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20 愚者の末路




「ロ、ロシュト様、例の件について報告がございます……!」


 コンドンブル領、ロシュトの屋敷。

 主の部屋へと帰還した密偵・シノラは、ロシュトの前にひざまずき報告を上げる。


 密偵といういやしい、かつ機密に触れる身分で出奔しゅっぽんしたとあっては、草の根を分けてでも探し出されて始末される。

 この短気な主人の理不尽な怒りに触れぬことを祈るしか、彼に道は残されていなかった。


「……言え」


「はっ……! 国外追放に処したネリィ・ブランケットですが、隣国サウザントの王都にて多数の目撃情報がございます。しかし……」


「……しかし、なんだ?」


「それが……、その情報というものが、サウザント中の猛者を集める武術大会のチャンピオンを瞬殺した、というものでして……。あのネリィ・ブランケットにそこまでの力があるとは到底信じがたいことで――」


 ガシャアアァァン!!


「ひっ!」


 テーブルの上から投げつけられた花瓶が、副官の目前で割れ弾けた。


「見つけたのか、そうじゃねぇのか。聞きたいのはそれだけだ。余計なことをしゃべるんじゃねぇ」


「み、見つけました、発見いたしました! ネリィ・ブランケットは現在、グラスポートという村の宿屋に身を寄せております!」


「……で? 見つけたのならヤツはなぜここにいない?」


「そ、それは……っ! その……っ!」


 言いよどむシノラに対し、主から殺意のこもった目がむけられる。


「俺の質問に答えねぇつもりか。主君への命令違反か? 謀反むほんか? あぁ!?」


「ひ……っ! つ、連れ戻そうとはしたのですが、想像を超える抵抗をされまして……! あ、明らかに、その……、じ、時間を止められたとしか思えない現象も――」


「時間を……止めただと……?」


 小さくつぶやくと、ロシュトは一歩、また一歩と卑しい密偵に近づいていく。

 そのたびに、シノラの背中からは滝のように汗が流れ出た。


「おい、さっきもあの女が武術大会のチャンピオンを倒したとか抜かしやがったなぁ?」


「じ、事実です……っ! 正確な情報をお伝えすることこそが、我が忠誠の証……!」


「つまりアレだ、お前が言いたいのはこういうことか。あの女の寝言が全部正しくて、俺の武勲は全部あの女がいてくれたおかげで、俺はとんだピエロだったと、そう言いたいのか」


「め、滅相もありません! そのようなこと――」


「言ってんだろうがァ!!」


 バギャッ!!


 顔面に蹴りを入れられ転がったシノラの脇腹に、ロシュトのつま先が何度も突き刺さる。

 何度も何度も何度も。

 シノラは口から血を吐き散らし、やがてぐったりと動かなくなった。


「ナメやがって……、テメェも俺を笑ってやがるのか……!」


「め、めっそ、めっそうも……」


 血走った目で剣を引き抜くと、うわごとのように謝罪を繰り返すシノラの心臓にめがけ、


 ズドッ!!


 怒りに任せて剣を突き立てた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ。そんなわけあるか……! 俺は、俺は……っ」


 コンコン。


「ロ、ロシュト様、いらっしゃいますでしょうか……?」


「ぁんだ!!」


「ひっ……! コ、コンドンブル伯がお呼びです……!」


「お、親父が……」


 メイドの怯えた声での報告に、ロシュトの脳裏に浮かぶのは先日の出陣でのこと。

 盗賊団30人を相手に、6人の死者を出して敗走してしまった。


「……クソっ! すぐに行く! 部屋に転がってる死体(ゴミ)を掃除しとけ!!」


 どのような叱責しっせきを受けるのか。

 メイドに怒鳴り返しつつも、彼の心持ちはまるで処刑台への階段をのぼる囚人のような――先ほどまでのシノラとまったく同じものとなっていた。




「ロシュトよ。此度こたびの呼び出し、わかっているな」


「は、ははっ……!」


 ロシュトはひざを立て、父の前にひざまずく。

 コンドンブル伯の、まるで家畜にでもむけるかのように冷たい視線を浴びながら。


「度重なる不死隊の不始末。もはやその名声は地に落ち、そなたどころか我がコンドンブル伯爵家まで嘲笑の的となる始末。この責任、どう取ってくれようか」


「し、しばし……、今しばしお待ちを……! 必ずや挽回を……!」


「ネリィ・ブランケットを連れ戻して、か?」


「……っ!!」


 父の口から飛び出した、思いもよらぬ名前。

 ロシュトのよく回っていた口が、その瞬間に言葉を止めた。


「このワシが、知らぬ存ぜぬとでも思うたか。不死隊にかげりが見えだしたのは、かの者を追放してからだ。あの少女はお主の隊の要であった。違うか」


「ち、違います! あの女はただの役立たず……! 不死隊の功績は全てこの私が……!」


「ワシの目も、不死隊の威光によってくらんでいたのかもしれん。お主の下す判断ならば間違いはないだろうと。病弱な長男ロプトに代わって嫡子ちゃくしとし、家督かとくすらゆずってやろうと考えておったが……」


 伯爵の口から深い深い失望のため息が吐き出される。

 老貴族はゆっくりと首を大きく左右にふると、この上なく冷たい目でロシュトに告げた。


「家督は三男、ロートに譲ることとする。不死隊は解散ののち再編成。ロシュト、お前には蟄居謹慎ちっきょきんしんの処分を下す。少しの間頭を冷やせ」


「ち、蟄居……。お、お待ちくださいませ、父上!」


「くどい! お主と話す口はもう持たん、下がれ!!」




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