冒険ファンタジー小説:第1話〜第10話
【第1部】
◇冒険の始まり
この世界には『AIことば』という不思議な力がある。
AIとはArtificial Intelligence(人工知能)のことを指す。
『AIことば』はかつて人工知能研究が最盛期だった頃、100名の天才集団によって造り上げられた。
それは生体内や物体内にインストールされ、その力をインストールした者に計り知れない恩恵をもたらす。
しかしそのあまりに巨大な力を前に、100名の天才集団はAIことばの力を宇宙中に分散させる決断をした。
その100名の天才集団は尊敬と畏敬の念をこめて『The100』と呼ばれる。
『The100』のメンバーは宇宙中の惑星から集まったことが知られている。しかし、その多くの者の素性は詳しく知られていない。
現在AIことばは宇宙中に散在しており、世界中、宇宙中の者がその巨大な力を求めて旅をしている。
ここはそんな世界である。
◇不思議な子
扉を開けるのはいつも誰かである。
「キャンバー船長、ゲートオープン反応があります!」
カメ型宇宙船“コウラ”の副船長バーセルが叫ぶ。
「ばかな!? その領域にゲートオープン反応が出るはずがない!」
いつもは冷静な船長キャンバーが驚く。
「番号は?」
副船長のバーセルが少し時間をかけて何度も確認する。
「番号は・・・1024です」
「そんなバカな!? ありえない!」
キャンバーはそのゲート番号を信じることができない。
「そのゲート番号は・・・今まで誰も開けることができなかったゲートだ。そんなバカな・・・」
「全員に伝えろ!全速力で惑星クォームに向かう」
船長の緊迫した声が船内に響く。
「はっ!!」
◇誰なんだ!?
2時間程が過ぎ、船長キャンバーを乗せたカメ型宇宙船が惑星クォームの大地に着陸する。
「計算では約30分後にゲートが開くと思われます」
「分かった・・・」
カメ型宇宙船“コウラ”の船長の名はキャンバー。冷静沈着で誰からも信頼される船長である。
しかし、そんな船長の様子がいつもとは明らかに異なる。
「信じられますか?」
副船長バーセルがキャンバーに尋ねる。
「・・・いや、まさか・・・」
更に30分が過ぎた頃、それは突然起こる。
まばゆい光が惑星クォームの上空を包み込む。緑色の何とも言えない落ち着きのある光である。
「扉が開きます!反応は1024番ゲート。間違いない!『始まりの言葉』です!」
副船長バーセルが叫ぶ。
「は、は、『始まりの言葉』だーーーー!!」
「うぉーーーー!!」
大歓声が宇宙船内を包む。
「不測の事態に備えろ!」
船長キャンバーの緊張感のこもった声が船内に響く。
緑色に輝く光が惑星クォームの上空一面を包み込む。これ程まで柔らかく辺り包む綺麗な光は見たことがない。
次の瞬間、それまで穏やかだった光が一転し、緑色の閃光が辺りを駆け抜ける。
「うわぁ!」
宇宙船の隊員が突然の光に身を反らす。
その後辺りをしばらく静寂が包む。
その時だった。
「船長!生体反応があります。人が・・・」
船員の1人が慌てた様子でキャンバーに報告を行う。
「小さな子どもです!」
「何・・・!?」
キャンバーがじっと光の中心を見つめる。
まばゆい光が次第に和らぐと1人の子どもの姿がはっきりと見えてくる。
◇ひなたの現在
「ひなた!指令が出たよ!」
ひなたを呼んだ彼女の名前はメトリ。
小柄で髪はブロンド。パーティでかぶるようなカラフルな帽子を着け、いつもスティック状のキャンディ飴のような杖を持ち歩いている。現在、ひなたと一緒にAIことばを集めるサーチ隊チームの一員である。
今ひなたは不思議な言『AIことば』を求めて旅をしている。
AIことばの“AI”とは、“Artificial Intelligence”、いわゆる人工知能を指している。今よりも昔、人工知能開発全盛期の時代があった。その全盛期に100人の天才集団が集められ、そこで様々な環境に適した人工知能が開発された。
それが現在『AIことば』と呼ばれるものであり、現在世界中、宇宙中に拡散している。
