64 二人だけの完成披露
宿の仕事を終えた夜、新温泉完成の報告を受けた私。
アイナに案内されて、宿の裏手の森の中を進む。
「宿からかなり離れてるけど、ホントに新温泉こっちなの?」
「こっちだよぉ。安心してついてきてっ」
安心して、か。
そこまで言うなら大人しくついて行こう。
「えへへっ、完成したところ、ネリィに一番に見せたかったんだぁ。ミアちゃんでもガルデラさんでもサクヤちゃんでもなくて、ネリィにっ」
「んん……、その、ありがと……」
そんなまっすぐに、まばゆい笑顔でそんなこと言われると照れるな……。
「と言っても、工事の人たちはもちろん知ってるんだけどねぇ」
「そりゃしゃあない」
それにしても、森の中じゃないといけない理由があるんだろうか。
とびっきりの新温泉、いったいどんななんだ……?
「あ、すとっぷ! ネリィには、ここから目隠ししてもらいますっ」
「え、えぇっ……?」
アイナが私の後ろにまわって、両手で目をおさえる。
なんにも見えなくなって、感じるのはアイナの手のぬくもりと、硫黄の臭いにまじったアイナの甘い香り。
あと、背中に押しつけられたほんのり膨らんだ柔らかいもの。
アレだな、視覚をさえぎられると他の感覚がするどくなるってヤツ。
「さぁさ、行きましょう」
「う、うん……」
水が流れる音もするし、新温泉はすぐそこみたい。
少しだけ歩くと、肌に感じる風と湿気がひときわ強くなった。
「はい、止まってねぇ。このままじゃ、ざぶーんってしちゃうから」
「あ、そんなギリギリ?」
言われてすぐに足を止める。
服を着たままざぶーんっしたくないし。
「まだ目をつむっててねぇ。いいって言うまでだよっ」
念を押されたあと、顔から手が放された。
とたたっ、とアイナの足音がして、私の前に回り込む気配。
こんなとこで走ったりして、アイナこそざぶーんっしないでよ……?
「……はいっ、目を開けてっ」
お許しが出たのでようやく開眼。
すると――。
「むふー、どうでしょうかこの新温泉!」
自信満々、胸を張ってドヤるアイナ。
目の前に広がる光景は、たしかにドヤるに足るものだった。
森の中に開けた一角、その一面に広がる、池か湖のような広さの温泉。
山の斜面を利用したお湯が流れるスライダーや、曲がりくねった川みたいな水路まである。
これまで見たこともないような温泉だ。
「……すごい、すごいよコレ。アイナが一人で考えたの?」
「えへへ……、ネリィってばいっつも斬新なこと考えるから、あたしも頑張って頭をひねってみましたっ! 構想三か月、だよっ」
いや、ホント大したモンだ。
今すぐにでも入りたいんだけど、あたりを見回してみても肝心なものが見当たらない。
「……脱衣所は?」
「ここ、水着で入ることになってるんだぁ。こんなにおっきいの、男湯と女湯に分けられないでしょ?」
「おぉ、なるほど」
宿で水着に着替えてもらってから、ここまで遊びに来るわけね。
海水浴や水遊びとちがって、温泉だから夏じゃなくても泳いで楽しめる。
こりゃ、宿の目玉としてたくさん人呼べるかも。
「ちなみに、服飾屋さんと相談して水着を仕入れてもらってます。水着を持ってないお客さんも安心だよっ」
あら、しっかりしていらっしゃる。
「……でもね、今はまだオープン前で誰も来ない。だから――」
「えっ……?」
しゅる……っ。
アイナが服を脱ぎはじめた。
月明りに照らされる白い素肌に、思わず視線がくぎ付けになってしまう。
「あたしたちの貸し切りっ。ね、今からいっしょに楽しもうよっ」
「……うん、そうだね!」
いかんいかん、変なこと考えるな。
私も服を邪念といっしょにパパっと脱ぎ捨てて、二人でいっしょに入湯。
あぁ、いつものお風呂と変わらずあったかい……。
「はふぅ」
「ネリィ、気持ちよさそうにしてるとこ悪いけど、こっち来て」
「んぇ?」
アイナがおいでおいでしてくるので、広い温泉の中をついていってみる。
やってきたのは曲がりくねった川、っていうか水路みたいになってるところ。
「ここね、あちこちに風の魔石が仕込んであって、ゆるやかな水流を作ってあるんだぁ。ぷかぷか浮かんでると流されていって、きっと気持ちいいよぉ」
「流れる温泉か……。うん、試してみよう」
水路に入ってみると、うん、たしかに流れがあるな。
力を抜いて体を浮かせて、ぷーかぷか。
「……おぉ」
流れていく。
私の体があったかい流れに乗って流れていく。
移りゆく景色と星空、これはいい……。
のんびり流されながら、大温泉へ流れ込む水路の終点へ。
広い温泉に帰ってきて、またぷかぷか。
あったかい……。
「ネリィ、次はこっちだよぉ」
「えぅ」
アイナに手を引かれる私は、あったかさとリラックス効果でもうふにゃふにゃです。
連れてこられたのは山肌を利用したスライダー。
つるつるにみがかれた石の斜面を、お湯がものすごい勢いで流れていっている……。
「……これ、源泉?」
「うんっ。いくつかあるうちの一つ、吹き出し口を利用させてもらってますっ。……氷の魔石をちょっとだけ仕込んで、ちょうどいい温度にしてあるから、火傷の心配はいらないよぉ」
だよね、よかった。
すべろうとして大やけど、そんなことになったら即閉鎖だもん。
「さぁネリィ、すべってみて! ……と、その前にまずあたしが見本を見せるよぉ!」
「あ、ちょっと待って……!」
どんくさいのに張り切ったアイナが、私の手をにぎったままスライダーへジャンプ。
当然私も引っ張られて……。
「ぴゃ、うぴゃあぁぁぁぁぁ!!!」
「あーあ……」
いっしょにスライダーをすべっていく。
時間を止めれば助けられるけど、あぶないすべり方じゃないからいいや。
「ネリィごめ」
ざぶーんっ!!
「ぶくぶくぶく……、ぷはっ!」
「……っふう。なかなか楽しいね、これ。もう一回やる?」
「もうっ! 想定した楽しみ方じゃありませんっ! ……でも、楽しかったならよかったっ」




