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74 邪竜襲来




 今日はネリィとアイナが王城へ行く日。

 王族に頼みごとをする以上は、街長と元貴族という立場のアイツらが行かなきゃいけないわけだ。

 ネリィ不在になるわけだが、邪竜の降臨はまだ猶予があるはずだし、まぁ大丈夫だろ。


 地下空間の建築は順調そのもの。

 しっかりとした階段と換気のための穴をいくつかと、地盤を固めて崩落をふせぐための骨組み、それから雷の魔石を使った照明の取り付けが終わった状況だ。

 この分なら避難所として、最低限機能するはず。


 ちなみにアタシは今、街の見回りがてら、いつもならネリィがこなすお使いをしてる最中さ。

 念のためにメイド服じゃなく、鎧姿に『竜の牙』を背負っているが、まぁ念のためだ。


「お姉さま、お姉さまっ。ちょっと雑貨屋さんによっていきませんか?」


 あとなぜかサクヤ、しかも分身じゃなくて本体がいっしょだけどね。

 まぁいいさ、人手なら足りてるし、何よりかわいいし。


「見たいものでもあるのかい?」


「その……、お姉さまに髪飾りを選んでほしくって……。もっとお姉さま好みのかわいい女の子になりたいんです……」


「サクヤはもう十分以上にかわいらしいよ?」


「あぅ、嬉しいです……。けれど、もっともっとお姉さまに好かれたいから……」


「……やっぱりダメだ」


「えっ……?」


 動揺に揺れるサクヤの瞳。

 やわらかな頬をかるくさすりつつ、その瞳の奥を見つめながらアタシは告げる。


「これ以上かわいらしくなったら、アタシが何も手につかなくなっちまう。四六時中サクヤのことばかり考えるようになっちまう。それじゃあアタシが困っちまうさ」


「お、お姉さまぁ……」


「観測。バカップルなる状態と判断」


「お、エルコじゃないか」


 淡々と読み上げるような声に目をむけると、エルコがこっちをじっと見ていた。

 しかしバカップルねぇ、見た感じそんなの見当たらないが一体どこにいたんだ。


「浮遊城にいなくていいのか? 暗雲の状態を分析だか監視だかしてるんだろ?」


「問題ない、観測機器は現在も稼働中。中枢部に常時ワープも可能。さらに言えば、暗雲に異常が発生した場合すぐに通知が届く」


「へぇ、便利なモンだな。で、今日は珍しく散歩かね」


「この街を見て回りたかった。ネリィ・ブランケットが私の要請を頑として拒否した理由を確かめたかった」


「なるほどね。で、わかったかい?」


「……回った甲斐はあった」


 辺りを見回したあと、エルコは柔らかく笑った。


「守るに値する街、私はそう感じる」


「じゃあアタシらと同じだな」


「いい街ですよね、ここ。私のいた里なんかよりも、ずっと……」


 サクヤ、故郷でいろいろとあったらしいからな。

 この街の、宿の居心地は、きっとこの子にとって生まれて初めて安らぐものなんだろう。


「なんとしても、邪竜の手から守らないとな」


「はいっ! 竜でもなんでもかかってござれですよ!」


「私も可能な限りの援護をしよう。まずは竜襲来の防備のため、地下都市の完成を――」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……!


「な、なんだ……!?」


 突如として鳴り響く重低音に、空気がビリビリと震えだした。

 まるでこの街、山、自然、それら全てが強大ななにかに怯えているかのようだった。


 音源はグラスポート山頂。

 黒雲の渦の中に不気味な稲光が走り、雷鳴が鼓膜を揺らす。


「まさか……、エルコ!」


「……そのまさか。浮遊城の観測計が莫大なエネルギーを感知。ヤツが……、来る」


 大粒の汗を頬に伝わせながら、エルコがつぶやいた直後。

 黒雲の中心から黒く巨大な何かが飛び出した。


 推定で数百メートルあろうかというソイツは、山の斜面にそって信じられない速度で飛行。

 グラスポート上空にさしかかった次の瞬間、ピタリと、空中に静止した。


「あ、あ……っ」


 ぺたん。

 サクヤがガチガチと歯を鳴らしながら、腰を抜かしてその場に座り込む。


 アタシだって、ゲロを吐きそうなほどのプレッシャーにさらされて泣きたくなった。

 この場から今すぐ逃げ出したくなった。

 それでもアタシは生まれて初めて味わう絶対的な恐怖を前に、なんとか両の足で大地を踏みしめ『竜の牙』を抜く。


「エルコ、コイツで間違いないんだな?」


 声の震えをおさえつつ、アタシは最終確認をとった。

 数ある竜を見続けてきたアタシですら、この異形を竜だと断言できなかったからだ。

 前に見せられた不鮮明な映像ではわからなかった、このあまりに異様な黒い怪物を。


 ツノも耳も鼻もない、つるりとした頭部。

 血のように赤い眼光、殺傷だけを目的としたようなギザギザの牙。

 ぬめりを帯びたつるつるの胴体から、人間の手にそっくりの器官が右に二つ、左に三つ付いている。

 背中には大きさがバラバラな翼が三対、合計六つ。

 だらりと垂れ下がった長い尻尾からは、ポタポタと黒い液がしたたり落ちていた。


「……邪竜イヴァラングである確率、100%。かつて先史文明を破壊したものと同一個体と断定」


「そうかい……。そりゃまいったね……」


 ネリィ不在の中、こんなバケモノ相手にアタシだけでどこまでやれるか。

 そもそも勝負になるのか。


(へっ、笑っちまうね。この牙を邪竜の眉間に突き立ててやるなんて、いっつも息まいてたくせにさ)


 邪竜は大きく体をのけぞらせ、息を深く吸い込む。

 ぞっとするほど膨大なエネルギーが、ヤツの体内に集まっていくのを感じた。


(どうする……、どうする……っ。……いや、迷う余地なんざないだろ、ガルデラ・ドルファング!)


 このまま何もしなければ、三秒後にはグラスポートが消滅する。

 だったらやることは一つだろ!

 恐怖を振り払い、巨竜転身ドラゴライズを発動――しようとしたその時。


『ギャ……ッ!』


 短い悲鳴を上げて、イヴァラングの巨体が大きく吹き飛ばされた。

 まるで巨大な氷山が砕け散ったような、大量の氷のカケラをまき散らしながら。


「……ハハッ。お早いお帰りじゃないか、街長さん」


「急いで帰ってきたからね。走破タイム0秒」


 いつの間にか隣にいた、春先に似つかわしくない厚着の少女。

 コイツが来たとわかったとたん、今までの恐怖とかがウソみたいに飛んでいく。


「よっしゃ、いっちょ暴れてやろうか!」


「本気でいくから。ガルダの出番なかったらゴメンね」




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