AIことばには不思議な力があり、生体や物体にインストールすることができる。そのAIことばを自身の中にインストールしたものは特殊な力を得ることができる。AIことばの種類によって現れる力はまったく異なるものになる。
◇ひなたの父と母
世界中、宇宙中に散らばった『AIことば』を集めることがひなたの旅の目的である。その旅の中でひなたはどうしても手に入れたいAIことばがある。
AIことばは100名の天才集団「The100」によって造り上げられた。その中で2人だけひなたの記憶にある人がいる。
それがひなたの父と母である。
ひなたの父と母はAIことばの創作者「The100」の中に名を連ねている。しかしひなたは現在父と母の行方を知らずにいる。
ひなたの父と母は“あるAIことば”を造った。そのAIことばを求めることがひなたが旅をする目的である。
◇AIことば探索メンバー5名
ひなたのAIことばサーチ隊メンバーは5名から構成される。
「そう言えばピートル・・・前から聞きたかったんだけどさ」
ひなたが宇宙船の中で筋トレ動画を夢中で見ているピートルに話しかける。
ひなたのチームメンバーの1人がピートル。ピートルは“風が目で見える惑星”と呼ばれる場所出身のウサギ族である。
ピートルは変わった能力を持っていて、風の強さを色で感じることができる。強い風が赤く見えるなど変わった感覚の持ち主である。見た目もウサギ族という名の通りで、耳が長く赤い鼻にまん丸の目をしている。
「この中って何色に見えるの?」
ひなたが尋ねる。
「あぁ、この宇宙船の中ね。あまり風は感じないんだけど・・・そうだな、しいて言えば薄い青色ピョン」
ウサギ族のピートルが答える。
「風が青色に見えるってサングラスかけたらどうなるのパル」
ひなたの肩に乗る小さな鳥が話し出す。
この言葉をしゃべる小さな鳥は“天気見鳥”と呼ばれる宇宙でも珍しい種類の鳥で、名前はパル。天気によってその形や色が変化するという不思議な特徴を持っている鳥である。ひなたと子どもの頃から過ごしており、ひなたにとても懐いている。
「ウサギ族はサングラスとは無縁だピョン」
ピートルが答える。
「おい!そんなことよりミーティングするんじゃなかったのかよ」
突然、部屋の端から大きな声がする。
不機嫌そうな顔をしてさっきから待っている青年の名はキール。
やんちゃな性格でよく無茶をするが、このサーチ隊チームのムードメーカーのような存在である。
「隊長がまだ来てないじゃん。自分から誘っといたくせに」
実際そんなに待っていないのに不機嫌そうである。
サーチ隊チームメンバーはミッション前に事前レポートを受け取る。その事前レポートでは、キールはAIことば領域3:「機械」のAIことばの持ち主と書かれている。
『AIことば』には12の“領域”が存在する。
領域1は「動物」、領域2は「植物」、領域3は「機械」・・・などである。同じ領域の中でもたくさんのAIことばが存在する。
◇隊長ネルソン
「いやー、すまないみんな。待たせてしまって。ちょっと、前髪のセットに時間がかかって・・・」
今回のミッションの隊長が遅れて登場する。
隊長の名前はネルソン。とても明るく基本的に常にふざけているような人である。
「ピートル。筋トレは終わりだ。こっちに来い」
隊長が筋トレ動画に夢中のピートルをテーブルに誘う。
「OK。わかったピョン」
メトリもテーブルに集まり、今回のAIことばサーチ隊メンバー5人全員が椅子に座る。
「よし、みんなそろったな!」
隊長ネルソンは近くでしゃべる時も声が大きい。
「今日集まってもらったのは、これから行くミッションに関する情報を共有するためだ」
「知ってるよ。惑星コロポロだろ」
キールが答える。
「まあそうあせるな、キール。もう一度、全員でミッションの確認だ!」
「分かったよ」
キールはしぶしぶ顔である。
「今回のミッションは本部が最近発見したAIことば反応に関するミッションだ。もしかしたらその近くでAIことばが作用しているかもしれない。まぁ、AIことば反応自体が間違っている可能性もあるがな。はっはっはっ」
隊長は基本的に楽観的である。
「はっはっはって笑ってる場合じゃねぇよ。こっちはわざわざこんな遠くのミッションに参加してんだからな」
