「誰に聞いてんの。初めてのダメージ、だけど微ダメージだから問題なし」
ちょっと痛いって程度かな。
それよりも邪竜の火球を打ち消した、あの風のバリアって……。
『……炎の純魔に匹敵する気象操作装置といったところか』
「肯定。火炎弾は無意味」
『……愚かなり。ならばその風、毒の炎に巻いてやろう。火炎は消せても毒は消せまい』
毒炎……!?
たしか毒炎は地の純魔由来の攻撃……!
グラスポートの盾となった浮遊城に毒炎を吐きかけるため、邪竜が大きく息を吸い込む。
このタイミングだ……!
「時の凍結!」
ピキィィィ……ン!
全ての時間が凍り付く。
世界中の誰の時間も、邪竜の時間もなにもかも。
「……思ったとおり、だったね」
地の純魔を表に出してる状態じゃ、炎の加速を使えない。
時間停止に無力になる。
さて、このままさっきと同じく氷山攻撃をしても、寸前で避けられる可能性大。
何かを飛ばすと、私の体を離れてからしばらくして動きを止めてしまう。
だったら、魔導師のポリシーに反するけど……。
「大氷槍!」
氷の魔力で超巨大な突撃槍を作り出す。
先端が回転して貫通力大幅アップのシロモノだ。
コイツをかまえて、私は邪竜の心臓目がけて飛び出した。
全力の脚力で背中から飛びこみ、巨体に突きを食らわせる。
回転で肉がえぐれ、そのまま体内に大穴を開通させながら突き進む。
ちょっと気持ち悪いけど。
さらに再生対策のため、傷口トンネルを氷でまるごとふさいでおく。
止血みたいになっちゃうけど、心臓潰せば関係ないよね。
「ーーーーーーーっらぁ!!!」
ズドォォッ!!
胸の中心から飛び出すと同時、時間停止を解除。
次の瞬間、
『ギアアァァァァァァァァァッ!!!』
グラスポートの上空に邪竜の絶叫がとどろいた。




