24 狂気の果て
村長さんのおうちを出たところで、あたしは体格のいい男の人に声をかけられた。
マントとフードをつけていて、腰に剣をさしている、見るからに一人旅って感じの人に。
その人は新しくできたダンジョンを見てみたい、案内してほしいと言ってきた。
途中で魔物が出るかもしれないから、と断ったんだけど、自分が戦えるから問題ない、見るだけだから、と。
宿のお客さんになるかもだし、ぞんざいにあつかったらダメだよね。
そう思って案内を引き受けて、人目につかない森の中に入ったところで、
トンっ。
首に手刀を受けたんだと思う。
あたしの意識は暗闇に落ちていって……。
「…………ん、んん……っ、……えっ?」
意識を取り戻したとき、あたりはすっかり暗くなっていた。
「よう、やっと起きたか」
「あ、あの時のお客さん……?」
すぐそばには、ダンジョンへ案内してたはずの男の人。
この人が、あたしを……?
「……っ」
とっさに逃げようとするけど、
「逃がさねぇよ、お前は大事な人質だ」
「痛っ!」
あっさり捕まって、腕をひねり上げられてしまう。
「あ、あなた、誰ぇ……? どうしてこんなこと……」
「俺はロシュト・コンドンブル。お前んとこで雇ってる冷え性女のご主人様だ」
この人が、ネリィを追い出したっていうひどい貴族……!?
でも、どうしてこんなところに……。
「なんで、なんであたしを……」
「言っただろ、人質だってよ。招待状は宿に届けておいた。あの女が一人でのこのこやってきたところを、お前を盾にしてたっぷりかわいがってやる……。けひっ、けひひひひっ」
「そんなことして、なんの意味が……」
「うるっせぇなぁ!!!」
「ひっ……!」
眠った鳥が目を覚ますような大声と、なにより血走った目が怖くて、肩をすくませてしまう。
この人、普通じゃない……っ。
「あの女のせいで俺の人生はメチャクチャだ! 全部あの女のせいなんだよ! だったら報いを受けさせるのが当然だろうが!!」
怖い、怖い、怖い……。
この人はきっと、どこかが壊れてしまっている。
助けて……。
助けて、ネリィ……!
ガサガサっ。
「……おぉ、来たなぁ?」
草木をかき分ける音に、ロシュトという人の顔が歓喜に歪んだ。
そして私もあの人の姿を見て、安心感から涙がこぼれそうになる。
「アイナ、助けにきたよ」
「ネリィ……!」
〇〇〇
森の奥、約束の場所で待っていたのはロシュトだった。
それから、腕をひねり上げられて捕まっているアイナ。
あの男が一人でこんなところにやってきて、しかもアイナを巻き込むだなんて。
「約束どおり一人で来たみたいだなぁ? けひひっ」
「うん、一人だよ。で、アンタなんかが今さらなんの用?」
「……っあんだその口の利き方はぁ!!!」
おーおー、よく吠えやがる。
ぜんぜん怖くないけどね。
ただ、アイナは怯えちゃってるな……。
「ふぅー、ふぅー、相も変わらずムカつく女だぜ……。お前がいなくなったせいで、俺は不死隊を失い、名誉を失い、次期当主の座を追われ……。全部、全部お前のせいだ!!」
「はぁ? 自分で追い出しといてなにそれ。逆恨みにもほどがあんでしょ」
「うるせぇうるせぇうるせぇ!! お前を殺さなきゃ、俺の心が晴れねぇんだよ!! まずはこの女を盾にして、お前をじっくりたっぷり嬲ってやる……! けひっ、けひひひひっ!!」
……はぁ、コイツもうどうしようもないな。
「さぁ、コイツを殺されたくなかったら俺の言う通りに――」
「時の凍結」
ピキィィィィ……ッ!
時間を凍らせて、まずはロシュトの腰から剣を取り外す。
そいつを思いっきり遠くにぶん投げて、次はアイナ。
ロシュトの拘束から外して、少し離れたところに優しく座らせてあげた。
「ごめんね、私のせいで怖い思いさせちゃって」
たくさんあやまって、私の気持ちもちゃんと伝えるから。
明日からまた、いっしょに宿を盛り上げていこうね。
「……さて」
アイナとの明日を無事に迎えるにはジャマなヤツが一人。
二度、三度と右腕を回してから、死なない程度のパンチをロシュトの顔面に叩き込む直前、時の流れを解凍する。
「――しろっばぎゃぶぁああぁぁぁぁぁっ!!!!」
グシャァァァァァッ!!
拳が顔面にめりこんで、ロシュトはきりもみ回転しながら吹き飛び、木にたたきつけられた。
「ばっ、ぶぁっ、なんで、どぉ゛して、なにが起ぎた……っ!?」
鼻血をダラダラ流しながら困惑するロシュト。
いきなりアイナがいなくなって、目の前に私が現れた。
そりゃ何も知らなきゃ戸惑うだろうけど、
「知ってるでしょ、アンタ。何度も言ったはずだよね。私は時間を止められるってさ」
「ぶばっ、ま、まさか本当に゛……っ」
ようやく信じたか。
ロシュトは鼻血を垂れ流しながらうつむいて、プルプル震える。
さて、これからこの男をどうしようかな。
殺すのは嫌だし、無難なトコだと憲兵に突き出して、国に強制送還させるか。
「ネリィ……、怖かったぁ……」
「もう大丈夫だよ。さ、帰ろう」
ペタンと座り込んだアイナ。
そのそばに行こうとすると、
「……けひっ、けひひひひっ」
ロシュトがいきなり笑い出した。
な、なんだ……?
本格的に狂ったのか……?
「おい、ネリィ・ブランケットぉ。その力、生まれつきかぁ? それとも、どうにかして手に入れたのか」
「……氷の魔石を砕いて食べた。それが?」
「きひっ、けひひひひひひっ! なんだ、なんだそんなことか……。だったら簡単じゃねぇか……。俺もちょうど、炎の魔石を持ってるんだ……。コイツを……っ」
ロシュトは懐から取り出した炎の魔石に、落ちていた大きめの石をたたきつける。
ガツーン、と音がして、砕けた炎の魔石。
ソイツをロシュトはほおばって飲み込んだ。
「ひひっ、まだまだ……、まだまだあるぞ……。どれだけ喰えばお前みたいになれる……、どれだけ喰えば……」
荷物の中から照明器具を出して、中に入っていた魔石を砕いて飲み込む。
交換用の粗悪な魔石も取り出し、砕いて飲み込む。
「コイツを喰って、力を手にいれて……っ、そしたら殺してやるからよぉ……! けひっ、けひひひひっ……っ」
取り出しては砕き、飲み込み、砕き、飲み込み、砕き、飲み込み。
狂ったような表情で大量の炎の魔石を飲み込んでいく様に、アイナは恐怖でガタガタと震えていた。
そして……。
「きひっ、まだだ、まだ足りねぇ……」
ボッ!
「あぁ?」
何十個目かの魔石を飲んだところで、ロシュトの腕が発火。
炎はみるみるロシュトの体を包みこんでいって、
「いっ、ぎ、ぎああああぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!」
火だるまになったロシュトの断末魔の絶叫が、夜の森に響き渡った。