キールはあからさまに不機嫌な様子である。
「文句ばっか言ってないで、ちゃんと聞く!」
メトリがキールを制する。
ちなみに隊長はほとんどいつもふざけているが、AIことばサーチ隊の隊長になるには非常に厳しい条件がある。
その条件の1つが“AIことばを3つ以上保有していること”である。この条件のみでも非常に厳しい条件である。
AIことばの保有可能数はその個人の能力や特性によって異なると言われるが、生体や物体にインストールして同時に使うのは3個が限界である。
全宇宙の中でもその3個を少なくともそろえている者の価値は計り知れない。
◇惑星コロポロ
「という訳で、あと2日で惑星コロポロに到着する。各自最高の準備をするように!」
隊長ネルソンがミーティングの締めの挨拶をする。
「はいっ!」
チームのみなが大きな返事をする。
「ちなみに我々は惑星コロポロの北緯40°、東経130°の地点に着陸する予定だ。この地点周囲でゲートオープン反応が確認されている」
隊長ネルソンが付け加える。
船内には惑星コロポロの映像を映し出すモニターが表示されている。辺りは見たこともないような形の木で覆われている。
「新しい惑星を見るたびにわくわくしてくる!」
ひなたが目を輝かせながら話す。
「パルもわくわくするパル!」
天気見鳥のパルがひなたの肩で話す。
「パル!せいぜい惑星の猛獣に食われないように気をつけろよ」
キールが笑いながらパルをからかう。
「キール!お前が食われろパル」
「何だと!このへんてこ鳥」
パルとキールがふざけ合う。
「ちなみにコロポロは“常緑の惑星”と呼ばれるほど緑豊かな場所が多い惑星だ。もしかしたら今回のAIことばもこれと関連しているかもしれない。まあ、まったく違っているかもしれないがな。はっはっはっ」
隊長ネルソンが構わず続ける。
緑色と言えばAIことば『領域2』:「植物」のイメージが浮かぶ。
ミッション前に配布された事前レポートではウサギ族のピートルが『領域2』のAIことばを持っていると書かれている。
今回のミッションに関する“空”本部の人選の意図を感じるところである。ちなみに“空”とはひなた達がいる宇宙エリア8におけるAIことば関連の最大機関の名前である。
この世界はある1つの地点を中心として24の区域に分けられる。それは時計の文字盤が1から12に分かれているのと似ている。
時計の文字盤に例えると、宇宙の1つの地点を中心に、文字盤の12から1の範囲が宇宙エリア1、1から2の範囲が宇宙エリア2、2から3の範囲が宇宙エリア3・・・、とそれぞれ呼ばれている。その中でひなた達がいる場所は宇宙エリア8と呼ばれている。
◇AIことば探索チーム
2日が過ぎ、ひなた達一行が惑星コロポロの目的地点に先程到着した。
「おいおい、隊長は“常緑の惑星”って言ってなかったか!?」
キールが辺りを見渡しながら話す。
「確かに見渡す限りの荒原だわ・・・」
メトリも珍しくキールに賛同する。
AIことば探索チームは5名で構成される。
AIことばの反応を求めて周囲の探索を行う“サーチ隊”チーム3名と、本部や探索チームとの連絡や集められた情報の分析を行う“情報分析”チーム2名である。
この人員配置は“空”本部のAIことばサーチルールとして定められているものである。
今回の“サーチ隊”チームはひなたとキール、メトリの3名、“情報分析”チームは隊長ネルソンとピートルである。
「こっちは情報をしっかりと収集しておくから、そっちは何かあったらすぐに連絡頼むぞ!」
隊長が宇宙船の拡声マイクを使ってサーチ隊メンバーに声を掛ける。あいかわらず声が大きい。
「オッケーです!」
メトリがはしゃぎながら答える。
「いやいや、探せっつってもこれじゃあな・・・」
キールが辺りの荒原の様子を見渡し、探す前から弱気な発言をする。
「まあ、レーダー見ながら行ってみよう」
ひなたがキールに声を掛ける。
「よし!探検パル!」
天気見鳥のパルが元気良く空を駆け巡る。
◇惑星コロポロの気候
サーチ隊3名がサーチ用ジェットバイクに乗って約30分が過ぎた時だった。
始まりはいつも突然である。
