59 幼女は突然やってくる
ドラゴン。
魔物のようで魔物と違う、かと言って普通の動物とはとても思えない、神が作った唯一の生物とまで呼ばれている生き物。
アイナによれば一つの地方をまるごと壊滅させる力を持っているヤツまでいる。
ガルダによれば、人間の言葉を話すヤツまでいる。
アレらはいったい何なのか、雪をながめて温泉に入りながら、そんなことをぼんやりと考える。
「竜って、いったいなんなんだ……」
「なんじゃお主、竜共のことが知りたいのか?」
「そりゃ知りたいよ。気になってない人の方が少ないと思う。……ん?」
ちょっと待て。
なんで私と同じ温泉に当然のようにつかっているんだ。
金髪幼女プロメテウスよ。
「……なんじゃ、幽霊でも見たような顔で」
「いきなり出てくるなって……。そのうち幽霊と間違われるよ……」
「失礼じゃな。こんな愛らしい幽霊がおるものか」
愛らしいとか自分で言うのか。
否定はしないけども。
「で、竜についてじゃったな」
「アンタ、知ってるの?」
「ワシに知らぬことはあんまりないぞ?」
ふふん、と無い胸を張って威張る幼女。
実際、ほとんどのこと知ってるんだろうな。
「奴らはワシと同じ、先史文明の遺物じゃよ」
「せんし、ぶんめい……。前も言ってたけどさ、ソレってなに?」
「はるか昔、お主らの文明が栄える以前に栄華を誇った、今はもう滅びた文明のことじゃの」
はるか昔、か……。
どんくらい昔なのか、きっと見当もつかないくらい昔なんだろう。
「このワシも、おぬしらがミスティックダンジョンと呼んでおる修練場も、その文明の人間が作り出したモノじゃ」
「あれ、修練場だったんだ……」
言われてみれば、モンスターが無限湧きして踏破ボーナスまで用意されてる。
なんのために作ったかって考えれば、修行とごほうびのためか。
「……その中でも最大の禁忌、命を生み出す技術によって作り出された生命体がドラゴン」
「命を生み出すって、そんなことが可能なの?」
「可能だったのじゃ。先史人類の技術ならば、ソレが可能だった」
「……でも、そんな技術を持ってる連中が、どうして滅んだのさ」
「さぁのう」
さぁのう、って……。
「言ったじゃろう? ワシに知らぬことはあんまりない。文明が滅ぶ前に、ワシは休眠状態に入ってな。再起動したのは滅んでかなり経った頃じゃった」
「滅んだところは見てない、と」
「そういうことじゃ」
「……だったら、破滅をもたらす竜については――」
「それも知らん」
えぇ……?
知らないことはあんまりないって豪語したばっかりなのに、この幼女……。
「破滅をもたらす竜は知らぬが、秩序をもたらす竜なら知っとるの。恒久の平和をたもつために産み出される予定だった、最強の力を持つ絶対正義の象徴じゃ」
「そんなんがいたんだ……。ソイツはどうなったの?」
「それも知らん。ワシが眠りにつく時にはまだ誕生していなかったのでな。……っと、そろそろ湯あたりしそうじゃの。お先に失礼するぞ」
ささっと出てったし。
肝心なところだけピンポイントで知らないんだもんな……。
なにはともあれ、あとでこの話ガルダにも聞かせてあげよう。
〇〇〇
一足遅れて温泉から上がった私。
食堂の前を通りかかったのでのぞいてみると、お昼だけあってさすがの超満員。
キッチンでは二人に増えたミアがフル回転で料理してるんだろうな……。
さて、午後の勤務もがんばろうか――と。
「むむむむむ……」
食堂のすみっこで難しい顔をしている金髪幼女を発見。
「なにしてんの」
中まで行って声をかけてみる。
「ミアに会いにきたのじゃが……。どうにもタイミングが悪かったようじゃの」
「今が一番いそがしい時間帯だからねー」
「むむむ……。仕方ない、ヒマになるまで待つとするのじゃ……」
そういやこの子、食堂閉まったあとにしか来たことなかったからな……。
ミアがどれだけ忙しいのか知らないんだ。
仕方ない、教えてやろう。
「残念ながら、待っててもヒマにならないと思うよ。昼メシ時が終わったら今度はスイーツと飲み物の注文が増えるようになって、ソレが終わる頃には夕飯時。そこから閉店までずっとキッチンにこもりっぱなしだから」
「そ、そうなのか……? ならば一日中料理を作り続けていることになるが、しかしあやつ、仕事を終えたあとワシに喜んで料理を作りおるぞ……」
「きっとミア、コレを労働だと思ってないんだと思う。アイツにとって、料理を作って食べてもらうことそのものが目的なんだ」
前にもそんなこと言ってたし、嫌々やってたら絶対に一日中ほぼ休みなしでやってけないよね。
「にわかには信じがたいのう……」
「……そうだ、キッチンのミアをこっそりのぞいていかない?」
「なにゆえ」
「いいからいいから」
怪訝な顔の幼女の手を引いて、大忙しのキッチンへ。
そっと中をのぞいてみると……。
「ほら、ミアのヤツいい顔してるでしょ」
「……ふむ。お主の言ったこと、あながち間違いではなさそうじゃ」
ものすごい速度で調理していく、二人に分身したミア。
まぎれもなく修羅場なのに、浮かべた表情は笑顔だった。
自分の料理が誰かに食べてもらえる、そんな充実感でいっぱいな顔だ。
「遠くの島から来たからかな、私たちとはちょっと価値観違うけど。それでも時々ミアがうらやましくなるよ」
「ワシの価値観からしても理解しがたいが、それがあやつの良さなのかのう……」
そう言いつつ、プロムのミアを見つめる表情だって、なかなかいい感じだよ。
指摘したらめんどくさそうだからやめとくけど。
「……じゃあ、ジャマにならないうちに退散して――」
「なーにしてるんですかぁ?」
「ひっ……むぐぅっ!!」
悲鳴をあげかけたプロムの口元が、ささっと手でふさがれる。
私もあやうく変な声出しかけたよ。
私に気配を悟らせず、背後に回れる相手なんてこの宿には一人しかいない。
「ネリィさん。お昼休みはとっくに終わってるのに、こんなところで遊んでちゃダメじゃないですか」
「……ごめんなさい」
にっこり笑顔で注意されて、思わず平謝り。
苦手意識はすっかりなくなったけどさ、今でも時々怖いのよ、サクヤさん。




