71 私たち二人で穴を掘る
街に残って邪竜イヴァラングと戦う、そう決めた。
決めたからには街の人たちを誰一人として死なせない、けど気持ちだけじゃ守り切れる保証なんてどこにもない。
邪竜襲来は、その数週間前から予兆が現れるらしい。
いつ起きてもおかしくない、でも今はまだ起きていない。
時間に余裕があるなら、保険を用意しておこう。
「というわけで、こんな計画をぶち上げてみました」
「地下都市計画……?」
みんなに配った紙、そこに書かれた計画に、まずアイナが目を丸くする。
「そう、地下都市。地面の奥深くに巨大な空間を作って、地下に街を作るんだ。新しい観光の目玉になるし、これ以上森を伐採しなくても街を広げられる。そしてなにより……邪竜との戦いが始まった時、街の人たちをそこへ避難させられる」
この計画の最大の目的がコレ。
街の人たちを避難させるとしても、全員を他の街に大移動させるのは現実的じゃない……というかたぶん不可能だ。
地下に避難所を作るのが一番いいと思う。
「どうだろう、この案。かなり大規模な計画だし、街長の仕事の域を超えてるって我ながら思ってんだけど……」
「…………」
「……」
「……ど、どうしたのさ。みんなして黙りこくって、不安になってくるじゃん」
「ふ、ふふっ、あはははははっ!」
って、今度はガルダが笑い出すし。
それにつられてみんなまで笑顔になったり。
私ひとりだけポカンと棒立ち。
「いや、悪い悪い。らしくなってきたと思ってさ」
「うむ、とってもネリィらしいのだ。ミアには思いもよらないアイデアを出して、みんなを驚かせてくれる。おかげで退屈しないのである」
「私たち、ホントはちょっと心配してたんですよ? どうやら取りこし苦労みたいでしたね」
「なんだ、そういうことか……」
突拍子もなさ過ぎて、思わず笑っちゃったのかと思ったよ。
「でもネリィ、ちょっと規模が大きいから、いったん王様に承認もらわないとねっ」
「そうだね。邪竜襲来の前兆は明日にでも現れるかもしれない。許可が取れたらすぐに取りかかろう」
〇〇〇
地下都市計画は、急ピッチで進める必要がある。
街の自立とかお金のめぐりとか、今回ばかりは言ってられない。
というわけで、私とガルダの二人がかりで地面をどんどん掘り進めていく。
岩盤をパンチでブチ抜いて、巨大な氷に土を乗せて地上まで飛ばす作業を繰り返して。
掘り出した土は遠くに運び出してもらってるけど、最終的に山が出来そうな予感。
時間を止めて一気にやると、土を運び出してもらえなくなるからね。
掘るだけじゃ成り立たないのよ。
「ネリィ、ちょっと根詰めすぎてないか? 今日はここまでにしておこう」
「まだまだ余裕なんだけど……。ま、いいか。お疲れさま」
今のトコ地下300メートルってとこかな。
1日の作業としては上出来か。
二人で穴から出ていくと、空はもう茜色。
地下にいると時間の感覚なくなっちゃうな。
「いつ竜が来るかわからない。できるだけ早く完成させたいよね」
「同意だが、あせっても仕方ない。ひとまず温泉でも入ってゆっくり休んで来いよ」
「そうする。……ガルダは来ないの?」
「ちょっとな。相棒と話をしてみるつもりだ」
「話……? 相棒って『竜の牙』のことだよね。アレ、話せるの?」
「今まで一度も話したことはない。けど、なんとなく声が聞こえてくる時があるんだよ。ほとんどはとりとめのない咆哮なんだがな。邪竜の情報だって全然教えてくれないし、神竜の意思が残ってるか怪しいモンだが」
「へぇ……」
初めて会った時からただの剣じゃないとは思ってたけど、まさか意思みたいなものまで持ってたとは。
話を聞く限り望み薄だけど、もしも神竜と話せたら邪竜討伐の大きな助けになるはず。
ぜひとも対話、頑張ってもらいたいもんだ。
宿に戻った私は、従業員用のプライベート温泉へ。
お客が増えた結果、普通の温泉に長時間入っていたら迷惑になるってことで最近作ってもらった。
普通の温泉ひとつだけがある、初期状態を思わせるシンプルな癒しの空間だ。
入ってくるのは宿のみんなだけ。
今は私しかいないはずの、貸し切り贅沢露天風呂――のはずなのに。
「……なんでアンタらがいるの」
「気にするでない。身内のようなものじゃろう」
「温泉。興味深い。成分の調査を希望する」
金銀幼女揃い踏み。
我が物顔で入ってるの、どうかと思うよ。
別にいいけどさ。
「シェルター開発、進んだかの?」
「まだ縦穴だけ。どのくらい掘れば邪竜の攻撃から守れるかな」
「500くらいじゃろうか。エルコルディホ、お主の意見は?」
「万全を期すならば深度700。ブレスによる毒成分の地表への染みこみを考慮に入れ、この数字を提案」
「だそうじゃ」
「700かぁ……。はぁ、がんばろ」
温泉を掬い取ってバチャバチャと顔を洗う。
今日一日で300だからなぁ、穴掘るだけでだいたい三日か……。
「土を運び出す手間がかかるんだよなぁ……。いっそ消滅させられないか……」
「ワシがデータ空間に転送して、別の場所に送信するのはどうじゃろうか」
「要検討。浮遊城エピプレーオンによる支援も考慮」
「二人とも手伝ってくれるんだ。ありがと」
「当然じゃろ。この宿が無くなるなどゴメンじゃからな」
プロム、すっかり居着いちゃってるからなぁ。
一部のお客さんから突如として現れる少女の幽霊の目撃情報が出てるけど、手伝ってくれるのなら目をつむっておいてやるか。