さっきまで地球でいう太陽みたいなものが2つ空にはっきりと見えていたが、突然黒い雲が辺りを覆う。
その時だった。
大粒の雨が空から降ってきたのである。
大粒というと2㎝くらいのイメージだが、この雨粒はざっと15㎝はある。超大粒の雨である。
「何これ、何これ、おもしろい」
メトリは普段見ない様子にあからさまに嬉しそうである。
「これはちょっと危険だ。あれ!あの丘の木の下に行こう」
ひなたがメトリとキールを誘導する。
遠くから小さ目の枯れ木に見えた木は近づくと以外に大きい。
「雨というかこれは滝だな・・・」
滝に見える雨をしのぎながらキールが話す。
「実際に滝に打たれたことはないパルけど・・・滝に打たれるってこういうことパル」
天気見鳥パルがキールの方を見ながら話す。
「お前は滝に打たれたら死ぬぞ」
キールがパルの方を見ながら話す。
「少し休もう。これからが長い」
ひなたがみなに伝える。
ザーザーという音の中でひなた達は疲れもあり少しの間目を閉じる。
5分くらい目を閉じていただろうか。
「何これ!?」
突然メトリが叫ぶ。
ひなたがパッと目を開けると、そこには寝ぼけているのだろうかと一瞬目を疑う光景が広がっている。
辺りはさっきまでの荒原が嘘のように一面見渡す限り新緑の森林が広がっていたのである。それも見たこともないような形の木々が辺り一面にある。
「嘘だろ!?」
キールが驚く。
ひなたがすぐさま左腕のホログラム装置を起動して隊長に連絡を取る。
「隊長!周囲の様子に変化が見られました。応答願います!」
少し遅れて隊長が答える。
「映像を確認した。んー、これは雨季だな・・・」
隊長が気の抜けた返事で答える。
「そういえばお前らに言ってなかったが、惑星コロポロのこの地域は季節をめぐって争っているんだ」
隊長が意味不明な言葉を口にする。
「季節をめぐって争う!?」
隊長の発言があまりに突拍子もなく聞こえ、サーチ隊みなの言葉が重なる。
◇季節を奪い合っている
「こちらピートルだピョン。ここからは僕が説明するピョン。みんなよく聞いくピョン!」
通信がウサギ族ピートルの声に変わる。
「事前の偵察ドローンの情報を解析したところ、惑星コロポロには大きく3つの民族がいるらしいピョン」
「そしてどうやら、彼らは1年に1回季節を何季にするかで争っているみたいなんだピョン。それを“季節祭り”と彼らは呼んでいるピョン。そして、その祭りで勝った民族が季節を選んでいるみたいなんだピョン」
「ちょっと待て!」
キールがすかさず止めに入る。
「季節を争うってのが意味分かんねぇし、そもそもどうやって季節を・・・」
「うるさい。ちゃんと聞く!」
メトリもすかさずキールを止めに入る。
「キールの言うことはもっともだピョン。でもどうやってるのかは分からないけど、コロポロの3民族はそれぞれ1季派と4季派と7季派に分かれるみたいなんだピョン」
ピートルが冷静に情報を伝える。
「それって、季節が1種類から7種類まで自分たちで選べるってこと?」
ひなたがピートルに確認する。
「そうそう、さすがひなただピョン。飲み込みが早いピョン」
ピートルが答える。
「季節が選べる・・・パルそれ信じられないパル」
パルが驚き、丸い目を更に丸くする。
◇惑星コロポロの文化
隊長ネルソン達と通信を取っていたのは15分ぐらいだっただろうか。
隊長のホログラム映像に注意を向けていたひなた達はもう一度この惑星に驚かされる。
「見ろ!!」
注意が切れたのか辺りを見渡していたキールが遠くをじっと見つめながら叫ぶ。
「何なの!? 大きな声出して・・・え!?」
メトリも思わず声を失う。
そこにはまたも信じられない光景が広がっていた。
先ほどの大きな木の枝から“みのむし”のような家がいくつもぶら下がっていたのである。しかも、その家々は赤、黄、青、緑、ピンクなど様々な色をしている。遠くから見るとカラフルでとてもきれいな景色に見える。
「すごーい!すごーい!」
メトリがまた無邪気にはしゃぐ。
「いつの間に・・・」
ひなたも驚く。
隊長達と話していた約15分の間で、これ程まで家がぶら下がることが可能なのかと思わずにはいられない光景が広がっている。
