星の夜空
「あの子の目が見えますように。」
いつか流れ星に願った。
今はそれを後悔している。
目が見えるようになるということは、自分の姿を見られるようになってしまうから。
空気の澄んだ月の明るい夜のこと。
いつも通りお城の屋根の上で星を見ている。
ふと目を下に落とすと一つだけ窓が開いている。
普段ならすべての窓を閉め切ってきっちり鍵がかかっている。
中を覗くと部屋の主は寝ているみたいだ。
顔に大きな火傷の跡があり、そのせいでまともに生きることを許されない。
そんな奴が生きるためにはこのように誰かのものを盗むしかない。
忍び込まない理由はない。
ダイヤモンドやアメジスト、ローズクォーツなど色とりどりの宝石が月の光に反射している。
様々なアクセサリーが飾られてあり目移りしてしまう。
「誰かいるの?」
何を盗ろうか夢中になって部屋の主がいることを忘れていた。
「いるなら返事をして。」
後ろから声がする。
「人がいることぐらい、わかるだろ?」
白い肌、金色の長い髪、月明かりはまるでその子を照らすように窓から入っている。
「目が見えないの。」
振り向くとそこにはきれいな少女が一人。
「あなたは誰?」
優しい声で尋ねられる。
きれいな容姿にあっけをとられていると次の質問が来る。
「石が欲しいの?」
「えっと・・・。」
見つかったとたんに自ら『泥棒です』と名乗る泥棒はいない。
それに、自分が泥棒だとわかっていて『石がほしいの?』なんて聞かれたこともない。
「欲しいならこの部屋にあるの全部あげる。だからお話しましょ。」
ベッドから出ると窓のそばにある椅子に腰を掛ける。
「本当に目が見えないの?」
そこに椅子があることが見えているかのようだった。
「早く座って。立ったままじゃ話しにくいでしょ?」
小さなテーブルをはさみ、向かい側の椅子に座る。
「覚えているの、この部屋のものは全部。どこに何があるか、どれが何かもね。」
「じゃぁ、これは?」
盗もうとしていたタンザナイトの指輪を一つ、テーブルに置く。
手探りでテーブルのどこにそれが置かれたかを探っている。
「ごめん。」
テーブルに置いた指輪を拾い上げ、そっと彼女の手に乗せる。
一瞬触れた指からひんやりとした柔らかさを感じる。
「ありがとう。」
彼女はそういいながら指輪を両手で触る。
指輪だということは触ればわかるだろう。
テーブルの一番近いところに置き、答える。
「タンザナイトの指輪。」
そして『次は?』といわんばかりに左手のひらを出す。
指輪、イヤリング、ネックレス。
次から次にと宝石の名前を当てていく。
「次はあなたが当ててみてよ。目を閉じて手を貸して。」
言われた通り目を閉じ、手を出す。
「じゃぁこれ。」
渡されたものを触る。
「指輪・・・なのはわかるけど。」
「ウフフ、ヒントは緑色。」
「えっと、エメラルド?」
「正解」
頭にパッと浮かんだ緑色の宝石。
「なぜ?どうして色がわかるの?だって目が見えないんでしょ?」
「ばあやから教えてもらったの。それを全部覚えているの。」
嬉しそうな声で言う。
「じゃぁ今日はこれね。」
「今日はって?全部くれるんじゃないの?」
「全部あげるけど今日はこの指輪だけ。また明日来てくれたら他のもあげるね。」
ニッコリと笑顔を見せる。
「ここの窓の鍵だけ開けておくから今日と同じぐらいの時間に入ってきてね。」
「わかった。」
□□□□□□
それから彼は雨の日以外、毎晩来てくれて、いろいろな話を聞かせてくれた。
一晩で湖の魚を全部食べた猫の話。
人魚の恋の話。
裸のままパレードに出た王様の話。
職人を選ぶ金槌の話。
彼の話はどれも面白い話ばかりだった。
その話を聞くたびに部屋にあるものを一つ、プレゼントしていった。
□□□□□□
とある雲一つない快晴の日。
小さな星もきれいに見える。
「あ、流れ星だ。」
キラリと輝き一瞬で消えてゆく。
「流れ星?」
星が一つ流れる間に願いを込めるとその願うが叶う。
でも消えるのが早くて難しいと彼女に伝える。
「三カ月後に流星群があるんだ。流れ星がいっぱい流れるんだよ。」
「じゃぁお願い事いっぱいできるね。」
「そうだね、一つぐらいは願い事が叶うかもね。」
「でも私には見えないから・・・。」
それまで笑顔だった彼女の表情に雲がかかる。
「いつか見えるようになったらまた一緒に見ようね。」
「うん」
彼女の表情から雲が消え、また笑顔に戻る。
彼女の目が見えるようになりますように。
遅れながらも散っていった流れ星にそう願った。
□□□□□□
「これ何かわかる?」
いつも通り部屋にあるモノを彼女に渡す。
彼女はアクセサリーの種類、宝石の種類、そして宝石の色まで当てる。
そしてふとアクセサリー以外のものも手に乗せてみる。
「これは、パパとママの写真。」
背が高く、真面目そうな男性と目はカメラに向いているがその手はどこか男性に触れようか迷っている女性の写真。
