10 親近感の湧く植物
「ごめんくださーい」
グラスポートで唯一の鍛冶屋を訪れた私。
木造の小さな店の中には誰もいなかったので、裏の作業小屋に声を飛ばす。
「お客か? ちょっと待っとき」
返事が来てからしばらくして、小屋の中から黒い髪をポニーテールでまとめたお姉さんが顔を出した。
「お、ネリィか。どしたん? 包丁でも曲がったか?」
「いやー、そうそう曲がらないよ、あのネコの包丁は。今日は作ってほしいモノがあってさ」
この人はカヤさん。
高齢化が進むこの村で、アイナ以外に二人いる貴重な若者のうちの一人。
おじいさんの後を継いで鍛冶屋を経営してる。
と言っても、武器の作成や修理の仕事はほとんどなし。
もっぱら日用品の修理や家の補修ばっかりやってるらしい。
「さては、武器の依頼か?」
「残念ながらハズレ。プランターにかぶせる透明なフタを十個作ってほしい。高さがあるといいかも」
「……プランター? 家庭菜園でも始める気か?」
「似たようなとこ。お願いできるかな」
「透明なフタ……ねぇ。ガラス細工でなんとかできるかな。よし、注文うけたまわった! しかしプランター用の透明なフタなんざ、なにに使うんだ?」
「ちょっと、育てるのが大変そうな植物をね。じゃ、出来上がったら宿までお願い」
「あいよ、毎度あり! お代は出来上がったらいただくでね!」
これでよし、と。
用事を終えた私は宿にもどって、脱衣所へと直行。
厚着の服を脱いで、下着も脱いで、あったかい温泉の中へダイブ。
はぁ、生き返る……。
「発注お疲れさま、ネリィ。カヤさんお仕事受けてくれた?」
「ばっちり。アイナは休憩?」
少しおくれて、アイナが温泉にやってきた。
静かに足先から入って、私のとなりに腰を下ろす。
「うん、お昼過ぎたしひと休み。無事にコショウの量産に取りかかれそうだねぇ」
「プランター十個程度じゃ、たかが知れてるけどね。とりあえず、ってトコかな」
コショウなる植物は、この大陸に一切自生していない。
ミアが故郷からカバンいっぱいの量を持ってきてくれたおかげで、しばらくの間は無くならないけど、使っていけばいずれ無くなってしまう。
だから栽培することにしたんだ。
ミアが持ってたコショウの中に混じってた、使えそうな種を使って。
聞けばミアの暮らす島は高温多湿、一年中今のこの時期――真夏みたいな気候が続くらしい。
似たような植物がこの大陸に存在しないことも考えると、村の畑に普通に植えたら、おそらく秋が来た瞬間に全滅だ。
そこでプランターとガラスケースの出番。
プランターに純度の低い炎の魔石の小さなカケラを埋めて、水をたっぷり与えてフタしておけば、高温多湿の環境を冬でも再現できるはず。
ケース代わりになるいい感じの大きななにかがあれば、もっと大規模な生産施設を作ってひと儲けできるんだけどね。
とりあえず今は、宿で使うぶんの栽培で手一杯かな。
「成長の早い品種らしいのも助かったよねぇ。たった二か月で実ができるだなんて、びっくりだよぉ」
「キャラットペッパー、だっけ。取れる実の量は普通のより少ないらしいけど」
量はともかく収穫が早いのは、在庫切れの心配をしなくてすむからありがたい。
にしても、あったかいとこじゃなきゃダメな植物か。
なんか親近感が……。
「……ま、話はガラスケースが届いてからだね。今はお互い休憩中だし、のんびりしよう」
「あはは、つい仕事の話振っちゃった。ごめんねぇ」
「あやまんなくてもいいよ、別に。お風呂入ってると考えがまとまるのも事実だし」
けど、こうやって全身の力を抜いてお湯にただようのが一番だよねー。
ぷかぷかーって。
「お、おぉ……。ぷかぷか……、ぷるぷる……、
たぷたぷ……、じゅるり」
「……んゃ? どうした?」
「な、な、なんでもないよぉ」
なんでもないと言いつつ、視線はやっぱりふたつのお山に……。
「……さわる?」
「いいのぉ!? じゃ、じゃなくって、さわんない! 休憩終わりっ!!」
〇〇〇
「今日も大繁盛だったのだ!」
「みんな、お疲れさまぁ。今日は食堂に19人! お泊りは三組、7名様でした~!」
一日の業務を終えて、寝る前のミーティング。
私たち三人で食堂に集まって、ホットミルクを飲みながらの話し合いだ。
「えへへ、そろそろお賃金出せそうだよぉ。二人とも、待たせちゃっててごめんねぇ」
「お賃金……、お金……。未知なるものがついにミアの手に……!」
「私はまだいいよ。住ませてもらって温泉に入ってるだけで、今はじゅうぶん」
まだまだ大幅な黒字、ってカンジじゃないし、まだまだこの温泉の良さを多くの人に知らしめていない。
宿の運営は苦しいまま。
ただ、山道を使う旅人たちはほとんど足を止めてくれるようになった。
それでこの程度、となると、さらに上に行くには……。
「……そうだ、宣伝だ」
私の小さなつぶやきにアイナは気づかない。
元気よく拳を突き上げて、
「よーし、明日もがんばるぞぉ~」
気合いじゅうぶん、掛け声を上げたところに水を差すようで悪いんだけれども。
「アイナ、明日は休館日にしない?」
「え、お休み……? なんでぇ?」
「不服なのだ! 明日もミアに料理を作らせるべきである!」
うん、当然これだけ言うんじゃ反対されるよね。
「今のままを続けてても、お客の入りに大幅なアップは望めないと思うんだ」
「……うん、そうだねぇ。山道を行くお客さんを呼び止めてるだけだもんねぇ」
「口コミで広がるにも、母数が少なすぎる。だから明日は休業して、人の多いところで盛大に宣伝する日にしようよ」
「盛大に宣伝かぁ。成功したら、たしかに売り上げ大幅アップだねぇ!」
「ミアの料理も、より大勢に食べてもらえる……? 乗った、乗ったのだ!」
よかった、二人とも乗り気だ。
こりゃなんとしても宣伝を成功させなくちゃね。
「ところで、宣伝なんてどこでするのぉ?」
「人の多いとこなんて決まってる。ここサウザント王国の、王都ボクスルートだよ」
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グラスポートの村
人口
39人→40人 +1
施設
宿屋 鍛冶屋 食料品店 家畜小屋
観光・産業
コショウの栽培(小規模)
宿屋『森のみなと亭』
平均宿泊客
一日に三組
平均食堂利用者
日に15人
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