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26 この笑顔のために




 むかしむかし、と言っても五十年ほど前のこと。

 サウザント王国の西にあるボクスルート地方に、王都ボクスルートがありました。


 平原が続く豊かな土地、温暖な気候。

 水運の要となる大きな湖に、網の目のようにあちこちを流れる河川。

 食べ物にも流通にも不自由のない、一国の首都を置くのに理想的な土地でした。


 ある日、王様は言いました。


「この世でもっとも純度の高い魔石、純魔晶石なるものがあると聞いた。一度でいいから見てみたいものだ」


 小耳にはさんだウワサ話、世間話のつもりで口にしたこの願いを、側近たちはかなえてさしあげたいと思いました。

 方々手を尽くし、あらゆる情報をかき集めて、ようやく見つけた純魔晶石。

 まるで燃え盛る炎をそのまま固めたような、それはそれは美しい石でした。


「お主ら、例を言うぞ。しかし、この石はさぞ貴重なものなのだろう。ワシの願いは一目見ることのみ。あとはそなたたちにたくそう。民のため、研究に役立ててくれ」


 王様の命を受け、宮廷の研究者たちは大いに張り切りました。

 王様のため、民のため、国のため、必ず純魔晶石を役に立てると意気込みました。


 しかし、炎の純魔晶石の力は彼らの想像をはるかに越えるものでした。

 あらゆる物体を無限に加熱し、あらゆるものを燃やしてしまう。

 この力を制御しようとする研究の末、恐ろしい兵器が生まれてしまったのです。


 王様はこの兵器を平和のため、戦争の抑止力として使うことを決めました。

 この恐るべき力を持っている限り、他国は恐れて攻めてこないだろうと。

 それが民のため、国のため、平和のためになると信じて。

 そして、兵器の存在の大々的な発表を翌日にひかえたその日。


 空から、なにかに吸い寄せられるように、破滅の化身が舞い降りました。


 人が、街が、自然が、あらゆるものが燃やし尽くされ、豊かだったボクスルート地方は、その全域が草の一本すら生えない、人の住めない不毛の土地となってしまったのです。



 〇〇〇



「ガルデラさんが追ってるドラゴンが、遷都せんとの原因だったんだ……」


「うん……。ドラゴンがやってきた次の日に、なにかの発表がある予定だったらしくって」


「なにか、って?」


「わかんない。おじいちゃんは教えてくれなかったの。でも、とってもすごいものだったみたいなんだぁ。あらかじめ、王国中の貴族が王都に集められてね」


「……アイナの、おじいちゃんも?」


「おじいちゃんは行かなかったの。たまたま体調を崩してたから、弟夫婦に代わりに行かせたって。ご両親――ひいおじいちゃんたちもついて行ったみたい」


 アイナはうつむいたまま、握りこぶしを震わせた。


「それで、ね……? 王族のごく一部だけが、なんとか逃げのびたらしくって。……みんなの訃報ふほうと王都の滅亡を聞いたとき、おじいちゃんはグラスポート――今の王都じゃなくて、この村にある別荘に、宿になる前のここに療養に来てたんだ」


 しだいに手だけじゃなくて、声まで震えだす。


「今みたいに、ちょうどこの温泉に入ってるときに――」


「もういい、もういいよ、アイナ」


 そっとアイナの手に手を重ねる。

 こうして触れ合ってたら、きっとあったかくなって震えなんて治まるよ。

 震えの原因が、寒さでも怖さでも怒りでも、なんでも。


「話したくないことなら、話さなくていいよ。ただでさえ怖い目にあったあとなのに」


「……ありがと、ネリィ。でも大丈夫、あたしが聞いてほしいことだから。……けど、ちょっとのぼせてきたかもねぇ。そろそろ出よっか」



 アイナの部屋で、アイナといっしょのベッドに入って、くっついて横になる。

 いつもは別々に、それぞれの部屋で寝るんだけど。

 今日のアイナは寒そうだから、私がずっとくっついててあげたいんだ。


「えへへ、あったかいねぇ」


「うん、あったかい。こんなにあったかい寝床、はじめてかも」


 あったかいし、いい匂いがするし。

 許されるなら、これからもずっとアイナといっしょに寝たいな、なんて。


「……続き、話そっか。ドラゴンに襲われて、ボクスルート地方はまるごと人の住めない荒れ地になって……」


「だから遷都せんとが必要だったんだよね」


「どこかの貴族が領土を提供しなきゃいけないことになって、でもどこの貴族も当主が死んじゃってゴダゴダしてたらしくてね……」


「そんな中、おじいさんが名乗りを上げた?」


「うん。領土を――今の王都の場所にあった領都を明け渡して、この村に移り住んでからも、しばらくはおじいちゃん貴族のままだった」


「領土を失って、すぐに貴族をやめたわけじゃなかったんだ」


「その時のおじいちゃんね、すごかったんだって。国が弱っている間は北のノルザミアとの国境を見張って、情報が出ていかないように目を光らせてたの。グレンダルさん、いつも自慢げに話してくれるんだぁ。それで、国内の情勢が落ち着いてから爵位を返上したの」


 誇らしげに話すアイナは、ほんわか笑顔を浮かべてる。


「王様ね、領土がなくても特別に貴族のままでいさせてくれるって言ってくれてたの。でも、名ばかりの貴族じゃ他家に示しがつかないからって。平民になったあとの生活支援まで貴族の誇りが許さないって断ったり、ホントとんでもないおじいちゃんだよぉ。おかげであたしが苦労してるしっ!」


 と思ったら、今度はぷんぷんほっぺをふくらませたり。

 この子の表情、見てて飽きないなぁ。


「……でもね、貴族をやめて宿屋をはじめてからも、おじいちゃんの心はグラスポート辺境伯のままだったよ。宿に泊まる客の中に怪しい人がいないか見張ったり、王都の盾でありつづけた。そのことを思うと、なんだかとっても誇らしいんだぁ」


「おじいさんのことも、この宿のことも、大好きなんだね」


「うん、大好き。だから守りたかった。一人だけになっても、つぶれそうになってもがんばった。そしたら、神様が奇跡をくれたの」


「奇跡って?」


「それはね……」


 ころん。

 私の方に寝返りをうって、顔を近づけるアイナ。

 私の顔が赤くなってるの、暗いからきっとわかんないよね。


「えへへ、ネリィだよぉ。ネリィのおかげで、この宿つぶれずにすみそう! ありがとぉ、大好きっ」


 ぎゅっと抱きつかれて、そのまま抱き枕にされてしまった。


 こっちこそ、この温泉に――アイナに出会えたのは奇跡だと思ってるよ。

 つぶれない程度じゃ終わらせない。

 この宿を世界一の宿にして、とことん恩返ししてあげるんだ。


 さぁ、明日からも頑張ろう。

 この子のほんわか笑顔を、ずっとずっと見続けられるように。




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