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69 不可欠な存在




 冒険者たちがダンジョンからの戦利品を見せ合って笑い合う。

 アイナの巨大温泉に行ってきた家族連れが幸せそうに連れだって歩いていく。


 グラスポートの街、とってもいいところだと思う。

 こんなににぎわってて平和な街、いろんなところ見てきたけど他に知らないよ。


 私、この街が大好きだ。

 あったかい温泉においしいご飯。

 ミアにガルダ、サクヤ、宿でいっしょに働く仲間たち。

 そして、誰より大切なアイナ。

 大好きなものが、ここにはたくさんあるんだ。


 ずっとここにいたい。

 ……でも、私がいることで、全部壊れてしまうかもしれない。


「私さえ出ていけば、この平和はずっと続く……」


 ここにいたいってワガママのせいで、この街の全てがこれ以上ない危険にさらされる。

 だけど私が出ていけば、邪竜が襲ってくることはないんだよね……。


「……あ、牧場だ」


 ぐるぐるぐるぐる、頭の中で考えてる間に、いつの間にか牧場の前まで来てしまっていた。

 そうだ、まずはタマゴのお使いをきっちり済ませよう。

 タマゴもらって、宿に帰って、結論を出すのはそれからだ。


「ルミさん、いる?」


「はぁい、今日は遅かったねぇ」


「ちょっとね、来客とかいろいろあって……」


「あー、もしかして空飛ぶお城?」


「ルミさんも見たんだ、アレ」


 そりゃそうか、あんだけデカい意味不明な物体が飛んでたら普通は大騒ぎに――大騒ぎに……?


「……あれ?」


 大騒ぎに、なってないな。

 この街、いたって普通に平和だ。


 城が出てきて数時間経ったってのもあるだろうし、森の方に着陸してずっと大人しくしてるからってのもあるだろうけど。

 この落ち着き具合、普通すぎて逆におかしい。


「……あの、ルミさんもだけど街の人たちも、あんな意味不明な物体が飛んできたのにどうしてそんな落ち着いてるの?」


「そりゃぁなぁ。みんな最初はビックリしたろうけど、なんにもしてきやせんし。何よりこの街にはネリィちゃんがおってくれるから」


「……!」


「ネリィちゃんがいれば、どんなことが起きても安心だってみーんな思っとる。だからこの街は平和なんよ」


 私がいるから……。


「知っとる? この街の犯罪率、世界中でも最低レベル。置き引きすら発生しとらへんの」


「……うん、知ってる」


 私が来てから、知る限り犯罪の発生は一度だけ。

 ロシュトの起こした人さらい事件ただ一回。

 ……野良猫の食い物泥棒をのぞけば。


「ここからでも見える、アウロラドレイクのお肉氷山。アレが人間一人の力で作られたって耳にした悪党はみーんな震えあがって、だーれもこの街に近づかんの」


 生肉保存のために作って、なぜか観光名所になったアレ、そんな効果を発揮してたんだ……。


「みんなが安心して暮らせるの、ぜーんぶネリィちゃんのおかげ。だから住民を代表して……ってのはちっと図々しいけど。街長さん、ずーっとこの街見守っててな?」


 …………。


「……あ、ごめん! お話に夢中でタマゴ忘れとった! すぐ取ってくるで、待っとってなー」


 はっとして、あわてて倉庫の方へ駆けていくルミさん。

 あわただしいその背中を見送りつつ、心の中は感謝でいっぱいだった。


 ありがとう、ルミさん。

 それからありがとう、グラスポート。



 〇〇〇



「ただいま、アイナ」


「ネリィ……っ!」


 ミーティングルームに入ると、みんなの不安そうな視線が突き刺さる。

 心配、かけちゃったかな。


「ミア、タマゴ追加の50個入り木箱、キッチンの分身に渡しといたから」


「う、うむ……。それは良いのだが……」


「だ、大丈夫ですよね、ネリィさん。まさか出ていくなんて言い出すんじゃないですよね?」


「……正直、どうしようかなって思ってる」


 さっきまでの私なら、出ていくことを選択してた。

 だけど今は、街のみんなの気持ちを知ってしまったから。

 このまま私が何もせずに出ていくことが、本当に街のためになるのかな。


「邪竜と戦って、本当にみんなを守れる保証はない。私がいることで、全てが壊れてしまうかもしれない。でも、このまま私が出ていっても街のためにならないってわかった。ねぇ、どうするのが正解なのかな……。私、どうしたら――」


「らしくないのだ、ネリィ!」


 バン!


 テーブルをたたいて立ち上がったのはミア。

 怒ったような悲しいような表情で、私にぐいっと詰め寄る。


「ネリィは最強なのだ、ミアが格上だと認めた唯一の相手なのだ! ミアより強いネリィより、まだ上なんて存在しないのだ! 最強のネリィが戦わなくて、逃げ出すなんてらしくないのだっ!!」


「ミア……」


 傍若無人な野良猫みたいなミアに、ここまで慕われてたなんて。

 ……ちょっと、嬉しいな。


「……そうだぞ、ネリィ。逃げは無しだ。というか、アタシが絶対逃がさない」


 ミアを押しのけ今度はガルダが詰め寄ってきた。

 片手でどけられたミアは、よろけてプロムのひざの上。


「長年探した邪竜の尻尾、ようやく、ようやくつかんだんだ。ヤツの眉間に『竜の牙』を突き立てる、アタシの悲願、忘れたとは言わせないよ」


「ガルダ……」


「そうですよ、私の悲願を手伝ってくれた超おせっかいさん。まさか私を手伝えて、お姉さまのお手伝いはできないだなんて……おっしゃりませんよねぇ?」


「サ、サクヤ……」


 前半部分は笑ってたのに。

 ちょっと顔怖いって……。


「ネリィ……っ」


 ぎゅっ、と、アイナが私の両手をにぎる。

 私の大切な女の子は、今にも泣きだしそうな、すがるような目でじっと見つめてきた。


「あたし、嫌だよ……。この街を出ていって、ネリィが一人で寒い思いして、寂しい思いして……。ネリィと離れ離れになるなんて、そんなの嫌だよぉ……」


「アイナ……」


 ……そうだ、何やってんだ私。

 アイナにこんな悲しそうな顔させて、なにがみんなのために、だ。


「……うん、決めた。決めたよ。みんな、ありがとう」


 腹は決まった。

 アイナの頭をなでてから、私はこっちをじっと見ていたエルコの赤い瞳を見つめ返す。

 もう迷わない、私は――。


「エルコ、私は出ていかない。邪竜が来るなら倒してやる。一人の犠牲も出させない」


「……不可解。理解不能。そのようなこと、到底不可能っ!」


 人形みたいだったエルコの顔が、声が、感情をあらわにした。

 語気を荒げる、これまでからは考えられない様子にプロムが目を丸くする。

 銀髪の少女は、しかしすぐに感情を抑えこんで、抑揚よくようのない声でこう告げた。


「……あなたたちを浮遊城エピプレーオンへ招待する。そこで見るといい。かつて猛威をふるった邪竜の姿を」




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