5 ようこそ
時間を凍らせると凍え死にそうになる。
全力の攻撃なんてもってのほか、凍死が怖くてできなかったし、やってたら多分凍死してた。
でも今、なんのためらいもなく、生まれて初めて本気が出せた。
「すご……、私ここまで出来たんだ」
これほどの力が自分の中に眠っていたのが一つめの驚き。
そして二つめの驚きは……。
「それに、魔力をたくさん使ったのに、ちっとも寒くない。温泉に入ってからずっと……」
やっぱりあの温泉のおかげ?
今まで風呂に入っても、どんな温泉に入っても、体の冷えが抜けることはなかったのに。
パサッ。
「ん?」
魔獣の凍った肉片にまじって、赤色の石が草地に落ちた。
「お、炎の魔石だ。ラッキー」
魔石とは、モンスターの力の源とも言われてる、魔力が宿った石だ。
魔物を倒すと出てくることがあるありふれた品で、日用品にも使われてる。
つまり売れば金になる。
ベヒモスの体内から出た魔石とくれば、純度はかなり高いはず。
ありがたく拾っておこう。
初夏の日差しを楽しみながら、のんびり村までもどってくると、避難からもどって様子を見守っていた村の人たちから、私の姿を見るなりざわめきが起こる。
見た感じ、おじいさんおばあさんばっかり。
ただ、二人ほど若い人もいるみたい。
「お客さん、ケガしてないですかっ!」
密な状態のご老人方をかき分けて、アイナさんが私の方にやってきた。
「心配無用。この通りピンピンしてるよ。普通にノーダメージ」
「よ、よかったぁ……。すっごく強い魔物だって聞いたからぁ……。あ、でもぉ、よく見えなかったですけど簡単にやっつけちゃってましたよね。どうしてあんなに強いんです?」
「話せば長くなるんだけど――ってか、私もキミに聞きたいことが」
「おめぇさん、村の恩人だぁ!」
「こっち来てくれ! 恩人にお礼がしてぇ!」
「わ、ちょ、ちょっと……!」
話したいことがあったのに、ご老人方が私をひっぱって村の奥へ。
アイナさんとの話は中断されてしまった。
このあとおいしい料理でもてなされたし、そのうえ英雄扱いだし、悪い気はしないけどね。
小一時間で解放されて、ようやく人の輪の外へ。
やっと話の続きができる……。
あの子の姿を探すと、すぐに見つかった。
「あ、いたいた。アイナさん……なにしてるの?」
「うっ、うぅっ……。ね、ねこさんにお料理持ってかれてぇ……」
「ねこさん……?」
なにも乗ってないお皿を前に涙目のアイナさん。
泥棒ネコでも住み着いてるのかな。
ま、いいか。
「ソイツは災難だったね。……ところで、あの温泉について聞いてもいいかな」
「温泉、ですかぁ? こほん、当旅館自慢の温泉は源泉かけ流し。グラスポートの山から湧き出したお湯をそのまま使っております。効能はおもに肩こり、腰痛、冷え性、その他魔力切れや切り傷、打ち身などですねぇ」
「な、なるほどぉ……」
早口で言われて圧倒されてしまった。
でも、おかしなことは言ってないね。
なにか特殊な加工をしてるわけじゃない。
「私が重度の冷え性なのは知ってるよね?」
「さっき聞きましたねぇ」
「じつは今、これっぽっちも寒くないんだ。たくさん魔力を使ったのに、ほんの少しも」
「そうなんですか? 不思議です」
「理由はわからない。でも原因ならわかるよ。あの温泉に入った時から、ずっと体がポカポカしてるんだよね」
どういう理屈か、なんてどうでもいい。
冷え性がおさまった、これが最重要。
「温泉自体もすっごく気に入った。こんないい温泉が埋もれてるなんてもったいないし、何より恩返しがしたいんだ。宿の経営、私にも手伝わせて!!」
「え、えぇっ!?」
両手をギュッとにぎって、前のめりで頼み込む。
ここは多少なりとも強引に。
どうせ行くアテもないことだし、この温泉をつぶれさせたくない。
衣食住の確保という打算があるのも否定しないけど、恩返ししたいのは本心だ。
「す、住み込みで、ですか?」
「迷惑かけないから! お願い!」
「お、お客さん、落ち着いて……。わ、わかりました。あたしだって、おじいさんから受け継いだ宿をつぶしたくありません!」
「っ! じゃあ……!」
「お客さんは、今日からお宿の従業員です」
にっこり笑って、アイナさんは手袋につつまれた私の手をギュッとにぎった。
「あ、もうお客さんじゃないよねぇ。えっとぉ……」
「ネリィ。ネリィ・ブランケット」
「よろしくねぇ、ネリィ」
「うん、よろしく、アイナ」
「アイナもいいけど、若女将とか呼んでほしぃなぁ」
「わ、若女将……?」
「あぁぁっ……! いい響き……!」
若女将って呼ばれてみたかったのか?
ご満悦、みたいな感じのキラキラした表情してる……。
「えへへっ、改めてようこそ、『森のみなと亭』へ!」
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グラスポートの村
人口
38人→39人 +1
施設
宿屋 鍛冶屋 食料品店 家畜小屋
観光産業
なし
宿屋『森のみなと亭』
平均来客
一日に一組
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