23 気まずい空気
「ひひっ、けひひっ……! 俺が、蟄居謹慎……? 廃嫡……? うひひひっ……」
うす暗い部屋の中、ロシュトはうつろな目で笑う。
部下やメイドたちの死体が転がる部屋の中で、鉄臭い血の臭気につつまれながら。
「なにかの間違いだろ……。俺は英雄……、コンドンブル家の……いや、この国の英雄だぞ……?」
誰に問うでもなく、虚空にむかってブツブツと独り言を繰り返す。
最強の精鋭部隊を率いる、隣国にまでその名をとどろかせる英雄である自分に、絶対に起きてはいけないことが起きてしまった。
その事実を、彼は受け入れられずにいた。
「どうしてだ……? なにかがおかしい……。どうしてこうなった……?」
こんなはずじゃなかったのに。
自分の行いを省みることを知らない彼は、外部にその責任を求めた。
自分自身を肯定するために。
「……あぁ、簡単だった。アイツの、あの女のせいじゃねぇか。元はと言えば、あの女が俺のことを見下して、余計な手出しをしやがったのが原因だ……」
勝手極まりない、この上なく愚かな答えを得て、ロシュトはニヤリと顔を歪める。
「あの女のせいで、俺はこんな目にあっているんだ……。許せねぇなぁ……、報いを受けさせねぇといけないよなぁ……。ひひっ……、サウザント王国、グラスポートの村、だったかぁ……?」
――翌日、謹慎中のロシュト・コンドンブルが姿を消す。
多くの死体を自らの屋敷に残して。
すぐさま編成されたロシュトの捜索隊が彼を追うも、ノルザミア・サウザント国境にてその足取りは途絶える。
コンドンブル伯は息子の出奔を知らされると、大きく二度、左右に首を振った。
〇〇〇
ここ数日、アイナとは気まずい関係が続いている。
別にアイナが素性をだまっていたことを怒ってるわけじゃない。
アイナが私を避けてるわけでもない。
「あ、あのぉ……、あたし、村長さんのとこ行ってくるねっ……? 王宮の人たち、明日ダンジョンの視察に来るから、その話し合いに……」
「うん……」
ただ、本当になんとなく気まずい。
アイナが私との距離感を計りかねてる感じで、私もそれに引っぱられて、気まずい空気が流れ続けてる。
宿を出ていくあの子の背中を見送って、大きくため息をひとつ。
「ため息ついてどうしたのだ? そんなもの、不幸を彩るスパイスでしかないぞ」
「あ、ミア。スパイスといえばコショウの栽培、うまくいってる?」
「うむ、あと半月足らずで実をつけるだろう」
「そいつはなにより」
食堂が人気な理由の一つがコショウ。
まだまだミアの持ってきた在庫には余裕があるけど、増やせなければいずれ無くなる。
そうなったら、経営が大きくかたむきかねないからね。
「で、あろう? 言われた通りにぬくぬくと育ててやっているのだ。……ではない、話をそらすな!」
「……別に、なんでもないよ」
「本当にそうか? この数日のお前、楽しくなさそうにしてるのだ」
はぁ……、鋭いな……。
野生のカンってヤツなのか。
「……時の凍結」
ピキィィィィ……ッ!
時間を止めて、その場から立ち去る。
別に逃げるわけじゃない。
ただミアの追求が面倒くさくなっただけ。
ただそれだけだ。
日が落ちたころ、温泉につかりながら考える。
結局のところ、私はアイナをどう思っているんだろう?
あの子が元貴族だったと知って、自分の中でなにか変わった?
「……変わんない、よね」
この宿を大きくしたいって気持ちも、アイナを手助けしたい気持ちも変わらない。
だったらどうしてこうなってるのか。
答えは簡単、この気持ちをアイナに伝えてないからだ。
だからアイナは、私に嫌われたんじゃないかって思って、私のことを避けてるんだ。
「だったら、やるべきことは一つ」
大好きって気持ちを、あの子にハッキリ伝えよう。
そしていつも通りに戻って、また楽しく暮らすんだ。
よし、そうと決まったら――。
「あれ。なんだ、ここにもいないのかい……」
「……ガルデラさん。誰か探してるの?」
やってきたガルデラさんはメイド服姿。
どう見ても、温泉に入りに来た感じじゃない。
「あぁ、若女将がどこにもいなくてさ。ここにもいないとなると、村長の家に行ったっきり帰ってきてないってことか……?」
「アイナが、帰ってない……?」
嫌な胸騒ぎがする。
もしかして、あの子の身になにか――。
「誰か、いないのかー? お、いたのだ!」
「……今度はミアか」
今度はミアが右手に紙切れをぶら下げて、服を着たままのん気な顔してやってきた。
「なんの用事? ちょっと今、急がなきゃいけない状況かもしれないんだけど」
「む、そうなのか? コレを読んでもらおうかと思ったのに」
「なんだい、その紙切れ」
ガルデラさんの質問に、ミアは紙切れをヒラヒラさせながら答える。
「キッチンの勝手口に、コレがねじ込まれていたのだ。おそらく手紙であろうが、ミアはあまり字が読めない。どんなことが書いてあるのかと気になったミアは、誰かに読んでもらおうと探していたというわけなのだ」
「……ちょっと貸して」
こんな状況で手紙なんて怪しすぎる。
ますます強くなる胸騒ぎに、ミアの手から手紙をひったくって急いで目を通した。
「あ、ミアが読んでほしかったのに!」
「こ、これ……」
ネコの抗議なんて耳に入らない。
手紙に書いてあった内容が衝撃的すぎたから。
旅館の女将はあずかった。
グラスポートの南の森に、ネリィ・ブランケット一人だけで来い。
それは、何者かからの脅迫状。
アイナを誘拐したっていう、信じられない内容の手紙だった。