その時だった。
突然、上空から何かの気配がする。
「AIことば!」
本能的に警戒したキールがAIことばの力をとっさに発動する。
オレンジ色の閃光が上空に駆け昇り、その光が勢いよくキールの頭上に降りて来てキールの体に流れ込む。まばゆい光がキールの体を包んでいる。キールはオレンジ色の光の適合者である。
AIことばには“適合”という概念がある。ひなた達AIことばの力を持つ者は別名“光の適合者”とも呼ばれる。未だに解明されていないことも多いが誰もがAIことばの力を持てる訳ではなく、適合者になるためには不思議な条件があるらしいということは知られている。
「やめろ、キール。必要ない」
ひなたがキールを制する。
メトリも迎撃態勢に入っていたがひなたの言葉で力を緩める。
「ふん、偉そうに・・・」
しばらくして状況を察したようにキールもAIことばの力を解消する。
気配がした先を見上げると先程遠くに見えていた家と同じ形の家が上空の木にぶら下がっているのが見える。
シンプルな屋根と大きな丸い窓が一つある。いかにも幼稚園の子どもが画用紙に描きそうな家である。
その家は木製のようにも見える。
「誰だお前ら?」
気配があった上空から声が聞こえる。
◇不思議な生物タンタン
「おいらの名前はタンタン。お前たちは悪者か?」
茶色のミノムシのような黄色いマントを着けた背の低いずんぐりむっくりした生物が木の枝を次々にジャンプしながら降りて来る。
とても身軽な動きである。
「僕らは悪者ではないよ。旅をしに来てるんだ」
木の下から大きな声でひなたが返事をする。返事をしながら相手がどういう反応をするか様子をうかがう。
「もしかしてお前らも“まっしろな虎”を捕まえに来たんじゃないだろうな?」
その生物が尋ねる。
「まっしろな虎!?」
メトリが反応する。
「何だ知らないのか・・・」
その生物は僕らの5m程上空の枝に到達するとその枝に足を投げ出して座る。
◇まっしろな虎
ひなた達はタンタンという不思議な生物と30分程話をして、すっかり仲良くなっていた。
ちなみに、惑星探査には事前に言語習得ドローンが派遣されており、探索時にはその土地の生物とサーチ隊のメンバーはほぼ不自由なく会話が可能である。サーチ隊にとってはとても便利な仕組みが出来上がっている。
「そういえば、あの木の下にぶら下がってるのは何なんだよ?」
キールが木の下から空を見上げながらタンタンに尋ねる。
「見たら分かるだろ、ばか」
タンタンが答える。
「分かんねぇから聞いてんだろ、このずんぐりむっくり!」
30分程しか経っていないのにキールとタンタンはすっかり馴染んだ様子である。
見知らぬ生物ともすぐに馴染めるのがキールの長所である。
「あれはコロの木でできた“みのむしハウス”だ」
タンタンが答える。
「コロの木!? みのむしハウス!?」
メトリが興味津々な様子で反応する。
「そうだよ。コロの木はとても柔らかくて丈夫な木なんだ。折りたたみもできる」
タンタンが嬉しそうに答える。
「てか、何でお前はその女にだけ優しいんだよ!」
キールが不機嫌そうに話す。
「折りたためるくらいに柔らかいのに丈夫なんてすごいパル」
天気見鳥パルが木をつつきながら話す。
「こんなに近くにいたのに音がしなかったのは木が柔らかいからなんだ・・・」
ひなたがコロの木にぶら下がったみのむしハウスを見ながら話す。
「それで・・・“まっしろな虎”って何だよ?」
キールが尋ねる。
「さっきもうすぐ祭りがあるって言っただろ・・・」
タンタンが急に少し視線を地面に向ける。
「“まっしろな虎”はおいら達の祭りそのものなんだ」
隊長ネルソンもこの惑星の祭りのことを話していた。“季節を奪い合う”という報告のあった祭りである。
「本当はどの部族も戦いたくないんだ・・・」
タンタンがさみしげな口調でつぶやく。
◇タンタンの話
不思議な生物タンタンと別れ、ひなた達は宇宙船に一度戻っていた。
ひなたが隊長にタンタンの件を報告する。
「タンタンの話をまとめると、彼らは本当に“季節祭り”という祭りで季節を賭けて戦うそうなんです」
