35 竜肉食べ放題
早朝、太陽が山間から登るころ。
ミアちゃんといっしょに朝風呂に入っていると……。
バサッ、バサッ……!
大きな羽音とともに、山のむこうから白い巨大なドラゴンが飛んでくるのが見えた。
しかも両手に、緑色のヘビみたいな竜を二匹もぶら下げて。
「あ、あ、あわわわわわっ……! と、とんでもないのが来たよぉ……っ!?」
「よく見よ、アイナ。あれはガルデラなのだ」
「えっ? ……あ、そういえばあの人、ドラゴンに変身できるんだっけ」
「ふむ、約束通りドラゴンも持ち帰ってきたのだな! ……しかし、事情を知らぬ者からすればたしかに緊急事態である」
「そうだね。残念だけど、のんびり温泉してる場合じゃないねっ。騒ぎになる前に急がなきゃっ!」
「うむ!」
「……お? お、おぉ……っ!」
水しぶきをあげて立ち上がったミアちゃん。
そのはずみで、二つの小ぶりな丘が『ぷるんっ』てなった。
これはこれは中々の絶景で……。
「……む? どうしたのだ?」
「あ、な、なんでもないよぉ! おっぱいしてる場合じゃないよね、急いで行こっ!」
宿から出て、すでに騒ぎになっていた村のみんなに事情を説明。
落ち着いてもらったころ、ガルデラさんが村の上空にさしかかった。
……ガルデラさんもでっかいけど、抱えてるのはなおのことでっかいなぁ。
村の半分くらいが日陰になっちゃった。
村の外れの草原に着陸してドラゴンたちの亡骸を置くと、白い竜が光につつまれてみるみる小さくなっていく。
発光がやんだ時、ドラゴンの姿はどこにもなくって、
「おーい! もどったぞー!」
「お姉さまのアシスト、きっちりこなしてきましたっ!!」
代わりに見えたのは、手をふりながらこっちに走ってくるサクヤちゃんと、その後ろを小走りで続くガルデラさん。
そして……、ぐったりしながらサクヤちゃんの肩にかつがれているネリィの姿だった。
〇〇〇
「み、みんなぁぁぁぁっ! 無事でよかったよぉぉぉっ!!」
「ちょ、アイナ……。苦しいって……」
真っ先に私を引きずり下ろして抱きつくアイナ。
ぎゅーっと体を押しつけてるのは、喜びを全身であらわした結果だと思いたい。
下心なんてまったくないと、そう思わせてほしい。
「あ、あの……、私、早く温泉に入りたくって……」
この子の体温で、ちょっとはマシになったけども。
「『竜の牙』、うわさに違わぬ腕前だ……! こんな大物を二匹もしとめてくるとは……」
「いや、それよりも先の巨竜の姿……、あれはいったいなんなんだ……!?」
ガルダは冒険者たちにすっかり取り囲まれてしまったみたい。
「ちょっと、ちょっとごめんよ。みんなとはまたあとで……」
熱烈な歓迎をかき分けて、なんとか私たちの方へとやってくる。
「おかえりぃ。無事でよかったよぉ」
「あぁ、無事さ。サクヤも……、ネリィのおかげでね」
「あ、そうだよぉ、ネリィ! いきなり飛び出していっちゃって、……本当に、心配したんだからねっ」
そう言うアイナは若干の涙目。
私の冷え性をよーく知ってるもんね。
たくさん心配させちゃったんだろうな。
「ごめんね。でも、行った甲斐はあったから」
「そうさね。ネリィが来てくれなかったら、あの子は今生きてないんだ」
「そ、そうなんだ……? えと、詳しい話はあとで聞くとして、まずはあの人に報告してあげよ?」
人だかりの中から、村を滅ぼされた依頼人の男の人をちょいちょいと手招き。
その人は少しおどろいたあと、小走りでこっちへやってきた。
そして、ガルダの前で深く頭を下げる。
「……『竜の牙』、ありがとう、村のみんなの仇を取ってくれて」
「頭を上げてくれ。アタシはアタシのやるべきことをやったまでさ。……さて、アンタの仇はここに連れてきてやったわけだが、どうする? 煮るなり焼くなり、好きにしていいよ」
「仇を討ってくれた、ただそれだけで十分だ。竜の骸はあんたらが、この村のために役に立ててくれ」
「そうかい。……だとさ、ミア。あとはアンタが煮るなり焼くなり好きにしな」
「心得たのだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
おっと、どこにいたのかと思ったら。
アウロラドレイクの死体の影から、ミアがさっそうと飛び出した。
獲物を狩る時に使うという、巨大な『鬼斬り包丁』をその手に振りかざし、竜の巨体に立ち向かう。
「……食材には二本の包丁を使うんじゃないの?」
「これほどまでに巨大な相手、到底食材とは呼べぬ! まずはコイツをさばいて、肉を切り出せるようにしてからなのだ!」
……まぁ、そうか。
普通サイズの包丁でコイツをさばいたら、どんだけ時間かかるんだよって話だな。
「いくのだ、まずは……参舞颪!!」
ド派手な多段斬りとともに、ドラゴンの解体がはじまった。
この調子じゃ、朝ごはんはドラゴンのステーキになりそうだな……。
あとその前に、まずは温泉に入らなきゃ……、そろそろ死ぬ……。
〇〇〇
温泉から出てくる頃には、ミアの調理も完了。
朝ごはんはやっぱりドラゴンのステーキになった。
私だけじゃなくて、この村にいる全員が。
それでも、アウロラドレイクの肉は百分の一も減っていない。
そりゃそうだ、ベヒモスよりもデカいんだもん。
しかも二匹。
何人前になるんだ、これ。
「……それにしてもうまいな、アウロラドレイクの肉」
脂がよく乗っていて、それでいてくどくない。
寒い寒い空の上で暮らしていて常に飛んでいるからか、筋肉が多くてよくしまってるし。
あと、ミアの作ったステーキソースと大粒のコショウも肉の味を引き立てる。
……朝食にはちょっと重いけど。
「これだけ在庫があるんだから、無くなるまでは食堂のメニューに加えるのもアリか」
私らだけで食べてたら、何年かかれば食べきれるのかわかんないし。
あ、保存については問題ないよ。
私がしっかり凍らせておくから。
置き場に関しては、村の外れに氷山でも作っとくか。
「で、皮は武具や日用品、骨も同じく、と」
「でも、アレはどうしようねぇ……」
「アレね……。ミアの技でも切れなかったんだよね、アレ」
アレとは、アウロラドレイクの極薄の翼膜。
ミアの繰り出す技の数々を受けてキズ一つつかず、そもそも翼膜なので食べられない。
さて、どうしよう。
「強度を活かして防具にするとかぁ?」
「職人さんでも加工するの大変そう。しかもアレで防具を作ったら……」
体がスケスケ。
とんだ露出狂の完成だ。
他になにかいいアイデアはないか、ステーキをほおばってコショウの風味を感じたその時。
「……まてよ。そうだ!」
ピリリとひらめいた。
ずっと前から考えてたアレ、この素材があれば実現するんじゃないか?




