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28 変わり始めたグラスポート




「サクヤ、二番テーブルに特製スープパスタ、五番テーブルに山魚の香草焼きと子羊のソテー、十番テーブルに特製グラタン四人前なのだ!」


「はいはい、おまかせあれですよー!」


 ミアが料理を作ったそばから、サクヤが流れるように料理を運んでいく。

 あの子のおかげで、食堂の回転率は大幅アップだ。


 もちろん楽になったのは食堂だけじゃない。

 宿泊客の対応だって……。


「二階の208号室にどうぞですっ!」


「お客様、三階の305号室にご案内です!」


 アイナとガルデラさんが他のお客さんたちを案内してる間に、二人のサクヤがそれぞれ新しいお客さんをご案内。


「キミ、双子?」


「そんなとこですー」


 双子どころか十つ子だけども。

 お客さんのもっともな疑問を流しつつ、サクヤは分身の術を使ってテキパキ働いてくれている。


「私ちょっと必要なもの買ってくるから、アイナに伝えといて」


「了解です!」


 そばにいたサクヤの一人に行き先を告げて、私は宿を出た。

 扉を開け放って、広がる景色はもうかつてのグラスポートの村じゃない。


 たくさんの冒険者たちであふれかえる道。

 四人組のパーティーが、新しく作られたダンジョンへ続く山道を進んでいく。

 仮設の出張冒険者ギルドが村の中心あたりに立てられて、もうすぐ本格的な支部が完成するらしい。


 人が集まる気配を目ざとい商人たちが見逃すはずもなく、移り住んできた彼らによって新しい店も開かれた。

 回復薬やダンジョンで役立つアイテムを売る店、日用品を売る雑貨屋、魔石を売り買いする店。

 あとは武器や防具の店とか。


(移住希望者だって出てくるだろうな)


 このぶんだと、もうすぐこの村はグラスポートの町になりそうだ。


(温泉を一人占め、というわけにはいかなくなったけどね……)


 いつでも貸し切り、独占状態だった温泉にも、今は常にだれかが入ってる。

 温泉の良さが広まったのはいいことだ。

 それが私の望みでもあったわけだし。


 けど、これ以上増えるとそもそもキャパオーバー。

 今のままじゃ、正直せますぎるんだよね。


「増設拡張、アリかもね」


 私的にはメインは温泉。

 今後はそこを推していこうかな。


「……と、もう雑貨屋さんか」


 まず用事があるのがここ。

 コショウの栽培を始めてから二か月、収穫は無事に終わった。

 次はもっとたくさんのコショウを育てるために、新しくできた雑貨屋で植木鉢を追加で二十個ほど注文。

 あとで宿に届けてもらうように頼んでおいた。


 もっと大規模な栽培ができればいいんだけどね。

 これから寒くなってくるし、コショウが枯れないくらいの温度と湿度を保てる広い空間を作る方法があれば……。


「……ま、そんな都合のいい方法、パッと思いつかないか」


 ないものねだりは置いといて、次行こう。

 雑貨屋を出てすぐのところにあるカヤさんの鍛冶屋へ。

 店内に入ると、店の主は奥の作業スペースで剣に砥石をかけていた。


「カヤさん、今ちょっといい?」


「悪りぃ、手が放せねんだ。注文だけなら聞くよ」


「それで十分だよ、注文しにきただけだから。植木鉢のガラスケース、追加で二十個作ってほしいんだ」


「また園芸かい? ま、コツは前のでつかんだ。ちゃっちゃと終わらせてやんさ」


「ありがとう。ごめんね、こんな大変な時に」


 村に冒険者が山ほど来るようになったことで、カヤさんは雑貨屋をたたんで本業の鍛冶屋に集中。

 武器のメンテナンス依頼が大量に舞い込んで、連日大忙しだ。


「あんたらがいろいろがんばってくれたおかげで儲かってんだ、お礼を言うのはこっちの方さ。村の連中みんな、そう思ってるでな」


 笑顔でそう返してくれるカヤさん。

 正直なところ、ちょっと不安に感じてた。

 私が余計なことをしたせいで、村の平穏が壊されたなんて思われてやしないか、とか。


 もちろんカヤさんの意見は、村の全員の総意じゃない。

 けど、この人だけでもそう思っていてくれて、なんだか誇らしくなった。


 宿とアイナのためだけに動いてきたことも、ちゃんと村全体のためになってたんだって。

 間違いじゃなかったんだ、って。


 さて、最後はルミさんの家畜小屋。

 新鮮なタマゴとミルクをもらいに行って、用事は終わり……なんだけど、その前に。


(はぁ、余計な用事が出来ちゃいそうだな……)


 ため息まじりに、道を外れて森の中へと足を踏み入れる。

 宿を出てからずっと私のあとをつけてきている、とびっきり集中しないとわからない小さな小さな気配。

 その目的をたしかめるために。


 木々の間をしばらく進んで、村から十分に遠ざかったところで足を止める。


(そろそろ仕掛けるか……)


 こんな不自然な動きをすれば、むこうもたぶん気づかれたことを悟るはず。

 こっちから声をかけるか、それとも時間を止めて――。


 ヒュッ!


 風を切る甲高い音、背筋に感じるたしかな殺気。

 とっさに真横に飛びのくと、矢じりのような形の黒い短剣が飛んできた。

 見慣れないその武器は、私の頭があった辺りをつらぬいて木に突き刺さる。


「おぉ、お見事です! ブチ殺す気で放ったのですが、お姉さまを倒したという話、ウソじゃないみたいですね!」


「殺すつもりかー。……穏やかじゃないね、サクヤ」




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