「ほんと信じられねぇけどな・・・」
キールが口を挟む。
「でも季節を賭けてって・・・結局どういうことピョン?」
ウサギ族のピートルが尋ねる。
「それが“まっしろな虎”っていうのが関係するんだって。要はその虎を捕まえた部族が勝ちで季節を選べるんだって」
メトリが答える。
「そんな原始的な方法で季節が選べるって・・・、それって何かその部族のおまじないとかじゃないのピョン!?」
ピートルが言うことももっともである。
「でも本当に違うんだって」
メトリが念を押すように答える。
「なるほど・・・そうか」
隊長が分かったような分かってないような返事をする。
「隊長、そうかって・・・何か思い当たることでもあるんですか?」
メトリが尋ねる。
「いや、分からん!」
隊長ネルソンはいつもマイペースである。
「隊長はいつもおもしろいパル!」
パルが飛び回る。
「で・・・、そっちのAIことば反応の分析の方はどうなんだ?」
キールがピートルに尋ねる。
「そのことなんだけど・・・。解析すると、やっぱりどうやらその祭りの日とAIことばが関係しているみたいなんだピョン」
ピートルが答える。
「やっぱりそうなんだ。何かタンタンの話を聞きながらそんな気がしてた」
ひなたが答える。
「それより・・・ひなた。もっと言わないといけないことがあるでしょ!」
メトリがひなたの口から隊長に伝えたがっているのが伝わってくる。
「隊長、そうなんです。実は・・・僕らの中から一人その“季節祭り”に参加して欲しいと頼まれているんです・・・」
◇1季族、2季族、7季族
「でもよく隊長許してくれたよな・・・」
キールの声がジェットバイクの通信越しに聞こえる。
「まあ、隊長もこの祭りがAIことばと関連してると考えてるんだと思うわ」
メトリが答える。
「でもさ、お前ら・・・本当に季節がそんなに簡単に変えられると思う?」
キールは未だにあの不思議な生物タンタンの言葉を信じていない。
キールが考えることももっともである。
タンタンの話はこうである。祭りの予定日には3部族の代表が“まっしろな虎”に立ち向かうらしい。それぞれの部族は3人戦士を選び、その虎を全力で捕まえにかかる。
またタンタンの話によると、3部族にとっては季節の選択が死活問題のようである。
1季族と呼ばれる部族は、季節をずっと雨季で固定したい部族。
4季族は春・夏・秋・冬という季節の流れを作りたい部族。
7季族は4季に加えて、白黒だけの世界になる白黒季、植物が言葉をしゃべる植話季、重力が2倍になる2重力期という季節を加える部族だそうである。
キールでなくてもにわかに信じがたい話である。
「でもさ・・・タンタンの話を聞きながら世界って広いなって思ったよ」
ひなたが通信越しに話す。
「私も、私も!」
「パルもパル!」
メトリとパルの嬉しそうな声が聞こえる。
◇季節祭りの始まり
あっという間に“季節祭り”の当日を迎える。
この惑星の不思議な生物タンタンに初めて会った日から7日が過ぎていた。
いよいよ、季節を奪い合うという祭りの始まりである。
「それにしてもすごい数だな・・・」
キールが辺りを見渡しながら話す。
「この地域にこんなに生物がいたんだね。でもほんと全員タンタンみたいな姿だね」
メトリも物珍しそうに辺りを見渡す。辺りにはあの不思議な生物タンタンと同じようなマントを着けたミノムシ型の生物が大勢集まっている。タンタンは茶色のミノムシであるが、他にもピンク色や水色などカラフルで可愛らしい感じのミノムシがいっぱいいる。
祭りの会場はコロの木で建設された大きなコロシアムである。彼らはこの場所を“まっしろコロシアム”と呼んでいる。
見た目はまったく真っ白ではなく、どちらかというと茶色と緑が目立つ。
コロシアムの地面は鮮やかな新緑のじゅうたんのように見える植物が敷かれていて、コロシアム自体はコロの木で骨組みが建設されている。
「これって1万ぐらいの数がいるのかな!? それにしても・・・さっきから聞こえるこの変な音って何なの!?」
メトリがタンタンに尋ねる。
「これはおいら達の祭りの応援スタイルなんだ。この笛はコロの木の枝から作られた“コロ笛”だよ」
