62 春が来てえらいことになった
冬なんて嫌いだ。
道づくりが終わってからは、ほとんどずっと宿の中。
自発的に外に出るのは露天風呂に入る時だけ。
そんな暮らしを続けていれば、月日はあっという間に過ぎ去るもので。
「雪解けの季節だよぉ!」
早朝のミーティング、アイナが元気にそう宣言。
マドの外を見れば、まばらにつもった雪の合間から緑が顔を出している。
春の日差しに溶かされておさらばするのも、もう数日のうちだろうな。
「待ったねぇ、待ちに待ったよぉ!」
「あぁ、ついに終わってしまうのだ……。さらば冬よ、鮮烈な体験であった……」
残念がってるミアは置いといて、アイナの言う通りみんなが雪解けを待ち望んでいた。
寒さが致命的に苦手な私だけじゃなくて、ここにいるみんなが。
なんせやりたくても出来なかった宿の拡張、街の整備や建設がやっと実行できるんだからね。
「アイナ、宿としてはまず何から手をつける?」
「当然、三号館の建設ですっ!」
「待ってましたよアイナさん! この日のために私、修行して30人まで増えられるようになりました!」
「わぁっ、サクヤちゃんすごいっ」
サクヤもサクヤで張り切ってるな。
ガルダとくっついた日からずーっと張り切ってハッスルしてるか。
「三号館が出来上がったら、いよいよすごい温泉作りに取りかかりますっ!」
「どんな温泉かは、やっぱり秘密?」
「えへへ、秘密だよっ!」
「そっか、楽しみにしてる」
アイナがここまで言うんなら、きっとすごい温泉なんだろうな。
詳しくは聞かずに、首を長くして完成を待つとしよう。
「ネリィはどうだい? 前に街長としての計画をいろいろ上げてたが、何から手をつけるつもりだ?」
「まずは街の道路をしっかり舗装するとこからかな。それから街灯。人口が増えてきたら拡張ってカンジ」
もちろん街長として、お金を使って人をやとって進めてもらう。
なぜならお金はため込むよりも回した方がいいからだ。
冬場の街道拡張は、緊急事態だったから自分でタダ働きしただけですし。
「よーし、『森のみなと亭』再始動! がんばるぞーっ!」
「「「おー!!」」」
アイナのゆるい掛け声に、みんなでゆるく応じる。
さぁ、またいそがしい毎日を送るとしましょうか。
まずは計画通り、道の舗装の依頼から。
〇〇〇
……ところが、私は甘く見ていた。
インフラ整備の効果を甘く見ていた。
道を広くするということは、人と物の流れがよくなるということ。
これまでグラスポートの街は、せまくてけわしい山道と魔物が出る危険のせいで、人もモノもあんまり入ってこなかった。
来るのは旅慣れた冒険者や行商人。
新規の住民もダンジョンでかせぐために腰を落ち着けた冒険者たち。
だからあの程度――二百人ちょっとの人口で済んでいた。
工事を終えても、人口は変わらずゆるやかな上昇線を描いていくままだった。
だから気づかなかったんだ。
豪雪の中で人口増加のペースが落ちない異様さに、道を拡張した効果が雪で打ち消されていたことに、私は気づいていなかったんだ。
「……今日も新居が建ってる」
道の舗装を進める日々の中、宿の雑用や
見回りで街に出るたび、新しい家が建っているのを見かける。
日に一軒とかじゃなく、何軒も。
そろそろ街のスペースが足りなくなってくるくらいには、毎日家が建っている。
それに、今まで一つの店しかなかった魔石店や武具屋、食品店も、住人が増えるにつれて新しい店舗が増えていく。
服飾店や家具屋みたいな日用品の店も見かけるようになって、
「あー、うしさんだー!」
「おうまさんもいるよ、おねえちゃん!」
極めつけはコレ。
ふつうに子どもがいる。
ルミさんの牧場にやってきた私が見たのは、柵の中で草を食ってる牛や馬を無邪気に観察する小さな姉妹。
ミアの食堂にも、家族連れの姿が増えてきた。
「……ルミさーん、いるー?」
「あ、ネリィちゃん! ちょっと待ってぇな!」
呼ぶとすぐ来るルミさんさすが。
牧場主になっても変わらずだね。
「今日はどんだけ必要なん?」
「とりあえずタマゴ200個。それからミルクを100本。足りなくなったらまた来るかも」
「まいどぉ。繁盛しとるみたいやねぇ」
「大繁盛だよ、ホントに」
前もいそがしかったのに、今はもっとだ。
ミアが十人に増える日も近いと思う。
「あらかじめ確保しといた出荷分、そこの倉庫にあるから必要な分だけ持っといたって」
「ありがと。お代は――」
「いらへんいらへん!」
まだ有効期間中なんだ、牧場開拓のお礼。
そろそろ無理やりにでもお金を押し付けよう。
「おうまさん、はしった!」
「うしさんげっぷしてるっ、へんな音ー。あははっ」
「……子ども、増えたねー。ちょっと前まで考えられへんかったなぁ」
「一番若いのがアイナだったんだもんね」
「これもネリィちゃんのおかげなんよ。新街道の効果、てきめんだわぁ」
街がにぎわい始めてからも、子どもや一般の人なんて見なかったもんね。
旅慣れた人しか来られなかった理由が、道のけわしさと魔物の存在。
冒険者たちが増えて、周辺の魔物がほとんど消えた。
道のけわしさは、私とガルダでブッ飛ばした。
その結果、戦えない普通の人が観光に来るようになって、安心して移住できるようになった。
商売の気配を聞きつけて商人がやってきて、一般の人むけの商売を始める。
そうしてグラスポートは今、以前とは比べものにならないスピードで成長をしている。
「すごいなぁ、ネリィちゃん。ほんと尊敬するわぁ」
「こんなことになるとは思わなかっただけで……。えっと、じゃあ食材もらってくね」
「まいどー。宿も街長もがんばってなー」
ルミさんに見送られて倉庫にむかいながら、私は考える。
まず舗装、次に街灯って考えてたけど、最優先は街の拡張だね。
いや、いっそ全部を平行で進めてみるべきかもしんないな……。




