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51 グラスポートの街




 第三皇女と薔薇騎士団ローゼンシュバリエの口コミで、宿屋のウワサは上流階級にすら広まった様子。

 なんと貴族のご子息、ご息女や、お城の要職の人たちまで宿に泊まるようになってきた。

 お偉方の主な目的は、ここでしか食べられないコショウらしい。


 中には豪商の人もいて……。


「このコショウというモノ……、流通に乗せてみませんかな?」


 なんて商談まで持ち上がる始末。

 一応、考えておきますと答えておいたけど、規模が大きくなりすぎて考えものだよね。

 アイナともよく相談して、慎重に考えないと。


 村の様子も大きく様変わり。

 まず、ミスティックダンジョンのレアアイテムを回収して売ることで生計を立てる冒険者たちが、宿に泊まり続けるよりはと家を建てて定住しだした。

 冒険者ギルドの支部だって立派な建物が建てられたし、ついには誰からともなく、とうとうここは『グラスポートの街』と呼ばれるようになった。


 急激に変わっていくグラスポート。

 宿のおかげでもあり、宿のせいでもあるわけで、環境の変化に困ってる人がいないか見回る責任は私にもあるわけだ。

 というわけで今日の私の仕事は村……じゃない、街の見回り。


「……っつっても、困ってる人なんていなさそうか」


 カヤさんの鍛冶屋は相変わらず大繁盛。

 ダンジョンの中には無限に魔物が湧くわけで、世界中から集まった冒険者がそいつらを毎日狩るから大忙しだ。

 儲けで店を大きくして、弟子も何人か取って、毎日フル回転。


 ご老人方は、道が歩きやすいように石畳で舗装されたのが助かると評判。

 加えて、冒険者が増えたおかげで周辺の魔物の脅威も激減。

 結果的に、お散歩の時間が増えたそう。


 そしてルミさんの家畜小屋は、『森のみなと亭』御用達ということで知名度が急上昇。

 タマゴやミルクの取り寄せを希望する王都の飲食店も出てきて、儲かったぶんで家畜小屋を拡張、家畜の数も増やしたみたい。

 やっぱり困ってることなんて……。


「どえらい困っとぉよ……」


「マジ……?」


 ルミさん、困ってた。

 ニワトリや牛の鳴き声をバックに、困り眉でため息をひとつ。


「私でいいなら力になるよ。よければ相談してみて」


「あんがとなぁ。じつは近ごろ注文がどんどん増えてきて、生産が追いつかんくなってきとるんよ。家畜小屋三つ程度じゃとてもムリなん……」


『ブモオオオオォォォォ!!』


『フギャァァァァァァァァァ!!』


『コケェーッ!!』


「……たしかに、いっぱいいっぱいみたいだね」


 ルミさんの声が聞こえないくらい、けたたましい声が聞こえるし。


「それにあんま狭いと、牛の子たちが運動不足になってもうて、えぇ乳出さんくなってまう。だからな、でっかい厩舎きゅうしゃを建てて、いっそのこと牧場にしようと思っとるんよ」


「いい考えじゃん。ルミさんの家畜小屋、ちょうど街の外れだし」


 家畜の出す騒音を考えての、拡張するにはもってこいの立地。

 それに、ここからかなりの範囲の森がルミさんの家の土地だって聞いたことある。


「……うん、やっぱり困ってなくない?」


 解決策がわかってて、お金だって持ってるだろうし、やれるだけの土地もあるじゃんか。

 問題なんて何もなさそうに思える。


「ところがそうもいかんのよ。なんにもない土地に牧場をたてる資金はあっても、土地の開拓までするほどは持っとらん。それに……全部森やんな」


 途方に暮れたように、家畜小屋の裏手を見るルミさん。

 その視線の先には、鬱蒼うっそうと茂る深い森……。


「これ、更地にするには骨が折れるて。ミスティックダンジョンでかせげる冒険者さんたちが、安いお金でこんな重労働してくれんだろうし」


「うん、わかった。じゃあその悩み、私がすぐに解決してあげる」


「……え?」


 この人の家畜小屋にはいっぱい恩があるわけだし、ここらで返しておかないとね。


「まぁ見ててって。凍氷大刃(フロストブレード)


 まず最初に巨大な氷の刃を生成。

 ソイツを遠隔操作して、次々と木を切り倒していく。


「わ、すごぉ……」


「広さはこんなもんでいいかな?」


「あ、もうちっと広くお願いな」


「了解!」


 指定された範囲の木を斬り倒し終わるころには、すっかり視界が開けていた。

 あと、『氷結の舞姫』がえらいことしてるって野次馬が集まってた。


 倒れた木は剣を使って一か所に集めておいた。

 あとで大工さんに売りつけて、牧場代の足しにしてもらおう。


 ジャマな切り株は根っこまで氷漬けにしたあとに粉砕。

 土の中でいい感じの栄養になってくれるでしょ。

 最後に背の低い植物をブリザードで凍結粉砕して、と。


「……開拓完了。どうよ、ルミさん」


「わぁ~……!」


 さらば自然、すまないな。

 これは人間のエゴだ。

 すっかりたいらな、見渡す限りの更地となった牧場候補地を前に、ルミさんは感動の声を上げる。

 あとギャラリーからも私の力に感動の声が上がったけど、それは置いといて。


「すごいっ! この広さをあっという間に開拓するなんてっ! ……あ、でもこのお礼どうすればええん?」


「気にしないでよ。人助けしたくて勝手にやったことなんだから」


「そ、そげなわけにはいかへんて……! ウチの気がすまへん!」


「う、うーん……」


 困ったな、ホントにお礼が欲しくてやったわけじゃないのに。


「……あ、そうだ! これから『森のみなと亭』におろす食材はタダってことでどやろ?」


「えぇっ!? さ、さすがにダメだよ……、せめて数か月とか……」


「むぅ、強情やね……。仕方ない、それで手打ったろ」


 よ、よかった、折れてくれた……。

 何はともあれ、これでまたひとつ変わったグラスポート。

 街と呼ばれるようになったこの場所に、大きな牧場が生まれる日は近そうだ。




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