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Ico McDonnel's Story -Iraq War-  作者: 青カヴぃな俺
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第二章 陥落後の昇進

イラク首都バグダッド。

 フィルドゥース広場のサダム・フセイン像の引き倒しの瞬間の時にイコとヘッセ、リックマンの部隊は遠目でその瞬間を見ていた。

 イコとヘッセは、ジープのボンネットに座り、双眼鏡で米軍兵士がフセイン像にワイヤーを掛けている光景を眺めていた。

「歴史的瞬間ってヤツだね」

「911の時はテレビで見てたけど、今回は双眼鏡越しだよイコ」

「ニコチンが切れてイライラしかしない」

「煙草切らした?」

「んにゃ、あるよ」

 そう言ってイコは、ポケットからポールモールとマッチの箱を出して一本出してく咥える。マッチを擦って、先端に火を焼べる。

 煙を吸っては吐き、ヘルメットを外して頭を掻いた。

「首都陥落して、これからどうするだろうね」

「まだフセイン大統領とかとっ捕まえてないし、戦後復興の治安維持もしなきゃだし、やることすること沢山だよ?」

「便所作って、肥溜め作って」

「おぉクソの神よ、何故トイレだけを破壊してしまったのですか」

「そりゃあ、ヘッセ。一番必要で一番埋設配管とかが面倒で金が掛かるからだよ」

 イコは笑いながら、煙を吐いた。

 ヘッセはその煙を手で扇ぎ払いながら少し咳き込んだ。

「ケホッ!まぁ、下水道とかまた整備しなきゃだしね」

「さて、そろそろ像が引き倒されるかな?」

 双眼鏡を覗いて、首にワイヤーを巻かれたフセイン像が引き倒された。足元からは鉄骨が見え、滑る様に抜けては地面へと滑落していった。

 一部の民衆が像へ群がり、叩いては声を上げている。

「なんか、思ったより参加住民が少ないね」

「そんなもんでしょ。イコはシーア派とかスンニ派とかは知ってる?」

 ヘッセは、水筒の中身を飲みながら横目でイコを見た。その問いに彼女は、吸殻を指で弾いてしまう。

「少なくとも、マリナーズとエンゼルスみたいな関係以上に複雑な気はしてるね」

「オーケー、そこまで分かってるなら言うこと無い。フセイン大統領が少数派のスンニ派でさ、多数いたシーア派をちょっと抑圧してたんだよ」

「わぁお、だから断食ダイエットなんかしてたのか」

「それは、宗教上の理由ね。カトリックとプロテスタントみたいなもん」

 ふーん、とあんまり興味なさげにするイコ。

「そんな面白くない野郎の国が、自由の国に倒されてどうなるかは、分からないけど、実は国民も興味ないかもね、案外」

「だから、少ないかもってこと?」

 かもねー、とヘッセは言いながら水筒をポーチへと戻す。イコもヘルメットを被り直して顎紐を締める。

「さてさて、大規模戦闘が今後あるかは分からないけどさ」

「ヘッセ、アタシらの本職忘れたの?」

「あぁ、そうだったね」

「「男のケツを掘るが如く破壊と創造を楽しむ」」

「テメェらは、なに血迷い事を真顔でほざいてやがるんだ?」

 リックマンは呆れるように二人を見た。

 その後、イコ達の部隊は広場の片付け及び復旧作業を命じられ、日が暮れた。

 特に攻撃や妨害等の活動はなく、作業はスムーズに進み怠り無く終える。



 数日後の出来事。

 米政府はフセイン政権が事実上崩壊したと発表する。

 モースルを防衛していたイラク陸軍が米軍との交渉により投降し、これによりモースルは無血で制圧された。

 またその数日後。イラク西部を防衛していた西部軍管区司令官のムハンマド・ジャラーウィー将軍が、ラマーディーにて米軍との降伏文書に署名。これにより西部を守備していたイラク軍は戦わずして降伏。

