25 大好き
「ひぎゃああぁぁぁぁああぁぁっ!! あぢぃぃっ、あぢいよぉぉぉ゛あああ゛あぁ゛ぁっ!!!」
全身が炎につつまれたロシュトが、もがきながら絶叫する。
突然の人体発火、原因はただの魔石を大量に取り込んだから……?
私の食べた魔石って、やっぱり特別な――。
「ひっ……! あぅ……」
とさっ……。
「アイナ……!」
あまりにショッキングな光景に、アイナは意識を失ってその場に倒れこんでしまった。
そして……、
「あ゛……、おれ゛、しぬ゛の゛か……。こんな、こんな……はず……じゃ……ぁ」
小さな声でうめいたのを最期に、ヤツはピクリとも動かなくなる。
狂った元主人のパチパチと燃える死体にチラリと哀れみの視線をむけたあと、私はアイナをお姫様抱っこで抱えあげて村へと歩きだした。
「あ、あれ……? ここ、グラスポート……? あ、ネリィ……」
森を出て村についたところで、アイナが目を開ける。
ぼんやりした顔でキョロキョロしたあと、私に抱えられてることに気づいた瞬間、みるみる涙がたまっていく。
「アイナ、もう大丈夫。もうなにも心配いらないから」
「ネリィ……っ! 怖かったよぉ……っ! う……っ、うぅ……っ」
「ごめんね、私のトラブルに巻き込んじゃって」
「どうして謝るのぉ……っ、ネリィのせいじゃないのに……、うえっ、うえええぇぇぇぇぇ……」
よっぽど怖い思いしたんだろうな。
アイナは私の胸の中で、しばらくの間泣き続けた。
ガルデラさんたちが駆けつけてくるまでの数分間ほど、ずっと。
「若女将、ケガはないか!」
「アイナ無事なのだ!?」
「み、みんな……、ぐす、あたしは大丈夫だよぉ」
二人とも私の心配はしてくれないのか。
そりゃそうか。
脅迫状に一人で来いと書いてあったから、二人には村に残ってもらっていた。
そのかわりに憲兵――はこの村にいないから、いざという時のためにグレンダルさんを連れてきてほしいって頼んでおいたんだ。
犯人をとっ捕まえたあと、王都から憲兵が来るまで閉じ込めておく場所の確保のために。
犯人死んじまったけどさ。
「お嬢……。おめぇさ、よくぞお嬢を助けてくれた。お嬢になにかあっちゃ、あの世であの方に顔向けできねぇ。感謝してもしたりねぇ」
グレンダルさんは、深く深く頭を下げる。
あの方って、もしかしなくてもアイナのおじいちゃんのことか。
ま、その話は落ち着いてからで。
「当然のことをしたまでだよ。それより、犯人の焼死体が奥の方に転がってるから、みんなで始末しといて。私はアイナを宿まで送るから」
「し、死体……? ネリィ、殺したのか……!?」
「まさか。ただ狂って自殺しただけ」
「そ、そうか……、よかった……」
そう、わざわざ殺してやる価値すらないよ、あんなクズ。
〇〇〇
宿にもどってきて、二人で温泉につかる。
怖い目にあった時は体をあたためて、リラックスするのが一番だ。
この子にはいつも、ほんわか笑顔でいてほしいから。
「ネリィ、ホントにありがと……。ネリィが来てくれたとき、とっても嬉しかったんだぁ」
「行くよ、当たり前じゃん」
「……あたしが、貴族でも?」
「関係ないよ。私が嫌いなのは貴族ってよりアイツ個人ってのが、さっきので改めてわかったし。それに……」
「……それに?」
「たとえ貴族そのものが嫌いだとしても、アイナだけは特別だったと思う」
「え……?」
この子の不安を取りのぞくためにも、怖かった思いを忘れさせるためにも、ハッキリと伝えなきゃ。
「好き。大好きだよ、アイナ」
「あ……」
アイナの目から、涙がスーッと流れる。
あれ、私なんかやっちゃった?
「ごめん、いきなり変なこと言っちゃって……!」
「違う、違うの、嬉しくってぇ」
よかった、うれし泣きか。
……いや、かなり嬉しい。
「あのね、あたしね……。おじいちゃんが死んじゃってからずっと一人でぇ……。村のみんなは優しかったけど、同年代の友達もいなかったし……」
ここで、「ご両親は?」とか無神経な質問はできないな。
どこにもいないってことは、きっとそういうことなんだろう。
「だけどね、ネリィが来てくれてから毎日がにぎやかで楽しくって。ネリィにはとっても感謝してて……。だから、もしもネリィに嫌われたらどうしようって、ずっとそればっかり考えててぇ……」
そこで言葉を切って、涙を腕でぐいぐいぬぐうと、アイナの表情は満点のほんわか笑顔に。
「こんなに楽しくって忙しい毎日をプレゼントしてくれてありがとう。あたしもネリィのこと大好きっ!」
「アイナ……っ!」
ぎゅっ!
愛しさがこみあげてきて、思いっきり抱きしめる。
温泉の中で裸同士とか、そんなの関係なく。
「好き……、アイナのことが好き……っ」
「えへへぇ、あたしもぉ。ネリィはあたしの、とっても大事で大好きなおともだちだよぉ」
「お、おともだち……?」
あれ?
思ってたのと違う……。
違う、けど……、まぁいっか。
今はそれで。
アイナが嬉しそうだし。
「それに、うへっ、うへへ……。おっきくてやわらかいのが押しつけられて……」
……アイナが嬉しそうだし。
さて、落ち着いたところで、聞きたかったことを質問してみよう。
「グレンダルさんってもしかして、おじいさんの部下だったの?」
「あの人は元騎士団長さんっ。それだけじゃなくてね、村長さんは元執事長だし、他にもおじいちゃんおばあちゃんはほとんどお屋敷務めだったんだよぉ」
みんなそうだったのか。
ほとんど貴族関係者でできた村だったんだ、ここ。
「おじいさんが貴族をやめたのは、王都の遷都が原因?」
「そうなの。ここを王さまの直轄領にするからって。本拠に使えそうな飛び地がなくて、他の貴族の領土をわけてもらうわけにもいかないからって、おじいちゃん貴族やめちゃったんだぁ」
「……おかしいな。遷都したんなら、元々王都があった土地があくんじゃない?」
「……かつて王都があった地方ね、今は誰も住んでないの。住めなくなっちゃったの。草木一本も生えない、不毛の荒野になっちゃったから」
「ど、どうしてそんなことに……?」
王都があったってことは、交通の便も土壌もバツグンの土地だったはず。
そんな場所が地方単位で荒れ果てた荒野になるだなんて、ただごとじゃない。
「……ガルデラさんの話、覚えてる? 一国を滅ぼすほどの力を持った最強のドラゴンの話」
「もちろん覚えてるよ。……まさか、そいつが?」
私の問いに、アイナはコクリとうなずいた。
「王都の周辺――ボクスルート地方を滅ぼしたのは、そのドラゴンなの。だからあたし、あの時ガルデラさんをつい引き止めちゃったんだぁ……」




