13 知名度大幅アップ
会場のざわめきが収まらない。
このチャンプさん、かなりの人気者みたいだね。
「あの女何者だ……?」
「無敵のチャンプをあんな簡単に……」
観客たちのざわめきからも、それがうかがえる。
そして、そんなチャンプを倒した私は今、会場中の視線を独占状態だ。
『ま、まずはお名前と出身地からおうかがいしましょう! 先ほど名乗っておられましたが、改めてどうぞ!』
「ネリィ・ブランケット。グラスポートの村に住んでます」
『グラスポートといいますと、かつて旧街道の宿場町として栄えていたところですね』
「はい、そこの宿屋にお世話になってるんですよ。あそこにいる――若女将のアイナが経営する宿屋に住み込みで働いていて」
客席にいるアイナを指さすと、闘技場にいる全員の視線がアイナに注がれる。
いきなりのことにアイナはオロオロ。
となりにいる野良猫がなんかわめいてるけど、ミアにも注目するのだ、とか言ってんだろうな、どうせ。
『なんと、常識外れの強さを持ちながら冒険者でも、どこぞのお抱え魔導師でもいらっしゃらないとは! これはおどろきです! どうでしょうか、正式に大会に出てチャンピオンになるというのは!』
「いえ、宿の仕事で忙しいので辞退させていただきます」
『それは残念。ではひとつだけお聞かせください! ずばり、人間離れした強さの秘密とは!?』
「温泉です」
『お、温泉……?』
思わぬ回答だっただろうね。
実況さんがとまどって、会場からもさらなるざわめきが。
じっさいに私の強さの秘密は温泉なんだけど、さらに元をたどると不思議な氷の魔石のおかげ。
さて、ウソにならないように宣伝するには……。
「あの宿の温泉には魔力が溶け込んでまして、魔力の制御を助けてくれるんです。それ以外にも冷え性、肩こりなどなど効能はたくさんありまして、景色も最高なんですよ」
『おぉ、なるほど! 素晴らしい温泉の存在が、心身ともにネリィさんを支えてくださると。つまりそういうことですね!』
「そうそう、そういうことを言いたかったんですよ」
うまくまとめてくれてありがとう、司会者さん。
「もちろん魅力は温泉だけじゃありません! かわいい若女将に――」
「ふぇっ、か、かわいい……っ!?」
私の宣伝に耳をかたむけるため、静まり返った会場に、アイナの声がちょっと聞こえた。
顔を赤くして両手をほっぺに当てて、やっぱりあの子かわいい。
「おいしい料理も皆様を待っています!」
「そうなのだ! ミアの料理は天下一品!!」
野良猫、声でかい。
「私と手合わせをしたいという挑戦者も、もちろんお待ちしています! グラスポートの『森のみなと亭』、ぜひともよろしくお願いします!!」
『最後は宣伝、そして大胆不敵なチャレンジャー求む宣言! チャンピオンが『竜の牙』ならば、さしずめ彼女は『氷結の舞姫』とでも呼びましょうか! ネリィ・ブランケットに盛大な拍手を!!』
オオオオオオオォォォォォォッ!!
よし、うまくいった。
なんか大層な二つ名までもらっちゃったけど、これで宿屋の知名度は大幅アップ。
ただ、ついでに私の知名度までアップしちゃった気も。
……ま、いっか。
〇〇〇
闘技場をあとにしてから、予定通りに人の多いところで呼びかけをしてみたり、掲示板に広告を張り出してみたり。
終わってみれば、とっくに日が暮れていた。
急いで村にもどったものの……、
「さむ、さむぃ、さむいぃぃぃ……」
ガチガチガチガチ……。
なぜか冷え性が襲来。
ガチガチと歯を鳴らしながら震える私です。
「あ、あわわ、治ったわけじゃなかったんだね……」
「いったいどうしたのだ、コイツ。夏の夜が寒いはずなかろう」
「ネ、ネリィは重度の冷え性で、温泉に入らないと大変でぇ……。と、とにかく早く入ろうねっ!」
「うぅぅぅぅぅ……」
一日近く温泉に入らずに魔力をたくさん使ったら、どうやらこうなるみたいだ。
震えながらアイナに脱衣所へ連れていかれた私。
厚着の服を脱がす手伝いもしてくれたんだけど……。
「あ……、すごい……。こもってた匂いが……。あ、わわっ、外れて、ぷるんて……」
「あ、あの……、アイナさん……?」
その鼻息の荒さと食い入るような視線、不安になる言葉の数々は、いったいなんなんでしょうかね。
翌日、宿屋は朝から通常営業。
王都からそれなりに距離があるせいか、お昼まではいつも通りにすぎていった。
状況が変わったのは夕方。
とあるお客がおとずれた時だ。
カランカラン。
入り口のドアについたベルが鳴って来客を知らせる。
「あ、お客さんだぁ!」
ほうきをカベに立てかけて掃除を中断したアイナが、すぐに玄関ホールへと走っていった。
私もいっしょについていくことにする。
接客のコツとかつかみたいし。
「はぁい、ようこそおいでくださいましたぁ」
玄関前につくなり、ペコリとおじぎするアイナ。
さて、お客の方は……。
「……あれ? あなたってもしかして」
来客の顔を見て、アイナがおどろきの声をあげる。
私もおなじくびっくり。
この人が来るとは思わなかった。
「やぁ、昨日ぶりだね。『氷結の舞姫』」
「『竜の牙』――ガルデラさん」
街の武闘大会でチャンピオンだったガルデラさんが、まさかの宣伝一番乗り。
たしかにこの人の足なら、ここまで簡単に来れるだろうな。
「え、えっとぉ、ご宿泊ですか? それともお食事――」
「もう一度戦わせてほしくってね。そこにいる彼女と、もう一度だけ」
「え、えっ? ネリィと戦いに?」
「……ガルデラさん、言っちゃ悪いけど、何度やっても同じだと思うよ」
「納得いってないのさ。キミ、本気を出していなかっただろ? 手加減されたまま負けても納得できない」
……まぁ、たしかに見栄えの問題で時の凍結使わなかったよ。
けど、それを見抜くとは。
「……それに、じつは本気を出せなかったのはアタシも同じなんだ。アンタほどの相手に、アタシの本気がどこまで通じるか試したいのさ。いいだろ?」