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54 私が街長です




 仕事終わり、いつものように温泉に入りながら考える。

 よそ者で小娘の私が、本当に街長なんてやってもいいものか。

 いくら考えても、答えは出ずに堂々巡りだ。


「はぁ……」


 ため息ひとつ、冬も近づく星空を見上げる。

 ここに来てからもうすぐ半年、いろんなことがあったなぁ……。

 中でも特に大きかったのが――。


「ネリィ、おじゃまするよぉ」


「いらっしゃい、アイナ」


 この子との出会いかな。

 アイナがこの宿をやってなかったら、私の物語はもっと別の形になってたと思う。


 いつものように私のとなりに肩まで沈めて、ホッと息を吐くアイナ。


「肌寒くなってきたねぇ。冬も近いけど、ネリィは冬場って平気なの?」


「わりかし平気じゃないよ、毎年命の危険を感じてる。ま、今はこの温泉があるから」


 温泉の効果中は、寒さ耐性もたぶん人並み。

 この温泉との出会いも、私にとってすっごく大きい出来事だ。


「この街に来られてよかったよ、ホント……」


「グラスポート、好き?」


「もちろん、大好きだよ」


「だから悩んでるんだ?」


「……うん。よそ者の、しかもこんな小娘の私が街長になるなんて、ホントに正しいことなのかなって」


「……………………」


 しばらくの沈黙。

 考えこむようなしぐさのあと、アイナは口を開く。


「……グラスポートの村はね、とってもお年寄りだったんだぁ」


 お年寄り……?

 首をかしげつつ、話の腰を折らないために黙って耳をかたむける。


「若い人みんな都会に出てっちゃって、残ったのはおじいちゃんに仕えてた人ばっかり。若い人といえば鍛冶屋のカヤさんと家畜小屋のルミさん、それからあたしだけだった。ここはじきに消えていくだけの、お年寄りな村だったんだ」


「消えていくだけの、村……」


「そんな村が活気を取り戻して、いろんなとこから人が来るようになって、街と呼ばれるまでになって――若返った。村長さんもね、きっと新しい世代にバトンタッチしたかったんだよぉ。だって、若い者にゆずるって言ったんでしょ?」


「だからって、よそ者の私でいいのかな……」


「いいんだよ。深刻に考えなくてもいいのっ」


 いや、考えざるをえないって。


「……そんなに嫌なら、あたしが街長やっちゃおっかなぁ」


「いやいやいや、アイナは宿屋あるでしょ!」


「宿やりながらでも街長くらいできるよぉ」


「ダメダメダメ、アイナが倒れちゃう!」


「だったら……。ネリィがやってくれる?」


「うぐ……っ」


 思わず言葉につまる。

 かなわないな、アイナには……。


「……はぁ、もういいや。嫌だってわけじゃないし。踏ん切りがつかなかっただけだから」


 この子に背中を押してもらえて、ようやく決心がついたよ。

 みんながソレを望んでるなら……。


「受けるよ。街長やってみる」


「わぁ、やったっ」


 嬉しそうに笑ってくれるなぁ。

 つられて私まで笑顔になっちゃうじゃん。


「これから忙しくなるな……。宿の仕事をしつつ街の面倒も見なきゃだし」


「大変だよねぇ……。……あ、そうだっ。困難に挑むネリィにエールを送りたいと思います!」


「エール、って――」


 なんだろ、と思ったのもつかの間。


「んっ……!」


 ふさがれる唇。

 触れ合った感触が離れて、アイナは真っ赤なはにかみ笑顔。


「えへへっ。がんばれ、ネリィ!」


「……うん、がんばる」



 〇〇〇



「……というわけで、今回街長に就任させていただきました、ネリィ・ブランケットです」


 ペコリ。


 夕方、街の広場で村長さんからの引継ぎと就任のごあいさつ。

 もともと村に住んでた人たちは、拍手喝采で祝ってくれた。


「ね? 心配いらなかったでしょ? みんなこの村が好きだったから、若返らせてくれたネリィに感謝してるんだよぉ」


 となりでアイナが笑う。

 その通り、考えすぎは私の悪いクセなのかな。


「それにね。ネリィはもう、とっくによそ者じゃないよ」


「えっ……?」


「この街の一員。この街に欠かせない、大切な存在なんだからっ」


「……そっか。とっくにそうなってたんだ」


 ミアの作ったごちそうを分け合う村の人たちの笑顔を見ながら、アイナの言葉をゆっくりと噛みしめる。


「ネリィだけじゃない。ミアちゃんもガルデラさんもサクヤちゃんも、みんなそう。だからネリィ、胸張って街長やってこ?」


「……うん。頑張るよ。さて、と。じゃあさっそく、最初の仕事を片付けないと」



 就任式が終わって、私はさっそく宿に滞在していた豪商の人を呼んだ。

 商談を前に、ヒゲの商人さんは腹の底を見せないにこやかな笑顔を保ったまま。


「えっと、コショウの流通の件ですけど……」


「はい。良い返事はもらえますかな?」


「この宿の畑、そのうち二つを街のものとします。そこで獲れたコショウの10パーセントを、あなたのところにおろそうかと思っています」


「……ほう、10パーセント。なぜその数字に?」


 笑顔を崩さないまま、商人が質問を投げつけた。


「10パーセントでも十分以上の利益を出せるかと思いまして。それに……、競争相手がいる方が、あなたも張り合いがあるでしょう?」


 正直、このコショウってシロモノは危険だと思う。

 アウロラドレイクの翼膜か、それに似た新素材でも発見されない限り、どこでも栽培できるってわけじゃない。

 商売として成立させるためには、ガラスの植木鉢から獲れる量じゃちょっと厳しいだろうし。


 ヘタしたら争いの火種にもなりかねないこの食材を、一人の商人に独占させるのは危ない。

 市場を独占して、金額釣りあげ放題だもんね。


「……ふむ。新しい街長殿は年若いのに慎重なようだ。いいでしょう。その条件、飲みました」


 ひざを打って、商人がにこやかな笑みのままうなずく。


 ふぅ、よかった……。

 すっごい緊張したけど、初仕事はなんとか成功したみたい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 街長就任およびもう一つにおめでとさんです。 [一言] サブタイトルの由来は殺意の持って行き場が無くなるアレですよね、町長じゃなくて良かった。
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