 米軍の一部では、完全に戦勝ムードが蔓延る。それもその筈だ。戦わずにイラク軍が降伏していくのだから。勝ったも同然と言わんばかりに騒ぐ兵士が増えていく。

 勿論、イコもその1人になろうとしていたが、ヘッセに止められる。

 本国からは酒は送られないが、敵の物資の押収又は輸入品の酒をガメて騒ぐ兵士に混じろうとすると止められたのだ。

 そのヘッセの英断がイコを救う。

 馬鹿騒ぎをした兵士の何人かはモンキーハウス(懲罰房)入りや戒告を受けた下士官が居た。

 そんな先輩や後輩の憐れな姿をしかと目に焼き付けてイコは今日もヘッセの金魚の糞をしている。

 夜、皆が寝静まり寒い砂漠の中を二人は衛兵にチップを渡して抜け出す。

 満天の星空の下、レジャーシートを敷いて二人は横になり、星を見上げた。

「私が止めなかったら、イコも一緒にモンキーハウスで自慰しながら臭い飯喰う羽目になってたんだから、感謝してね」

「ウィ、ミス・ヘッセ」

「素直で宜しい!」

 ちょっと落ち込んだイコにヘッセは頭を撫でてやり、自前のバックからビール缶を手渡してやる。ビールのロゴは紅いロゴが有名なバドワイザーだった。

「ちょっと温いかもだけども、私物で何本かあるから、一緒に飲もう」

「ヘッセぇ!あぁもぅ!大好き!」

「どっちが好きなんだか」

「そんな気遣いが出来るヘッセの手から現れたビール」

「アンタねぇ」

「仕方ない、アタシも秘蔵を出すよ」

「秘蔵?」

 へっへっへっと気味の悪い声を出しながらイコはパックに入っていたジャーキーやピーナッツ、市販の缶詰を取り出す。

 レーションや給食班からでは入手できない酒のツマミだ。

 そのツマミにヘッセは口笛を吹く。

「ヒュー!イコ、よく理性を保ってそんなモノ温存できたね!」

「でしょー?滅茶苦茶我慢した、死ぬほど我慢した。大事だから二回言った」

 缶切りで缶詰を開け、温いビールで乾杯する二人。

「バクダット陥落おめでとー、クリスマスには国に帰れるねーイコ」

「うわぁ、ヘッセ。それは多分帰れないヤツだよー」

「まぁ、何となくそんな気はしていた」

「まぁ、そんなもんだよね。戦争なんかさ」

 イコは一口バドワイザーを飲んでから、ピーナッツを口に放る。ヘッセも同様にピーナッツを口に放った。

「個人的には、まだここに居たほうが良いんだけどね」

「ん?なんでさ?ヘッセは、国に帰りたくないの?」

「イコの場合は、妹のフェリラが居るし、独り身だから心配とかあると思うけどさ」

 ヘッセは、少し暗い顔をして俯く。

 イコは、横目で見てから煙草を口に咥えて火を点けた。

「私は、イコと違ってさ国に帰っても何にもないからさ」

「何にもない?」

「両親はとっくに死んだし、兄弟も居ないし身寄りもいないしさ」

「アタシよりは、良い境遇だねヘッセ」

「はぁ?」

 笑いながら煙草の煙を吐いた。

 そして、その彼女の瞳から光が消えた様にヘッセは感じる。纏う雰囲気が変わった。

「アタシなんか、親父が交通事故で死んで、親父の負債で母親が頭オカシクなっちまってさ。クソッタレな母親は、夜中にアタシら姉妹を殺して一家心中しようとしやがったんだよ」

