70 感情のままに
浮遊城に招待された私たちは、空飛ぶ城の真下までやってきた。
エルコに続いて転送魔法陣の上で立ち止まると、次の瞬間景色がまるっと切り変わる。
時間止めて場所移動させられた人って、こんな感じなんだろうな。
ワープした城の中はオーソドックスなレンガ造り。
ただひとつ異質な点は、プロムのトコと同じ緑のラインが壁や天井を走ってること。
そのまま案内されてたどり着いた、なんだか見覚えのある大きな部屋の中。
カベにマドみたいな――プロムはモニターって言ってたっけ、ソレがたくさんついていて、どこかの風景が映し出されてる。
「ここは……?」
「観測室。衛星軌道上の端末を通して、各地の映像を観測可能」
「え、えいせいきどう……?」
なんかもうよくわからん単語が出てきた。
まぁいいや、置いとこう。
「そして過去に観測した映像の閲覧も可能。先史文明のデータは抹消済。しかし、五十年前における襲来時のデータは生きている。これより映像を見せる」
「ボクスルート地方が、焼かれた日……」
アイナがそでをギュッとにぎりながら、小さくつぶやく。
思うところあるんだろうな。
生まれる前だけど、自分の人生を大きく変えた出来事だもん。
「アイナ、辛いなら――」
「ううん、見るよ。見なきゃいけない気がする」
「そっか」
芯は強いんだよね、この子。
長い間つぶれそうな宿を一人で支えただけある。
そんな私たちのやり取りはどこ吹く風で、モニター前のイスにすわって淡々と準備をしていくエルコ。
やがて――。
「準備完了。これより再生する」
その言葉と、カチっ、とボタンを押す音を合図に、モニターに映像が映し出された。
黒く染まった空、炎上する街と城。
その上空に浮かぶ、巨大な翼を四つ生やした竜のようなナニカの背中。
王城のテラスに置かれた黒い砲台みたいなものから、ソイツに目がけて巨大な火炎弾が発射される。
竜の全長よりも巨大な火炎弾だ。
ところが、火炎弾は着弾直前で消失。
次の瞬間、映像は閃光につつまれて真っ白になり、視界が晴れた時。
そこには、燃え盛る荒れ地とガレキの山だけが残されていた。
「な、なんだ、今の……」
ガルダの頬から大粒の汗が伝う。
ミアもサクヤも、言葉を失っている。
「以上、邪竜イヴァラングの戦闘記録。不鮮明な部分も多いが、その脅威は伝わったはず」
「……あの、エルコ。邪竜を砲撃してた大砲、アレはなに?」
「炎の純魔晶石を用いた兵器。単純な攻撃力だけならば、ネリィ・ブランケットと同等の力を持っていると考えられる」
そうか、アレがお披露目予定だったっていう『凄いモノ』か。
アレを完成させてしまったがために、邪竜は降臨した。
「邪竜の脅威が理解できただろうか。であれば即刻退去を――」
「出ていかないよ」
さっきまでの私なら、きっと出ていく選択をしたと思う。
でも、街のみんなと宿の仲間たちが教えてくれた。
「不可解。説明を要求する」
「……もしも私がいなくなったら、この街の人たちは安心して暮らせなくなる。どうやら私、悪党避けの抑止力になっちゃってるみたいなんだ」
「抑止力……? あ、そっか、もしかしてあの兵器も――」
何かに納得いったみたいにアイナがうなずいた。
あの子の中でも、なにか答えが出たのかな。
私も私の答えを叩きつけてやろう。
「それに、私自身も逃げたくない。ミアに認められる強者でありたいし、ガルダのお願いを叶えるおせっかいでありたい。頼れる街長さんで居続けたい。……なにより、アイナを悲しませたくない」
「……その結果、グラスポートがかつての王都のように、灰燼と化そうとも?」
「そんなことにはならないよ。私がアレを倒すから」
「……っ! どうしてそう言い切れる!! 提示したはず! グラスポートが滅びる可能性は100%だと!」
瞳の端に涙を浮かべて、エルコが叫んだ。
どうしてわかってくれないの。
そう言いたげに、何度も頭を左右に振りながら。
「これまで観測したネリィ・ブランケットの戦闘データを用い、何万、何億とシミュレートした確たる結果! なのに、なぜ――」
「私のデータなんて集めてたんだ。……けどさ、そんなシミュレーションに意味なんてないよ」
「否! 私の演算能力を用いれば、限りなく現実に近づけられる!」
「エルコの能力を否定してるんじゃない。私の戦闘データが無意味って、そういう意味」
涙をにじませたエルコの頭をポン、となでてから、私は答える。
「だって私、これまで一度も本気の本気を出してないんだもん」
そう、恥ずかしながら本気で戦い合える相手が今までいなかった。
ベヒモスに試した本気は、魔力を形にせずにそのまま全力でぶつけてみるというもの。
そのあとの戦いも大体手加減してたり、そもそも戦いにすらならなかったり。
「私の本気、私ですら知らないんだ。ネリィ・ブランケットの全力は確率じゃ測れないよ」
「その、ような……っ」
「エルコさ、きっと何千年……何万年も、世界が滅びる記憶を持って生き続けてきたんだよね? ……つらかったね」
「辛いなど……。私は感情に流されない。そこの旧式とは違う……」
「違わないじゃろ。つか旧式言うな」
プロムがジト目で、エルコのおでこをピンと弾く。
ただ怒ってるわけじゃなくて、妹を見守るような優しい感じで。
「お主にも感情、ちゃんと組み込まれておるではないか。あるいは長い年月の間に芽生えたのか。……のう、感情があるのなら、押し殺さずに感情に従ってみぬか?」
「感情、に……?」
「心の声のまま、望むことをこやつにぶつけてやれ。心がスッと軽くなるぞ?」
戸惑いを隠せない様子で、エルコの視線が左右にさまよう。
やがてその目は私をまっすぐに見据えて。
「……ネリィ・ブランケット。邪竜イヴァラングを、倒して……! もう、邪竜が全てを壊すところを、見たくない……っ!」
「……了解。頼まれたならやらないわけにはいかないね。サクヤいわく、おせっかいさんみたいだし」
ぽんぽん。
軽く頭をなでてあげると、エルコの瞳から大粒の涙があふれ出す。
それと同時に、
「……ありがとう」
初めて、この子はニコリと笑った。