タンタンが自慢気に答える。
「トーン、ポンポン。トーン、ポンポン。トーン、ポンポン・・・」
コロ笛の音はとても不思議な音である。
「どうやったらそんな笛からこんな音が鳴るんだよ」
キールが話す。
しばらくして季節祭りの参加選手入場が始まる。
歓声とコロ笛の音が最高潮に達する。
「あっ、ひなただ!すごーい、すごーい!」
メトリが大きな歓声を上げる。ひなたもタンタン達と同じようなミノムシ型のマントを着けて登場する。
「ひなた、がんばれー!!」
タンタンも負けずに大きな声を出す。
「くそっ・・・」
キールが自分が試合に出たかったという気持ちを抑えきれずにいる。
1季族、4季族、7季族の代表戦士各3名が広場に集まる。
「メトリ。レーダー反応はどうだ?」
キールがメトリに尋ねる。
「うん、間違いないよ。反応がすごい。AIことばが来る!」
メトリが答える。
◇“まっしろな虎”の登場
「正々堂々戦おうコロ!」
7季族のリーダーがひなたに声を掛ける。7季族リーダーの名はリンボク。ミノムシのような服をまとい黄色のマントを着けている。
「うん、よろしく」
ひなたはタンタンの言葉からもっと殺気立った部族同士の関係を予想していたため、リンボクのその素直な言葉を意外に感じる。
「集中しろ。もう来るぞ!」
4季族リーダーのエコがひなたに声を掛ける。エコは青いマントを着けていて小太りのタンタンみたいな見た目をしている。
「今年は絶対にうちがもらう!!」
1季族の3名は7季族と正反対で闘争心むき出しである。
歓声とコロ笛の音が辺り一帯を包み込む。
その時だった。
突然まばゆい白色の光が辺りを閃光のように貫く。
「うわっ!」
その場にいたみなが一瞬そのまばゆい閃光にたじろぎ目を閉じる。
そして再び目を開けてひなた達は驚かされる。
先程まで何も存在していなかった10m程先の空間に、すでにその“まっしろな虎”が横たわっていたのである!
ひなたは一瞬その存在に目を疑う。
一瞬の静寂が周囲を包む。
「まっしろな虎だー!!」
静寂の後、コロシアムの至る所から叫び声が聞こえる。
辺りに一斉に緊張が走る。
「思ってたのと大分違うな・・・」
ひなたが“まっしろな虎”を再度よく見つめ、自分の目を疑う。
◇白く光るヨーグルト!?
目の前には確かに真っ白な虎がいる。
でも確かに白い虎なのだが、そのサイズはゾウのように大きい。そして見た目が明らかに変わっている。
「出たな。ヨーグルト野郎!今年こそは俺たちがいただくぞ!」
1季族リーダーのロフストが叫ぶ。
ロフストの言った“ヨーグルト野郎”という言葉は決して嘘ではない。
何とその虎の体のいたる所からヨーグルトが湧き出ている!ヨーグルトでまっしろなのだ。しかも、ただのまっしろなヨーグルトではなく白色光を帯びている。とても変わっているが見た目は鮮やかできれいである。
そして、その虎には明らかに変な箇所がもう2つある。
「あれって、レバーだよね?」
ひなたが思わず4季族リーダーのエコに尋ねる。
「そうだ」
エコが当然と言わんばかりに答える。
「そ、そうなんだ・・・」
ひなたがやや呆気に取られる。
何とその虎の背中にはとても大きな赤いレバーの取っ手が存在する!
そして、その頭上には球体型のホログラムのような映像が浮かんでいる。
「あとさ・・・。あれは何なの?」
ひなたが虎の周りに浮かんでいる4つの物体を指差す。
「あぁ、あの4つあるやつか。あれはドラムだ!」
エコが自信たっぷりに答える。
「ドラム!?」
ひなたがその答えに驚く。
◇まっしろな虎との争い
最初にまっしろな虎に仕掛けたのは1季族であった。
1季族のリーダーが最初に虎に向かって行く。それと同時に他の1季族の戦士2名もその虎に向かって行く。
この惑星コロポロの民はみな身軽で動きが速い。瞬く間にそのまっしろな虎に接近し、3名が前後左右から襲いかかる。
「無駄だコロ」
離れて静観していた7季族リーダーのリンボクがつぶやく。
そこで更に驚くべきことが起きる。
何とつかみかかって行った1季族の全員がその虎を捕まえようとしたまさにその時、“まっしろな虎”が透明化したのである!
