45 謎の声
「なんだ、なんだ、なんなのだ!!?」
「わかんないって……!」
ぐねぐねと歪んだ、わけのわからない空間を私たちは落ちていく。
やがて真下に光の点が見えた。
「あれ、出口だよね……」
「みたいだな……。あのむこうにサクヤたちがいるのか……?」
点はみるみる大きな丸になって、そのむこうには金属質の床が。
あぁ、なるほど。
床の真上に出口が開いてるってことね。
と、なれば体勢をととのえて……。
「……っと」
スタっ。
軽やかに着地。
一瞬遅れて、私の出てきた空間の穴からガルダとミアも落ちてきた。
二人とも無事に着地できたのは言うまでもないね。
みんなが出てきたとたんに、空間にあいた穴はすっと消えてしまう。
「なんだ、この空間は……」
「地下洞窟……ってカンジは全然しないね」
私たちが放り出された先は、見たこともない空間だった。
硬くて黒い金属製の床、ところどころに緑の光が水のように流れる不思議な材質だ。
あたりの景色は、もやがかかった室内とも室外ともつかない風景。
山をひとまたぎする巨人の足みたいな、想像を絶する太さの柱があちこちに立っている。
柱も床と同じ、黒地に緑の光が走った謎材質。
「ここも、ミスティックダンジョンの一部……?」
「……む、なにか来るのだ!」
ミアの耳がピクリと動いて、次の瞬間。
ズゥゥゥゥゥゥン!!
はるか真上から、床や柱と同じ材質のゴーレムが降ってきた。
ソイツは私たちを見つけると、緑の目を光らせて手にした巨大な剣を振り上げる。
「敵か……!」
「ミアが行くのだ! コイツを料理してやる!」
「――終焉の氷獄」
ミアには悪いけど、こんなヤツに時間を割いていられない。
氷の魔力を叩きつけてヤツを巨大な氷山に閉じ込め、そして、
パリィィィィィィィィン!!
「まずは閃斬……って、あぁぁっ!!!」
氷山がゴーレムもろとも砕け散る。
同時にミアがすっごく残念そうな声をあげた。
「ネリィ、あれはミアの獲物だったのだ! 粉々にしたらどんな味かわからないであろう!!」
「あんたさぁ、アレどう見ても食べられないタイプだったでしょうが」
「……そうなのか? 殻の中にたっぷり身がつまってるタイプじゃないのか?」
このネコには、アレがカニやエビに見えたのか……。
『――見事。アスメラルドゴーレムを瞬きの間に倒すとは、やはり「純魔」の力を持つ者は違うのぅ』
「……またこの声だ」
どこからともなく聞こえる、私たちを穴に引き込んだのと同じ声。
状況的に、コイツがサクヤたちの失踪に関わってる可能性は極めて高い。
「アタシらをこんなところに呼びつけて戦わせて、いったい何のつもりだ! いい加減出てこい!!」
『竜の牙』に手をかけながら、ガルダが苛立ちの混じった声を響かせる。
『そうあせるな。今、ワシの下に案内してやる』
案内……?
誰か人でもよこすつもりか?
そう思ったのもつかの間、私たちの前の空間に穴があいた。
中はぐねぐね歪んだ、ここに来るときに見たのと同じ空間だ。
『通るがいい。先客も先ほどから、おぬしらを待っておるぞ?』
「先客……、サクヤがいるのか!?」
「あ、ガルダ!」
止める間もなく、ガルダが穴の中へ突っ走っていく。
仕方なしに追いかける私と、よくわかってないっぽいけどついてくるミア。
歪んだトンネルの中を走り抜けて、出口を抜け出た瞬間。
「お姉さまぁぁあぁぁあぁっ!!!」
サクヤがガルダに抱きついた。
うん、ものすっごく元気そうだ。
キズ一つ負ってないし。
「お姉さまぁ、どうしてここに? まさか私のこと心配して……なーんて、そんなわけ」
「サクヤ……! お前、無事だったのか……! よかった……っ」
「へぁっ!?」
涙ぐみながらサクヤを抱きしめるガルダ。
そして、状況がよくわかっていないっぽいけど真っ赤になってあたふたするサクヤ。
なんだろう、互いの認識がチグハグな感じだな。
さて、ここはどこかの部屋、かな。
カベも天井も、さっきの空間の床と同じ材質。
ガルダたちは置いといて、あたりの様子をうかがってみると……。
「ごきげんよう、ネリィさん」
「……お姫様、これまた元気そうですね。ひとまず、無事でなによりです」
テーブルにすわって、優雅に紅茶を飲むお姫様がいた。
お供のリューシュさんも、優雅に紅茶を淹れてるし……。
っていうかあんたら、ダンジョンにティーセット持ち込んでたのかい。
「ご心配おかけしたみたいですわね、かたじけないですわ。……ただ、ネリィさんがわたくしのためにここまで足を運んでくださった事実。あぁ……、何ゆえわたくしの胸はこうも高鳴っているのでしょうか……」
そんな頬を赤くして聞かれましても。
そして、真っ赤になっているのは今なおガルダに抱きしめられてるサクヤも同様のようで。
「あ、あのあの……。お姉さま変ですよ? いったいどうしたんですかぁ……。心配かけたのは確かですけど、いくらなんでも……」
「どうしたって……。分身が一気に消えて、お前に何かあったんじゃないかって……」
「えっ!? 消えたんですか!?」
――お互いに話をすり合わせてみると、どうやらサクヤは分身が消えたと思っていなかったみたいだ。
自分で消した覚えも、消えた感覚もないらしい。
分身がいるイコール無事ってことを私たちもわかってると思ってたから、生きてたのが奇跡みたいな態度のガルダに面食らってたわけか。
「どういうことなんですかね。どれだけ離れてても消えずに自立するはずですのに」
「答えは簡単。ここがおぬしらの世界とは、まったく別の空間だからじゃ」
また、あの声だ。
ただし今度は頭に直接じゃなく、自分の耳でしっかりと聞こえる。
コツコツ、と足音まで聞こえて、暗がりの中から声の主がとうとう姿を見せた。
「空間が隔絶されてしまえば、距離など関係ない。別空間に転移したことで、分身とやらは消滅したのじゃろう」
おじいさんみたいな口調で、こんな大それたことまでやってのけた人物。
どんなのが出てくるのかと思いきや。
金色の短く結んだ髪、青い瞳の不敵な表情。
私の肩までくらいの身長をした、これはどこからどう見ても……。
「お、お子様なのだ!?」
「失礼であるぞ、ネコ! これでも貴様の十万倍は生きておる!!」
……うん、ミアの言うとおり。
どう見ても小さな女の子だ、これ。




