1 突然の国外追放
「ネリィ・ブランケットを追放処分とする」
「……いま、なんとおっしゃられました?」
コルドンブル伯の言葉の意味がわからず、思わず問い返す。
なんの覚えもなかったから。
唐突に呼び出されて追放処分を言い渡されるなんて、夢にも思わなかったから。
ここはノルザミア王国のコンドンブル伯爵領、領都ボナリスにある伯爵の屋敷。
そして私はネリィ・ブランケット。
伯爵の次男、ロシュト様の従者だ。
数年前、孤児だったのを伯爵にひろってもらってから、魔法の腕を活かして働いている。
お仕事内容はおもに、ロシュト様が兵を率いての盗賊討伐や魔物退治にお供すること。
命の危険がある仕事だし、お給金もクソ安いし、ロシュト様は器が小さい上に気が短いけどさ。
それでも主を立てて目立たないように、精いっぱい真面目にコツコツやってきたつもりだったよ。
なのにどうして、いきなりクビ……?
「聞こえなかったのか? お前は追放処分だ」
「なぜ、ですか……? 理由は――」
「おぬしの主、ロシュトに聞け。ワシはなにも聞かされておらんでな」
「そんな! 何かの間違いじゃ……!」
「あやつに限って間違いはあるまい。もうよいだろう、下がれ」
こうして私は、訳もわからないままコルドンブル伯のお屋敷を追い出されてしまった。
吹き付ける風が寒い。
頭の中には混乱を意味するたくさんのクエスチョンマークと、まだ現実味のない悲しみでいっぱいだ。
「伯爵さま、ロシュト様に聞けって言ってたな……」
あの人なら理由を知ってるはず。
もしかしたら何かの間違いかもしれない。
あわい希望を胸に抱いてロシュト様のお屋敷をたずねる。
ところが奥の部屋へと通されて、出迎えたロシュト様は。
「ククク……。これから宿無しか、お気の毒になぁ……」
心の底から面白そうに、私をあざわらった。
まわりにいるメイドたちも、口元をおさえてクスクスと笑う。
「けどよ、仕方ないよなぁ。お前みたいな役立たず、俺の不死隊にはふさわしくない」
不死隊、ロシュト様の率いる二十人の兵たちはそう呼ばれている。
これまでの戦闘で、ただの一人も戦死者どころか、かすり傷ひとつ負った者もいないことがその名の由来。
その軍団を率いるロシュト様もまた『不死身の剛将』の二つ名を持っていて、おかげでコンドンブル伯爵家は王国貴族の中でもトップクラスの名声を誇っている。
けど、それは全部私が……。
「大した戦果も出さずに、戦いが終わるたびにビビッてガチガチ震えてやがる。そのうえ真夏でもコートにマフラー、手袋なんて暑苦しい格好しやがって。ツラはいいんだが、他の部分で全部台無しだ。見てるだけでイラつく程度にはなぁ」
「……震えているのは怖いからじゃありません、寒いからです。氷の魔力をたくさん使うと体温が下がって――」
「そんな体質のヤツ聞いたこともねぇよ。それに大量の魔力だぁ? 一体いつ、どこで使ってんだ。オドオド辺りを見回して、時々ショボい氷魔法を撃ってるだけのボンクラが、デタラメ抜かしてんじゃねぇ!」
体質も魔力も本当の話だ。
昔やらかしたある出来事のおかげで、この体には時間を凍らせるほどの、制御不能の魔力が宿っている。
おかげで体が常に冷気につつまれて、防寒具をつけてないと夏でも凍死しちゃうくらいなんだ。
そして、このロシュト様というお方は大層勇敢。
脳みそが筋肉で出来てんじゃないかってくらい考えなしに突撃してくれる。
おかげで部隊はいつも壊滅寸前。
誰かがケガしそうになるたびに、私が時間を凍らせてフォローを入れている。
ロシュト様のためでも他の誰のためでもなく、部隊の全滅で自分が死なないために。
不死隊の名声は、全部そのおかげなのに……。
「ともかく、お前はクビだ。追放処分だ。とっととこのコンドンブル領から出ていきな。と、いうかこの国から出てけ。二度と顔も見たくねぇ」
「……私がいなくなると、不死隊は崩壊しますよ?」
「はぁ?」
「前にも言いましたけど――」
……はぁ、気が重い。
前に――最初の戦いのあとに言った時はぶん殴られたんだよな。
俺の手柄を侮辱する気か、って。
「私が時間を凍らせて助けているから、不死隊は不死隊でいられるんです。その私が欠けたら――」
「……プっ。あはははははっ!!」
言葉をさえぎられて、そのうえ笑われた。
まわりのメイドたちも、さっきみたいにクスクス、クスクス。
「聞いたかよ、時間を凍らせるだと! この女、とうとう頭までおかしくなっちまったみたいだぜ?」
「ほ、本当に……っ」
「……黙れ。もうしゃべるな」
スッ、と喉元に剣が突きつけられた。
冷たく光る、鋼の刃の切っ先が。
「不死隊の、俺の武勇伝が全部お前のおかげだっただァ? 前にもそんな寝言ほざいてたなぁ。追放だけじゃ不満か? 殺すか?」
……あぁ、もういいや。
じっさいに時間を止めてみせても、この人はきっと難癖つけてくるどころか、処刑台まで送りかねない。
それに、これ以上この人の――コイツのために寒いのガマンして身を削りたくないし。
「……わかりました、失礼します」
さよならロシュト様。
私ももう不死隊の心配も、あんたのことを様付けするのもこれで最後にするよ。
……ところで私、そこそこ程度の貯金はあるけど、住む場所のアテがどこにもない。
野宿なんてしたら凍死する自信があるし、さて、これからどうしよう……。