19 ここにいたいから
「う……っ、ぐぅぅぅ……っ!」
ここで死ぬか、戻ってロシュトに殺されるか。
究極の選択を前に、シノラの顔が引きつった。
「なんなら、どっかに行方をくらますってのもどうかな。どっちにも殺されなくってすむよ?」
正直、この選択を取ってくれるのがベストなんだよね。
ロシュトに報告が行かないし。
「ぐ……、くぅ……っ」
「ほら、早く選びなよ」
一歩、距離をつめると、シノラも一歩後ずさる。
もう一歩踏み出すと、さらに後ろへ。
「どうしたの? 選べないなら私が選んであげるよ。……こんな風にさぁ!」
これでトドメだ。
数百本のつららを出現させ、その全てをシノラにめがけて撃ち放つ。
「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃっ!!」
目前に迫った死の恐怖に悲鳴をあげながら、ヤツはその場を一歩も動けない。
そして、
ドスドスドスドスドスッ!!
つららは一本残らずギリギリのところでシノラの体を避けて、背後の大木に突き刺さった。
「……ぁっ、はっ、はぁっ!」
「死んだと思った? 次はハッタリじゃすまないからね」
「ひっ……! う、う、うあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!!!!」
効果はバツグンだったみたい。
シノラは情けない悲鳴をあげて、何度も転びながら逃げていった。
「……これでよし、と」
これだけやってやれば、もう二度と来ないよね……?
もちろん油断はできないけど、私の平穏な温泉ライフは守られた……と思いたい。
よし、宿に戻ろう。
留守にしていた少しの間に、新しくお客が来てないといいんだけど……。
時間を止めて、私はすぐに宿へととんぼ返りした。
〇〇〇
「ごめんねぇ、倒れてる間お仕事まかせちゃって……」
仕事がひと段落した休憩時間。
二人で温泉に入っていると、アイナが申し訳なさそうな顔で切り出した。
「気にしなくていいって。大鉱脈よりすごいモノを掘り当てちゃったんだからムリもないよ。それに、最近忙しくって疲れもたまってただろうし、さ」
いつ休んでるんだ、ってくらい働きづめの毎日だもん。
休む時間をとれて、かえって良かったかも。
「アイナはがんばりすぎ。もう少し私を頼ってもいいんだよ?」
「う、うぅっ……、ネリィぃぃ!」
ばしゃんっ。
水しぶきをあげて私に抱きついてくるアイナ。
なんにも着てないってのに、体がぎゅーっと押しつけられて……。
「ちょ、ちょ……!」
「ネリィは優しいねぇ! それに、ネリィが来てから宿屋にいいことばっかり! もう大好き、好き好き好きーっ!!」
ど、どうしよう、これ……。
むにむに、ぐいぐい。
やわらかくっていいにおいがして、それにとっても照れくさい。
けど、なんだか落ち着く感じもして……。
「私も好き……」
なんて、つい口走ってしまった。
「……はぇ?」
変な意味に受けとられてしまったのか。
体を離してきょとん、とするアイナ。
まずった、コレどうしよう……。
「……にひっ、にへへへへ」
……とか考えてたら、ものすごいニヤニヤされた。
「な、なにその顔……?」
「ネリィってぇ、自分の気持ちを口に出さないタイプだと思ってたから。予想とちがったなぁってのと、かわいいなぁって」
「かわっ……! か、かわいくないし……。アイナの方がかわいいし……」
「ん~、赤くなっちゃってかわいいっ! よーしよしよしっ」
「な、なでるなってば……」
頭をなでなでされて、やたらと恥ずかしくなってしまう。
こういうの慣れてないんだよ、誰かに甘えるのとか、甘やかされるのとか。
ずーっと一人だったから……。
「……ねぇ、なにかあった?」
ふいに、アイナがそうたずねる。
「……どうして?」
「んー、なんとなく。温泉につかってるのに、いつもよりリラックスできてない感じがしてぇ」
あー、顔に出ちゃってたか……。
アイナが入ってきてからは、この子のペースに惑わされちゃったせいだけど。
「……じつはアイナが寝ている間に、前に働いてた貴族屋敷のヤツが来たんだよ。大変だから戻ってこいとか勝手抜かしやがってさ」
「えぇっ!? そ、それでどうするの? 戻っちゃうのっ!?」
「まさか。今さらもう遅いって追い返してやったよ。ただ、もう一度来たら厄介だよなって」
「よ、よかったぁ~」
ぎゅっ。
「ちょ、また……っ」
「ネリィがいなくなっちゃったら、どうしようって思ったよぉ~。どこにも行かないでぇ」
きつーく抱きしめられて、また顔が熱くなる。
同時に、胸の中も温泉と同じくらいポカポカする。
「……だいじょうぶ、どこにも行かないから」
ぎゅっと抱きしめ返して、はっきりとそう告げた。
せっかく経営が軌道に乗りはじめたのに、あんなロクでもないところに帰りたくないし。
それにこの温泉と、何よりアイナから離れたくないから。
「えへへぇ、約束だよぉ?」
「うん、約束」