私の剣
美しい少年だ、とエミリアーノは思った。
忍びでバウドに訪れた時に見かけたすらりとした体躯の少年。
抜けるような白い肌に研磨された宝石のような深い蒼の瞳。
許しを得て面を上げた後、躊躇いなくエミリアーノを貫くその視線を、エミリアーノは心地良いとすら感じた。
「名を何という」
跪いたままのその姿を見下ろしながら、エミリアーノは訊ねる。
「ピエロと申します、高貴なるお方」
こちらはまだ名乗りを上げていない。
故に少年はそのように応じた。
聡い子だ、とエミリアーノは思った。
「私はエミリアーノ。
この国の王太子だ」
少年は表情に畏怖を浮かべ、今一度頭を垂れた。
バウドの教育は完璧だな、と感動もなくエミリアーノは思う。
美しく、良くできた従僕など、星数よりもまだ多い。
この少年もまた、エミリアーノにとっては有象無象のひとりだった。
後見であるバウドはエミリアーノにとっての真の命綱だ。
嫡男ではない彼が立太子された時、すべてが上手く行ったわけではない。
あの日を限りに変わってしまったいろいろな事柄に、ときどき思いを馳せる。
何が正解だったのかエミリアーノにはわからない。
いや、わからないと思いたい。
多くの者がエミリアーノに対して手の平を返した。
あるものは見せかけの友好を、あるものはあからさまな敵対へと。
それにももう、慣れてしまった。
「こちらにいらっしゃいましたか、殿下」
「ラニエロか」
呼ばれた声に振り向く。
バウドの嫡男がそこにいた。
いくらか息が上がっているのでエミリアーノを探していたのだろう。
「ピエロといらしたのですね。
なにか粗相をしましたでしょうか?」
「いや」
エミリアーノは唇を動かさずに言った。
「何をしているのかと、私から声をかけた」
項垂れたままの少年をもう一度見る。
傍らには訓練用の細身剣があった。
さきほどまでずっと、この少女のような少年はそれをひとりでふるっていたのだ。
エミリアーノが近付いても気付かぬほど真剣に。
「なぜそのような鍛錬をする?おまえならば、他の道もあろうに」
美しい容姿をいくらか揶揄するようにエミリアーノは訊ねた。
少年は微動だにせず答えた。
「バウドの剣となるために」
しん、と沈黙が落ちた。
それは端的でありながらあからさますぎる忠誠の言葉で、いくらかエミリアーノの心を切なくさせる。
ああ、もしあの頃に戻れて、やり直せたなら。
誰かにこんな真っ直ぐな言葉を捧げてもらえたのだろうか。
「そうか」
エミリアーノは無表情にそれを受け流して、ラニエロへと向き直った。
「勝手に散策して悪かった、行こうか。
――ピエロと言ったか」
呼びかけると、少年はより深く恭順の姿勢を取り、「はい、殿下」と答えた。
「邪魔をした。
今後も励め。
そして、誰よりも何よりもしなやかな剣となれ。
バウドのため、そして私のために」
歩き出したエミリアーノにラニエロが続く。
ラニエロの顔はどこか満足気で、エミリアーノはそれが羨ましかった。
少年はその背を見送った。
「はい、我が君」
呟かれたその言葉は風にとけた。