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29 ヤバい




「私のクナイ、確実にネリィさんのうなじに突き刺さるように投げたのに。簡単に避けられると、軽く自信無くしちゃいますね」


 とか言いつつ、サクヤは不敵な笑みを浮かべたまま。

 クナイっていうのか、黒い矢じりみたいな形の短剣をくるくる回しながら、なんでもないことのように言ってのけた。


「……どういうこと? キミ、どっかに雇われた暗殺者なわけ?」


「暗殺者? とんでもないです。たしかに暗殺稼業もこなせますけども」


「違うんだ。だったらますます気になるな、どうしてこんなことしたのか。誰にも言わないから教えてよ」


 どうも怪しいとは思ってた。

 まずやってきたタイミング。

 ミスティックダンジョンがおおやけに発表されてすぐ、この子は宿に姿を現した。


 そして登場の仕方も。

 あんなの、まるで気配を消してこっそり私たちのミーティングを聞いていたみたいだ。

 そして、頃合いを見計らって自然に宿へ入り込む、と。


「……もしかして、どこかに雇われたスパイとか?」


「お、おぉ……。強さだけじゃなく、洞察力もなかなかのもの……!」


 認めたねー。

 言い逃れできないと観念したのか、本気で私が誰にも言わないと信じてるのか。

 ……後者はありえない、か。


「諜報こそシノビの本領! その通り、私はとあるスジから『森のみなと亭』を監視するよう送り込まれたスパイです! あ、他言無用でお願いしますね!」


 なるほどね。

 おもに私やガルデラさんのおかげで、『森のみなと亭』の戦力はとんでもないことになってる。

 脅威に感じたどっかのお偉いさんがスパイをよこすこともあり得るか。


「……まぁ、普通に宿屋してるだけだし、スパイされても関係ないか。いいよ、宿のジャマしないなら」


 この子が来たことで人手不足が解消されたのは事実。

 ただ監視してるだけなら、宿にとってプラスの方がずっと大きい。

 今抜けられたら宿が立ち行かなくなりそうだし。


「助かります! 絶対にジャマはしませんので! 見てるだけですからご安心を!」


 いや、ご安心はできないけども。


「で、雇い主は?」


「さすがに言えませんよー。信用にかかわりますですので。質問は以上でしょうか!」


 明るく能天気に、それでいてのらりくらりとかわしてくるな。

 ともかく、この子がスパイということだけはわかった。

 だとしても、まったく納得できないことが一つ。


「最後に一つだけ。暗殺者じゃなくてスパイなら、どうして私を殺そうと?」


 これだけホントにわからない。

 この子の目的と私を殺すことがまったく一致しない。

 正体がバレるデメリットしか見当たらないし、現にこうやってバレたし。


「あははっ、そんなの簡単ですよー。――愛しのお姉さまを公衆の面前ではずかしめたあなたを、ちょっと許せなくって」


 ……いや、怖いんだけど。

 いきなり目の光が消えて、表情も消えたんだけど。


「お姉さまになれなれしく接しているし」


 真顔で淡々と、感情をまったく込めずに早口で恨み言ぶつけてくるんだけど。


「やけに親しそうにして、そもそも一つ屋根の下で寝食しんしょくを共にするだなんて」


 なにこの子、怖いんだけど。


「だからね、あのお姉さまを圧倒できるほどなら殺す気でいっても死なないかなーって、ちょっと試してみたくて試してみたくて試してみたくて仕方なくなっちゃったんですよ」


「へ、へぇ……」


 その結果、正体がバレても仕方なかったと……?

 ヤバい。

 この子、おかしい。


「でもー、どう頑張ってもあなたは殺せないみたいですね! だからすっぱり諦めました! 任務にも支障が出ちゃいますし、シノビの心得にならって刃の下に心を隠すこととします!」


 そして突然の笑顔。

 さっきまでの感情豊かにハキハキしゃべるサクヤが戻ってきた。

 その笑顔が今となってはもう怖い。


「えーっと、ガルデラさんのこと好きなのはホントなんだ」


「好きですよ? 愛してますよ?」


「……そうなんだ! 応援するね!! 二人がラブラブになれるように、なんでも手伝うよ!!!」


「わー、ホントですか!? えへへっ、ありがとうございます! ネリィさんって良い人だったんですね! あなたへの殺意、キレイさっぱり消えました!」


 とびっきりの笑顔をありがとう。

 でも私、しばらく心が休まらなそうだよ。



 〇〇〇



 仕事が終わって、いつものみんなで入浴タイム。

 いつもと違うのは、サクヤが一人増えたこと。


「はふぅ、いいお湯ですねー。疲れが吹き飛びます」


「サクヤ、文字通り十人分働いてくれたもんな。おかげでとっても楽だったよ」


「このくらい朝飯前ですよ。それに、お姉さまのためならいくらでもがんばれます!」


 宿のメンバーに加わったわけだから、いるのは当然なんだけど。

 なんだろう、私だけが感じてるこの緊張感。


「お主の分身の術とやら、とっても興味があるのだ。果たしてミアにもできるのか……」


「魔法じゃないですし、練習すればきっとできますよ! もしよろしければ教えましょうか?」


「いいのか!? ならばぜひとも教えを乞うのだ!」


 こうして見てると、人当たりのいい明るい女の子なのにな……。


「うへ、うへへ……。足がいいよねぇ……。胸もいいんだねぇ……」


 アイナは相変わらず、と。

 もっと私の裸も見てほしい。

 それはそれとして、このハラハラ感よ。


「おーい、ネリィ。どうした? 温泉だってのに寒そうな顔して、らしくないぞー」


「な……っ、なんでもないよ、ガルデラさん」


 なんでもなくないけどね。

 アンタとアンタの厄介ファンのことで悩んでるんだけどね。


「……ならいいんだがね。ところで前から思ってたんだけどさ、アタシが年上だからってかしこまりすぎじゃないか?」


 いや、このタイミングでなにを切り出しなさるおつもりで?


「アイナはそういうキャラだからいいとして、ネリィ。アンタ人にさん付けするガラじゃないだろ」


「ま、まぁ……」


「アタシもここに来て長くなってきたしさ。そろそろ呼び捨てとか、あだ名で呼んでくれないか? もっと親しくなりたいんだ。いいだろ?」


 いい提案だけども。

 いいスマイルをむけてくれるけども。

 あなたの横で真顔になってる女の子にも気づいてほしいなって、ちょっと思ってしまった。




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