18 今さらもう遅い
「うぅうええぇぇぇぇっ!!? ミスティックダンジョン!!?」
『森のみなと亭』をまるごと揺るがすほどの大絶叫。
ほんわかしてるアイナから、こんな声を聞くのは初めて。
でも、ムリもないよね。
大陸に四つしかないミスティックダンジョン。
冒険者の聖地と呼ばれる、これ以上ない観光名所が発見されちゃったんだもん。
「ど、どうしてぇ!? そんなのあって、ずーっと見つからなかったなんて……」
「たぶんずっと地中に埋まっていたのが、ベヒモスの出現で表に出てきたんだと思う」
入り口が地面の下だったら、誰も見つけようがないもんね。
偶然にも発生したベヒモスが、何かが原因で地上まで出てきちゃったってとこか。
肝心の原因がさっぱりわからないけども。
「ほへぇ……。と、とにかく大発見だよぉ。みんなに知らせて、それから国に届け出て、それからそれから、ど、どうするのぉ……?」
「もちろん、観光名所として確立する。喜んでよ、アイナ。この宿、毎日冒険者であふれかえることになるよ」
「ふ、ふええぇぇぇ!!」
ばたーん!
……あ、アイナが悲鳴を上げながら卒倒した。
倒れちゃったアイナに代わって、宿泊するお客さんの対応をこなしていく。
メイドさんは部屋のセッティング、料理ネコは料理をしつつ、ダンジョンで拾ってきた未知の食材を研究中だ。
「……ふぅ」
お客さんを部屋に案内し終えて、小さく息を吐く。
アイナを見てたおかげで、慣れないながらもなんとかやれてるな……。
チリン、チリン……!
おっと、また来客か。
入り口ドアのベルの音に、休む間もなく玄関ホールへ。
「はい、いらっしゃい。山道お疲れさま――」
お客の顔を見た瞬間、思考が止まる。
一般人風の旅装をしたその男の顔に、見覚えがあったから。
「見つけたぞ、ネリィ・ブランケット」
「……おひさしぶり。シノラさん、だったっけ」
「だったっけ、とはごあいさつだな」
ロシュトの飼ってる密偵、シノラ。
口ぶりからして、コイツはわざわざ私を探してここまでやってきた。
いったい、今さら何の用で……?
「……よくわかったね、私がここにいるってさ」
「王都であれだけ目立てば、嫌でも耳に入ってくる」
「で、宿泊? それとも食事? 名物食堂ならそこの廊下を左にまがったとこだよ」
「言ったはずだぞ、『見つけた』と。用があるのはお前自身だ」
……まぁ、そうだよね。
すっとぼけても仕方ない、か。
「……用件を。仕事があるから手短にしてよ」
「ロシュト様のご命令だ、今すぐ戻れ」
「……は?」
「お前が抜けて以来、負傷者や死者が増える一方。もはや『不死隊』は瓦解寸前だ」
「で?」
「時を止めるなどという与太話など到底信じられん。が、聞けば『氷結の舞姫』という二つ名で呼ばれ、チャンピオンを軽々撃ち倒したというではないか。貴様が実力を隠していたことは気に喰わないが、今は少しでも戦力が欲しい。すぐにコンドンブル領へ戻ってもらう」
「……はっ。ははっ。あはははははっ!」
なにを言い出すかと思えば。
あまりにおかしくって、つい笑っちゃった。
「何がおかしい!」
「いや、だって。役立たずだって追い出しといて、困ったら戻って来いって? バカバカしくって笑わずにいられるかっての」
「貴様ぁ! 私はロシュト様の使いとして来たのだぞ! その私に対する無礼、ロシュト様への無礼と同義と知れ!」
「うっさいなぁ。ほかのお客様に迷惑でしょうが」
「減らず口を――」
とうとう腰の剣に手をかけた、その瞬間。
「時の凍結」
ピキィィィィィ……ン!
時間を停止させた。
アイナの宿の玄関で、騒動なんて起こしたくないもんね。
シノラの首根っこをひっつかんで、村の外れの森の中へとダッシュ。
誰の目にもつかない奥深くにきたところで、剣を没収して思いっきりぶん投げる。
手を離れた瞬間に止まっちゃうけど、時間を解凍した瞬間に飛んでくから問題なし。
「……解凍」
ビュン!
「――叩けるのも今のうち……、なっ、ここは……!」
時間が動き出したとたん、剣が風を切って森の奥にすっ飛んでいく。
いきなり風景が変わったことに、おどろきとまどうシノラ。
そのスキを逃さず顔面をわしづかみにして、
グシャァァっ!!
後頭部を地面に思いっきり叩きつけた。
「ブッ……!」
「ねぇ、わかんないの? 戻らないって言ってんだよ、私はさぁ」
さらに氷の魔力を発動して、顔の半分を氷づけに。
「あ、が……っ! き、きさま……、まさか本当に、時を……っ!」
「ずっとホントだって言ってたでしょ。わかったんならさっさと帰って」
手を離すと、シノラはフラフラと立ち上がる。
その目には明らかに恐怖の色が。
ちょっとやり過ぎたかな……?
「ぐ……、私は……、おめおめと戻るわけにはいかないんだ……! 戻れば、ロシュト様に殺される……!」
「じゃあここで私に殺される?」
さすがに人殺しになるつもりはないけど、思いっきり脅してやることにした。
このくらいしないと、コイツはきっと引き下がらない。
「どうするか選ばせてあげる。好きなほう選びなよ」