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3 ぬくぬく




「お客さ~ん、お湯加減はいかがですかぁ~? 熱かったらぬるくしますよぉ」


「このままでいいよ……。はふぅ、最高ぉ。生き返るぅ……」


 あったかい温泉に肩までつかって体中をあっためる。

 気持ちよすぎて頭がとろけそう……。


「助かったよ、アイナさんだっけ。キミは命の恩人だぁ……」


「死にそうな人見たら放っておけませんよぉ」


 ふわっとしたボブカットの茶色い髪をゆらして、アイナさんがほんわか笑う。

 おっとりした感じのってのが第一印象だ。


 フォレストヴォルフの群れに連続で襲われたあと、私はこごえ死にそうになりながら、命からがらこの村にたどり着いた。

 そこで力尽きて動けなくなってたところを、アイナさんに救われたんだ。

 彼女がやってる宿屋の温泉に放り込んでもらって。


 石造りの温泉に流れ込むお湯の音。

 あたりには緑豊かな山が広がってて、鳥の声がかすかに聞こえる。

 お湯にはなんだかポカポカする魔力も溶け込んでて、なにもかもあったかい、最高の癒し空間だよ……。


「ふへぇ……、ずっとここ入ってたい……」


「えへへ、当旅館自慢の温泉ですから」


 嬉しそうに笑うアイナさん。

 ちなみに彼女は私の後ろ、温泉のふちにしゃがんでお湯加減を見てくれてる。

 もちろん服は着たままで。


「あのぉ、ところで聞いてもいいですか? どうしてこごえていたんです? 氷のモンスターにでもエンカウントしたとかですかねぇ」


「あ、違くて……。話せば長くなるんだけど……」


 とりあえずかいつまんで、必要なとこだけサクッと説明した。

 氷の魔力を制御できなくて凍えてしまう自分の体質。

 サウザント王国の王都にむかっていたこと。

 近道しようとして山につっこんで、魔物に襲われまくったことまで。


「た、大変な道中だったんですねぇ」


「……そんだけ?」


「え? はい、そんだけです」


 あっさり信じてくれるんだ、このおかしな体質のこと。

 ロシュトに初めて打ち明けた時はちっとも信じてもらえなかったのに。


「まぁ、いっか。とにかくそんなわけで大変だったよ。王都への近道だって吹き込んだおっさん、あとで氷漬けにして……」


「近道なのは本当ですよ?」


「……本当なの?」


「直線距離なら、ですけどねぇ。王都はこのグラスポートの山をこえたむこうです」


「山越えコース、だったんだ……」


「はい。王都への街道は二つありまして、昔からある山をこえるルートと、数年前にできた山脈のふもとをぐるっと回るルートです。あっちは遠回りですが魔物も出ませんし、歩きやすい平らな道で宿場も数多く、ほとんどの人がそっちを使ってます」


「こっちにはほとんど誰も……?」


「ほとんどですね~。数年前までは宿場として栄えてたんですけども」


 なるほど、この宿がやけに大きくて立派な理由にも納得だ。

 レンガ造りの三階建て、横幅は普通の民家が軽く十件くらい入りそうな立派なお宿。

 貴族の屋敷と言われても納得しそう。

 貴族の屋敷にしちゃ少々ボロっちいけど。


「通る人が少なくなって、泊まる人はもっと少なくなって。今となっては一日に一組、泊まってくれればいい方ですねぇ」


「もったいないな、こんなにいい温泉なのに」


 肩にお湯をかけてから、足をぐーっと伸ばして体を浮かせる。

 この温泉が埋もれちゃうの、ホントにもったいないって思うよ。


「………………」


「……ん?」


 なんか、アイナさんが一点を食い入るように見つめている。

 私の……胸のあたり?


「あ、厚着していてわからなかった……。これはなかなかのもの……」


「アイナさん? どうかした?」


「……はっ! なんでも、なんでもありません!!」


 あわてて目をそらした……。

 いったいどこ見てたんだ。


「えっと、えっとぉ……。あ、そ、そうだ! そろそろのぼせちゃいません?」


「んやぁ、ちっとものぼせる気配ないよ。一生入ってたい……、もうお湯の中で暮らす……」


「い、一生は困ります……」


「さすがに冗談」


 のぼせそうにないのはホントだけどね。

 名残惜しいけど、あんまり長湯してると迷惑だろうし、お湯の中から立ち上がろうとしたその時。


 ゴゴゴゴゴ……!


 低い轟音とともに地面が激しくゆれ始めた。


「わわわ、じ、地震でしょうか……」


「違う、これは……」


 ただの地震じゃない。

 強烈な魔力の波動が、地下から迫ってきてる……?

 胸騒ぎを覚えながら山の中腹に目をやると。


 ドゴオオォォォッ!!


 木々と土砂をふっ飛ばして、巨大な魔獣が姿を現した。

 灰色の短い毛でおおわれた筋肉の塊みたいな体に、頭から生えた二本のねじまがったツノ。

 遠く離れたここからでも、はっきり表情がわかるほどの巨体だ。

 モンスターは村の方をジロリとにらんで、ゆっくりこっちに近づいてくる。


「な、な、なんですかぁ! あの強そうなモンスターわぁ!」


「大魔獣ベヒモス……! 大迷宮の奥深くにでも行かないかぎり出くわさない最上級の大物が、どうしてこんなとこに……!」


「あわわわわ……! と、とにかく村のみんなを避難させないとぉ」


「待って、手伝うよ! いい湯をごちそうしてくれたお礼も兼ねて」


 走っていくアイナさんを追いかけて温泉から飛び出す。

 服を着るために脱衣場に走り出す中で、私はとある違和感に気がついた。


「……あれ、ちっとも寒くない?」


 お風呂から出たばかりだから、とかそういう次元じゃなくて。

 もっと根本的に、ずっと付きまとっていた寒さが根っこから消えていたんだ。




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