「どんな人だったの?」
「ママはとっても優しくて、いろいろなことを知っているの。パパは冗談が通じないぐらい真面目な人でパパのそんなところが好きってママが言ってた。」
写真を再び見ると凛々しい顔をして、きっちりと立っている。
見れば見るほどこの人が冗談を言ったり、ふざけているところが想像できない。
「でもね、パパは私が生まれる前に戦争で死んじゃったの。ママも3年前に病気でもういないの。」
「・・・・ごめん。」
「さみしくなんてないよ。今はあなたがいてくれるもん。」
いつも通り笑顔を見せてくれるが、そのどこかに悲しみが隠れているような、そんな笑顔だった。
「これ、何かわかる?」
ポケットから彼女の手に口紅を乗せる。
話題を変えるのに必死だった。
「私の部屋のものじゃない。」
「口紅。僕からのプレゼント。」
彼女は嬉しそうに両手で握る。
「ありがとう。」
「いつももらってばかりだったから。」
おかしいこと言っているのは自分でもわかっていた。
「今日はもう帰るね。」
「もう帰っちゃうの?」
「うん。」
「また明日、来てくれる?」
「うん。」
「約束だよ。」
□□□□□□
彼女の部屋に向かう。
金目のものをもらうのが目的だったが、気づいたら彼女と話すことが目的になっていた。
一人の少女を独りにしないため。
□□□□□□
雨の降る夜のこと。
部屋の窓を開けるとそこには彼女の後ろ姿があった。
「雨の日なのに来てくれたの?」
「うん、でも今日は濡れているから部屋には入れないんだ。」
「それでもうれしい。」
背を向けたままだが、彼女が喜んでくれているのが声色からしてすぐにわかる。
その声を聴くと自分もうれしくなる。
「あのね、私ね、目が・・・」
彼女が髪を揺らしながら振り返る。
「見えるようになったの。」
きれいな碧色をしている澄んだ瞳だった。
そしてその瞳には自分の顔が、火傷の跡がひどく残る醜い男の顔が映っていた。
「ごめん・・・。」
□□□□□□
それからしばらく彼はこの部屋に来なくなってしまった。
もう二度とここには来ないのだろうか、そう考えると眠れない日が何日も続いた。
そんなことを考える少女に対し、彼は『少女を独りにしないため』そんな理由を盾に自分の居場所を探していた自分に嫌気がさしていた。
嫌われるのが怖かったのだ。
人々が彼の顔を見て彼を避けるように、彼女もきっと自分のことを嫌いになる。
そう思いながらも彼女の部屋の上で星を眺めていたのだ。
「ねぇ、もう来てくれないの?」
静かな夜に震えた声が響く。
「全部もらってくれるんじゃなかったの?まだ部屋にはたくさんのもので溢れているわ。」
泣いているのがわかる。
「また、あなたに会いたい。」
涙が彼女の頬を伝い、星屑が夜空を駆けた。
窓枠に足を置く。
少女の前に姿を置く。
顔に大きな火傷の跡のある青年が目の前に現れる。
彼女は涙をさっと拭き、目いっぱいの笑顔を見せた。
「来てくれたの?」
「うん。」
「うれしい、もう二度と会えないと思っていたから」
「怖くないの?」
「怖くなんてないよ。あなたは優しいもん。」
拭いたはずの頬が濡れる。
「どうして来てくれたの?」
「約束は・・・守らないとだと思って。」
「そうね・・・、今日は何をもらいに来たの?」
少し悲しそうな表情を一瞬だけ見せる。
それを無理やり笑顔でかき消そうとしているのがわかる。
「ルビー?ジャスパー?ラピスラズリ?」
いろんな宝石を出して並べる。
しかし、彼の言う『約束』はそのことではない。
「これ、返すよ。」
エメラルドの指輪をはじめ、彼がもらったもので彼女を彩る。
「え・・・でもあげるって約束でしょ・・・?」
「僕が持っているより、君がつけた方がきれいだから。」
「ありがとう。」
自然な笑顔が彼女の顔いっぱいに広がる。
「今日は流星群だよ。」
部屋から流れる星々を見る。
いつもは一人で見ていた夜空。
今日からは一人じゃない。そんな気がする。
□□□□□□
「ねぇ、なにお願いしたの?」
「え・・・君がずっと幸せでいられますように・・・って」
「ウフフ、本当にやさしい人。」
「君は何をお願い事したのさ?」
「おしえなーい。願い事は誰かに教えたらかなわないんだよ?」
「え、それじゃ僕のお願いは・・・。」
ため息をつき下を向く彼。
でも大丈夫よ、私のお願いが叶えば、あなたのお願いも叶うから。
あなたとずっと一緒にいられますように。
「そういえば私からも何か返さないとね。」
星の降る夜のこと。
二つの線が結ばれるきっかけとなった。
その日彼にもらった口紅をほんの少しだけ返した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
思うがままに書きたいものを書いてみました。
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