39 VIPご到着
別館は無事にオープン、これまでの二倍の数のお客を入れられるようになった。
ちょっと奇抜すぎるかと心配だった新温泉も、おおむね好評。
アウロラドレイクの肉を閉じ込めた氷山がなぜか観光スポットになったりと、おかしな誤算もあったけど、出だしはいたって順調だ。
「えへへぇ、秋の行楽シーズンも絶好調だねぇ」
「そうだね。特に大きなトラブルも起きてないし」
とか言ってると、なにかとんでもない事件が起こりそうだけど……なんてね。
そんなそうそう起こるわけ――。
ざわざわ……。
「なんだろ、外がさわがしいねぇ」
「……そうだね」
……起こるわけ、あるのか?
「えっと、とりあえず様子を見に行ってみようか」
「トラブルかもしれないもんね! ネリィ、頼りにしてるよぉ!」
アイナに頼られるのは嬉しいけど、平穏がおびやかされるのは嫌だなぁ……。
どうか悪いトラブルじゃありませんように。
宿の外に出てみると、なんと騎士団が列をなして宿の方にむかってきていた。
しかもその騎士団、豪華な馬車を護衛してるみたいだ。
そりゃ冒険者たちも何事かとざわめくよね……。
「な、何アレ……。どっかに戦争でも行くつもり……?」
「……あれぇ? あの馬車のとこにあるバラの紋章って、どこかで見た気がするよぉ」
えっ、バラの紋章?
……ホントだ、馬車カゴの正面ど真ん中に刻まれてる。
サクヤの密書に刻まれてたのと同じ紋章だ。
「ありゃ、薔薇騎士団の紋章だね」
「あ、ガルダ」
腕を組んでのワケ知り顔。
鎧に剣を背負った姿ならカッコよかっただろうに、残念ながらメイド姿なのでキマらない。
「あ、知ってるよぉ! この国で最強の騎士団だよねぇ。騎士団長として率いるのは、姫騎士にして第三皇女――」
アイナがそこまで言ったところで、馬車は宿屋の前にストップ。
勢いよくドアが開いて、見覚えのあるお姫様がさっそうと飛び出した。
「エルサベーテ=フォン=ボクスルート、推・参・ですわっ!」
〇〇〇
「ウワサ通り、いい温泉ですのね。わたくし気に入りましたわっ」
「そ、それはよかった……です」
突然のVIPの来客。
無礼があってはいけないと、アイナと私の二人がかりで接待することになってしまった。
まぁ、この程度のトラブルならいいか。
顔見知ってるお姫様だし。
「とくにこの泡風呂っ! ブクブク感がたまりませんのっ!」
上昇水流に揺られてはしゃぎまわるお姫様。
少しはおしとやかさを見せてください。
「おひょぉぉ……、大きなロイヤルお胸がぶるんぶるんして……」
アイナも少しは奥ゆかしさを見せてください。
「……ふぅ、少々はしゃぎすぎましたわ」
どうやら気がすんだようで、お姫様は私たちのいる普通の温泉へ。
プカプカ浮かぶおぼんに乗ったグラスから、冷たいぶどうジュースをクイっと飲む。
「ウワサ通りのいい宿ですのね、『氷結の舞姫』」
「うぐっ……、あ、ありがとうございます……」
その二つ名、やっぱり慣れないな……。
「……でも、宿のことならほめられるべきはアイナの方です」
「では、若女将にも同じ言葉を」
「あぅっ、身にあまる光栄ですっ!」
ばしゃんっ!
頭を勢いよく下げるあまり、顔面をおもいっきり水面に叩きつけてしまうアイナ。
貴族であるおじいさんを誇りに思ってるこの子。
王族への敬意も人一倍なんだろう。
「……さて、そろそろ本題に入りましょう」
「本題、ですか?」
「あら、このわたくしが観光のためだけに、ここまで足を運んだとでも思って?」
正直、そうだったらいいのにとは思ってた。
サクヤの持ってた密書とおなじ紋章をいだく騎士団の団長にして王族。
あの子の雇い主は、十中八九このお姫様だ。
そんな人が、温泉でぬくぬくするためだけに来たわけがないよね。
「単刀直入に申し上げます。『氷結の舞姫』ネリィ・ブランケット。わたくしのお抱え魔導師になりませんこと?」
「……え?」
思わぬ申し出に目を丸くする。
なんで?
私を引き抜きって、どういうこと……?
「貴族や王族が強者を呼びつけるにはどういう意味があるか、存じていて? その者が自らの下に置くにふさわしいか、見定めるためですの」
「え、えっと、申し出は嬉しいのですが、私はここから動けなくて――」
「もちろん、この温泉からあなたが離れられないことは知らされています」
「……サクヤから、ですか?」
「あらあら。ふふっ、ますますあなたが欲しくなりましたわ」
肯定、と。
やっぱりこの人がサクヤの雇い主だったんだ。
「ですが、温泉のことなら心配無用。城の者にここのお湯を王城まで運ばせればよいだけの話。どうです? 第三皇女のお抱え、悪い話ではありませんでしょう?」
いや、そりゃ悪い話じゃない。
悪い話なわけがないけど、私はアイナのそばにいたい。
それが私の意志だ。
でも、もうこの宿は私がいなくてもやっていけそうなんだよね……。
「あの、あのっ、ぜんぜん話がわかんない、んですけどぉ……。ネリィを引き抜くって……、それにサクヤちゃんの名前がどうして……?」
事情をまったく知らないアイナは、今はただオロオロするばかり。
でも、これから事情を聞かされたらどうするんだろう。
お城に行った方がいいって引き止めてくれるのかな。
それとも……。