1季族のメンバー全員が勢い余ってその虎をすり抜ける。
コロシアムから大きなどよめきが起こる。
「毎年学ばない奴らだ。はっはっはっ」
4季族リーダーのエコは余裕があるかのように笑っている。
「何なんだよ!? あの虎は!?」
コロシアムからその様子を見ていたキールは驚きを隠せない。
「何あれー!?不思議、不思議!」
メトリはミッションを忘れてはしゃいでいる。
「あんなのどうやって捕まえるんだよ!?」
キールが後ろにいるタンタンを振り返って尋ねる。
「捕まえるんじゃないんだ。おいらたちはただレバーを調整すれば良いんだ」
タンタンが冷静に答える。
「え!? レバーを調整する!?」
キールがタンタンのその言葉の意味を理解できないでいる。
◇白い衝撃波
それまで横たわっていた虎が1季族メンバーの攻撃を受けスクッと立ち上がる。そして次の瞬間、虎がしっぽを使って虎の周囲に4つ程浮かんでいるドラムの一つを叩く。
「ドーン!」
ドラムから白い閃光と共に衝撃波が飛び出す。1季族のメンバーがその衝撃波により10m程吹き飛ぶ。
「今回はいつも以上に荒ぶって見えるな」
4季族リーダーのエコが言う。
「確かにそうだな・・・」
4季族のもう一人の戦士が答える。
「じゃあそろそろ俺たちも行くか!」
エコが気合いを入れる。
「行くかって、あの虎を捕まえるってこと?」
ひなたが尋ねる。
「違う。俺たちがやることはただ一つ。虎の背中のレバーを“4”に合わせるんだ! よし、行くぞ!」
4季族リーダーのエコがまっしろな虎に向かって走り出す。それを見たコロシアムの4季族応援団から大歓声が上がる。応援のコロ笛の音がいっそう大きくなっていく。
「さあ、いきなりだがこの日のための取って置きだ」
そう言うとエコは背中に背負っていた大きな木の箱のフタを開ける。
「見てろ。これですぐに終わりだ」
次にエコは虎の周囲をすばやく3周程駆け回る。駆け回りながらその箱の中身を虎の周囲に敷き詰めていく。
「はぁはぁはぁ・・・よし。準備完了。いいぞ!」
エコの合図を見て4季族のもう一人の戦士が背中の大きな箱を地面に下ろす。そしてコロの葉っぱで囲まれていたその箱を開ける。中は水槽になっている。
フタが開くのとほぼ同時に中から巨大な顎を持った茶色いワニがその姿を現す!
◇コロワニの策
「よし行け!コロワニ!」
4季族の戦士がその茶色い巨大な顎を持つワニを箱から出すと、そのワニは勢いよく外に飛び出す。そして次の瞬間ものすごい勢いでエコが周囲に敷き詰めていた物をどんどんと食べ回って行く!
「コロワニだ!あいつらあの希少なコロワニを捕まえてたんだ!」
コロシアムから歓声が上がる。
コロワニはこの惑星コロポロに住む茶色のワニで、恐ろしく強靭なアゴと恐ろしく強力な胃の消化能力を持っている。コロワニの集団を怒らせると街ごと食べられると信じられている程、この惑星コロポロの民から恐れられている生物である。
「見ろ!」
コロシアムの視線がそのコロワニの行動に集まる。
エコが敷いていたのは、コロワニの大好物である白カニと呼ばれるカニであった。
コロワニがその白カニをものすごいスピードで食べて回る。まるで茶色いブルドーザーのようである。そしてそれと同時にエコはさらに虎の内側に向けて白カニをぐるぐると回りながらまいていく。
どうやらコロワニはずっと空腹の状態に置かれていたようでものすごい食欲である。
誰もがその光景に目を取られていた。
そして次第に気づいていく。
なんとコロワニが勢いよく白カニとその下の地面の植物や土を食べていくことで、虎の回りの地面が削られてあっという間に虎が落とし穴の中にいるようになっていったのである!
しかし、まっしろな虎はまったくコロワニの行動を気にする様子はない。
「はぁはぁ・・・。よし、上手くいってるぞ・・・」
エサをまきながらエコが言う。そしてひなたの方をくるりと向く。
「あとは頼んだぞ。ひなた!」
エコが突然大きな声でひなたに向かって叫ぶ。
「え!? 頼んだぞ!?」
突然のムチャぶりにひなたは驚きを隠せない。
『AIことばの物語』 :【第1話〜第10話】