43 最大の危機
「クライアントを護衛する、これもシノビの任務の一つ。お姉さまとご一緒できないのは、とってもとっても寂しいですが~」
「よしよし、帰ったらいっしょにサウナでも入るか?」
「はい喜んで!!」
人目もはばからずにガルダに抱きつくサクヤと、当たり前のように抱きしめ返して頭をなでるガルダ。
二人の世界に入ってるとこ悪いけど、サクヤがいなくなると大問題が発生してしまうんだが。
「……あのさ、サクヤが出かけている間、この宿どうするの?」
今やこの子の分身がいなきゃ、『森のみなと亭』はやっていけない。
出かけられると困る。
とっても困る。
「問題なし、ですよ! 分身たち、そのまま残しておきますので!」
「可能なの?」
「可能です! 本体である私になにか起きない限り、どれだけ離れても自立して活動し続けますので!」
「へぇ、そんな便利なんだ」
「そんな便利なんです!」
本体のサクヤ一人くらいなら、いなくても十分宿を回せるか。
ただし、サクヤの最大分身数は十人。
これ以上出せないから、ダンジョン内では分身封印ってことになるよね。
「……分身無しでホントに平気か? アタシもついていった方が――」
「お姉さまに心配していただけるだなんて……っ。でもへーき、ですよ! 分身できなくても、私強いので!」
パチン、とウィンクしてみせるサクヤ。
ガルダってば、あの寒い山の上での事件以来なんとなく過保護気味になってるな……。
まぁ、気持ちはわかる。
「サクヤ、もう行きますわよ」
「はいはーい、了解です!」
「皆様方、ごきげんよう。夕方までには戻る予定でいますので、ごちそうを期待してますわ」
「ではでは、行ってきます!」
サクヤはにっこり笑顔をむけると、お姫様とリューシュさんのあとに続いて玄関を出る。
宿の外にずらりとならんだ騎士団たちに見送られて、盛大に出陣する皇女様ご一行。
三人を見送ったあと、私たちはいつも通りの一日を送った。
食堂であわただしく料理するミアと、必死に運ぶサクヤの分身たち。
客室を掃除するガルダに、宿泊客を案内するアイナ。
それからいろんな雑用をこなして、時々温泉であったまる私。
いつも通りのなんてことない一日が過ぎて、お姫様たちが戻る予定の夕暮れ時。
宿中にいたサクヤの分身が、一人残らず煙のように消えてしまった。
〇〇〇
翌日になっても、姫様たちは――サクヤは戻らなかった。
目撃情報すら無し。
ダンジョンから戻ってきた冒険者たちの、誰も三人を見ていないという。
「クソ……っ! まただ、またあの時と同じ……! アタシが無理にでもついていけば、こんなことには……!」
「…………」
朝のミーティング、空気が重い。
重いけど、ここは建設的な話をするべきだ。
「……アイナ、今日は宿開ける?」
「サクヤちゃんの分身がいないと、回らないよ……。泊まってる人にはそのままいてもらうとして、新しくお客さん入れられないと思う」
「ミア、食堂は?」
「ムリなのだ、休業なのだ……。ミア単独で作り運びの両立は不可能である……」
……だよね。
あの子がいなきゃ、この宿は回らない。
「お姫様の未帰還についてだけど、まだ大きな問題にはなってないよね?」
「……あぁ、まだ本国には連絡行ってないみたいだね。騎士団の人たちがダンジョンにもぐって探してるが、やはり手がかりゼロらしい」
お姫様の方も、もちろん心配だ。
王族としての誇りと器の大きさを持った、ロシュトなんかとは全然ちがう尊敬できる人だ。
二人とも助けたい、絶対に。
それに何より、サクヤには借りを返すって約束したもんね。
ピンチになったら助けに行く。
さっそくだけど、今がその時だ。
「私が行くよ。サクヤたちを探し出して、無事に連れ帰る」
「待ちな、アタシも連れてってくれ。あの子は絶対にアタシのこの手で助けたいんだ」
「……もちろん。頼りにしてるから」
連れていかない理由がないよね。
戦力的にも、あの子とのもう一つの――恋路を手助けするって約束的にも。
「さて、さっそく出発の準備を――」
「ちょっと待った! ミアも連れていけ! 今度こそ連れていくのだ!」
っと、ネコまで名乗りを上げるのか。
ま、食堂休みになったわけだし、戦力としては頼りになる方だし。
「よし、じゃあこの三人で決まりだ。いろいろと準備が必要だろうし、私もフルパワー出すためにたっぷりあったまらなきゃいけない。出発は一時間後でいい?」
「心得たのだ!」
「……焦りは禁物だ。わかってるさ」
〇〇〇
出発までの一時間、私は当然ながらその全てを温泉で温まる時間にあてる。
あのお姫様とサクヤがいて消息を絶つだなんて、敵がいるとするならよほどの相手。
長丁場になるかもしれないし、できるだけ長い時間を全力で戦えるようにしとかなきゃ。
「……ふぅ」
はたから見たら、のんびりしてるように見えるだろうけどね。
これも戦いだ。
あせる気持ちを落ち着かせて、温泉につかっていると……。
「ネリィ、大変なことになっちゃったねぇ」
「アイナ……」
いつもの時間、いつもと同じように温泉に入ってきたアイナ。
ただ、その表情はいつもと比べて少し暗かった。




