37 大増築計画
夏が終わって、大忙しの秋がやってきた。
遠くからの冒険者たちが長旅の末にグラスポートまでたどり着きはじめて、とうとう『森のみなと亭』は満室に。
まさかこのムダに広いと思ってた宿の増築を考えなければならない日が来るとは……。
ただ、この宿はもともとおじいさんの別荘だった建物だ。
増築して余計な手を加えていいのかな。
そんなことを考えながら朝のミーティングにのぞむと、
「増築したいと思いますっ!」
開口一番、アイナがそう宣言した。
「……いいの? ここ、おじいさんが残してくれた宿だよね」
「取り壊すわけじゃないし、別館を建てるくらいなんてことないよぉ。それに、お客さんをたくさんお迎えできる方がおじいちゃんも喜ぶと思うっ!」
……そうだよね。
おじいさんのことも大事だろうけど、この子はお客さんを第一に考える旅館の若女将なんだ。
私の不安はまったくの杞憂だったわけか。
「ね、他のみんなはどうかなっ」
「アタシは特に異論なし。ただ、今よりもっと忙しくなるだろうね」
「食堂の増築は――」
「それはダメだよぉ。シェフが一人だけなんだもん、手が足らなくなるでしょっ」
「うぉぉぉぅ……、だがミアが分身をマスターすれば……っ!」
「あのあの、増築の資金はどうするんです?」
もっともな疑問をサクヤが口にする。
たしかに、普通の家でもかなり高いのに、宿になるサイズの建物を作るってなると……いったいどのくらい必要なんだ?
「ふっふっふっ……、サクヤちゃん。甘くみたらいかんですよ」
自信満々にアイナが持ち出したるは、大きな黒い金庫。
カギを開けると、その中には……。
「おぉ……っ!」
「こ、これは……!」
中には見たこともない、大量の一万ゴルド貨幣が収まっていた。
いや、これいくらあるんだ。
「ざっと5000万ゴルドはあるよ……!」
「そ、そんなに……!?」
えーっと、ウチの宿屋は一人一泊だいたい9000ゴルド。
単純計算で、百人が泊まって一日の売り上げを90万ゴルドとすると、一か月で2700万ゴルド、と。
必要経費を差し引いて、食堂の売り上げも足すと……、だいたいこんなもんになるのか。
「……え、二か月でそんなに儲かるの!?」
「むふー」
ちなみにグラスポート家は、王家に多大な恩があるので特別に税を免除されている。
つぶれそうでつぶれなかったのは、これのおかげらしい。
儲けがそっくりそのまま懐に入ってくるわけで、そりゃもうえらいことだ。
「これを頭金にして、別館を建てることとしますっ!」
〇〇〇
翌日、王都にひとっ走りして大工さんに依頼してきた私。
その二日後には、別館の建築がはじまった。
今ある宿に隣接する形で、二つの建物が上から見てL字になるように建てられる予定。
完成すれば、庭にある温室を囲む形になる。
土台を固め終わって、木の骨組みが組まれ始めた光景をアイナと並んで見ていると、
「やー、毎度毎度! おかげ様で近ごろ儲かってねー!」
肩からかけたてぬぐいで汗をぬぐいながら、大工の親方がやってきた。
「こっちに引っ越してくる人、最近多いだろ? 店に家にで、もうウハウハだね。若女将様々ってなもんだ」
「えへへ、言い過ぎですよぉ。なんか照れちゃうなぁ……」
「言い過ぎなモンかい。俺らにとっちゃ、あんたはまさに女神様さ!」
「め、女神様……!」
アイナがほわほわしながら目を輝かせてる。
ここまで持ち上げられたの、初めてなんだろうな……。
「あ、で、でもっ、村に活気が出たのはネリィのおかげなんですっ」
「お、そうなのかい? だったら二人とも女神様だ!」
私まで女神様……?
そんなガラじゃないんだけど……。
「ネリィも女神様かぁ……。あ、ネリィ顔赤い。照れてる?」
「照れてないし。ところで親方、完成までにはどのくらいかかりそう?」
「そうさねぇ……。この規模の建物じゃ、急いで十日ってとこかね」
「ほぇ、そんなに……」
大岩を持ち上げるほどに人並外れた怪力揃いの大工衆でもそんなにかかるのか。
貴族屋敷サイズのものを建てるのって、大変なんだな。
「今回は本館という手本があるからな。設計図を一から作らなくていい分、これでも作業工程はかなり短縮されてんのさ」
「親方ー! そろそろ戻ってきてくだせー!」
「おう、今行く! ってなわけだ。十日ぐらいは騒音と客あぶれ、勘弁してやってくれな!」
大工さんの一人に呼ばれて、親方さんは行ってしまった。
「順調みたいだねぇ。さて、あたしたちは宿にもどろっか」
「……ちょっといいかな。別館が完成するこのタイミングで、せっかくだからやっておきたいことがあるんだ」
ずっと考えてたことの一つ。
別館ができたらお客が倍になって、いそがしさも倍になる。
その前にやってしまおう……、というか今しかやれないはずだ。
「温泉の増設。お金に余裕もあることだし、いくつか作っちゃおうよ」
※シンプルに1ゴルドの価値は1円です。




