32 竜を狩りに
宿屋の一室にて。
東の村から逃げてきたっていう男の人が、頭を抱えて震えながら語ることには……。
「祭りの最中だったんだ……。秋の豊作を祈るため、ワイバーンを一匹まるごと村の広場で焼いていたとき、ヤツは天から舞い降りた……。みんな、ケントもジェニーもみんな消し炭になったんだ……。逃げ出せたのは、俺だけだった……っ」
「そのドラゴン、特徴は?」
「わからない、見る余裕なんかなかった……。ただ、誰かが空を指して『ドラゴンだ!』と叫んだから、ドラゴンと言っているだけで……。で、でも、遠く離れてふりかえった時、空に虹色のカーテンがたなびいていた……」
「オーロラ、か……。十分だ、辛いときにすまなかったね。ソイツは必ずアタシが討ち取る」
大きくうなずくガルダ。
男の人はうずくまって土下座みたいな姿勢になると、両手を合わせて涙声で頼み込んだ。
「お願いだ……、ドラゴン殺しとして名を馳せるアンタにしか頼めねぇ……! みんなの仇をとってくれ、『竜の牙』……!」
「あぁ、任せときな」
肩をかるくポン、と叩いて、ガルダが立ち上がる。
それからジェスチャーで、私たちにも部屋を出るようにうながした。
そうだよね、今は一人にしてあげよう。
部屋を出たところで、まずは質問。
「たったあれだけの情報で、ドラゴン探して倒せるの?」
「言ったろ? 十分だってさ。敵は十中八九『アウロラドレイク』。成層圏にひそみ、超高空を旅する竜さ。目撃例自体がほとんど無い上に、アタシも会ったことはないんだけどね。ネリィが倒したベヒモスよりも強いらしい」
「ベヒモスより……。そりゃ相当だね。ところでせいそうけんって……?」
「言うなればメチャクチャ高い空さね。コイツは夏の終わりの繁殖期になると低空へ降りてきて、栄養のために小型飛竜を狙って食べる。しかも相当鼻が利くらしいんだ」
「焼けたワイバーンのおいしそうなニオイを嗅ぎつけてやってきたってことか。ワイバーンさえ焼かなければ、この村に特に危険はないんだね。だったら放っておいても……とはいかないか」
「あぁ、あんな顔で頼まれたら、『竜の牙』としちゃ黙ってられない」
グッと拳を握りしめるガルダ。
かっこいいな、と思ってしまったり。
「かっこいいです、素敵ですお姉さまぁ!」
「うわっ!」
私たち二人だけだったはずなのに、いったいいつからいたんだ、サクヤ。
……たぶん、ずっといたんだろうな。
日が傾きはじめたころ。
鎧姿に大剣『竜の牙』を背負った勇ましい姿で、ガルダが宿の正面玄関から外に出る。
とたん、周囲の冒険者の目が一身にそそがれた。
いつもメイド服姿でアイナにいやらしい目をむけられてるけど、やっぱりこの人すごいんだよな。
有名人だし、めちゃくちゃ強いし。
ちなみにサクヤもガルダといっしょだ。
「気をつけてねぇ……。無事にもどってきて、またメイド姿見せてねぇ……!」
「平気ですよ! お姉さまは無敵です! それに私もいっしょですし!」
「サクヤちゃんも気をつけてだよぉ……。無事にもどったらムチムチのふとももでひざまくらしてね……!」
見送りに出るのはもちろん私とアイナ、それからミアだ。
てかアイナ、そのエールはどうなの。
「ドラゴンの亡骸は必ず持って帰ってくるのだぞ! ミアに調理させるのだ!」
「わかったわかった、持ってくるから。そいじゃ、ちょっくら行ってくるよ。明日の朝にはもどるからなー」
〇〇〇
アウロラドレイクは夜行性の竜。
狙うは深夜、狩り場は空にもっとも近い場所。
村から遠く離れた、襲われた村に程近いグラスポート連山のひとつ、その山頂だ。
今アタシたちは、日が暮れ始めた森の中、ある場所を目指して歩いている。
「……あの、お姉さま? 山頂にむかうのではなかったのですか?」
サクヤの言う通り、今むかっているのは山頂じゃない。
その前にすませるべき、下準備のための寄り道だ。
「ヤツを釣り出すには、おびきよせるためのエサが必要だろ? ……っと、あったあった」
身をかがめて、茂みの中からそっとのぞき込む。
広がっていたのは、深い断崖絶壁。
その壁面に群れをなす大量のワイバーン。
「飛竜の巣……。探していたのはコレですか」
「あの中から一匹狩って、竜の釣り餌にするってわけさね」
「さっすがお姉さま、そこまでお考えとは! あの程度の相手、お姉さまのお手をわずらわせるまでもございません!」
「えっ……!? ちょ、待っ――」
サクヤがふところからクナイを取り出し、止める間もなく、巣から飛び立った一匹めがけて投擲。
見事に首の急所に突き刺さり、絶命したワイバーンは真っ逆さまに落ちていく。
「おいおい、せっかく仕留めた獲物が……」
「ご心配なくお姉さま。抜かりなし、です!」
続いて取り出したフック付きのロープをブンブン回して、クナイと同じようにワイバーンの死体へ投げつける。
ロープが首にグルグル巻きついて、最後にフックが深々と突き刺さった。
そしてサクヤ、この細い腕のどこにそんな力があったのか。
おもいっきり引っ張ると、ワイバーンがこっちへすっ飛んでくる。
そいつを茂みの中に引き込んで……。
「確保完了です、お姉さまっ!」
「サクヤ……」
みごとな手際だった。
巣のワイバーンたちのただ一匹も、異常が起きたことに気づかない早業。
二年間修業してたっての、本当みたいだね。
「よくやったね。助かったよ」
なでなで。
若女将がネリィやミアに時々やってるように、サクヤの頭をなでてほめてやった。
すると……、
「ひぎゅっ!? おおおおおおおお姉さまぁぁぁぁ!!??!? はぎゅぅ……」
「えっ、ちょっ、おい……!」
奇声を発してからの、まさかの気絶。
アタシ、なにかやっちゃった……?