「それで?」

「クソババァがアタシの首を締めた時にフェリラがクソを止めようとして割り込んだ。そして2対1の変則総合格闘技イン ザ ハウスだよ」

 ヘッセは黙る。

 イコはヘラヘラしなが続けた。

「最後はアタシがヤッちまった」

「そぅ」

 笑いながら煙草の火を土に押し付けて鎮火して、砂に埋める。

「過剰防衛と正当防衛の狭間で正当防衛と司法に判断されてから、アタシは軍に入ったね。妹を養う為に」

「帰る場所がないアタシも中々だけども、イコも壮絶だね」

「人生なんかそんなモンでしょ。ほら、不幸自慢なんてしだしたらキリないよヘッセ」

「そうだね、やめるか!」


 二人はほろ酔いになるまで飲んで、その夜は楽しく過ごした。

 本国では、週末にでも過ごせるこんな時間が物凄く貴重に感じたのは言うまでもない。




 4月下旬の某日。

 イコ達の小隊は、定期の巡回パトロールの任務を遂行していた。

 ヘッセが運転しているジープ。助手席側にイコが座り、後部座席にはリックマンが座っている。M2重機関銃射手として居るのだ。

「リックマン、ラジカセか何かないの?」

 イコは電池が切れたMDプレイヤーをポーチに入れながら、あくびをする。

 リックマンもつられてあくびをして目尻に涙を溜めた。

「生憎、拡声器しかないな」

「シット!誰が好きで大声でコーラン何か叫ばなきゃならないんだよ」

「大声で旧約聖書の黙示録でも読んでやろうか?耳元で」

「ほら、二人共、暇ならしりとりでもしてれば?」

 ヘッセはクスっと笑いながら、ハンドルを切る。

 巡回パトロール任務は平和なら比較的楽な任務である。なんせ街中をドライブし、要所に寄っては異常が無いか確認して回るだけの任務だからだ。何もないなら数時間で終わる。

 そんな楽な任務の予定であった。少なくともイコ達の間では。

《こちらアルファ小隊、現地民兵より攻撃を受けて身動き取れない!応援を求む》

 突然、無線通信が入る。

 声の後ろからは銃声や怒声が聴こえる。

 その後、小隊長と本部との通信が聞こえ、急行することとなる。

「しゃーねぇーなぁ」

「イコ、諦めて準備しな、すぐ近くだよ」

「ウェーイ」

 ヘッセはハンドルを切って、先陣切るジープに付いて行く。

 イコは、溜息ついてはマガジンをM16に叩き込みチャージングハンドルを引いた。

 リックマンは、立ち上がって銃架のM2のチャージングハンドルを引いて初弾を装填。

「俺もM2みたいにさ、こんな巨根が良かったぜ!」

「バカ野郎!ジャップの竿は短いけど硬くて気持ちいいらしいんだよ?長さが全てじゃない」

「イコ、短くて柔らかい俺はどうしたらいいんだ?」

「大腿筋鍛えな、海綿体の勃起力は下肢筋力に比例するらしいよ」

 リックマンへ親指を立てて、窓の外を見た。

 その視線の先には、見慣れたくない茶色い円筒のモノ。此方へ向いていた。

「二人とも、もう到着するよ!無駄ば話はー」

「ヘッセ!右からRPG!」

 少し余所見し、左舷しか見ていなかったヘッセ。その彼女のハンドルを切る。

 しかし間に合かった。

 大きな音と衝撃が襲う。

 RPGの 対戦車榴弾は車両ではなく、地面に命中し炸裂する。

 運良く直撃はしなかったものの、爆風で横転、走行不能。

 左の運転席側の側面が地面の接地面となってしまい、3人は傾く。

 イコは、歪む視界の世界を見て、腰のナイフを抜いた。

 外では銃声が響く。

「へぇイ、死んだ奴は返事して。識別票をカロライナ州に埋めてやる」

「ノースカロライナ州に埋めてよね、彼処は豚の丸焼きバーベキューが有名なんだから」

「死んで帰ったら考えな、出るよ。リックマン!生きてる?」

 イコは後部座席を見ながら、ナイフでシートベルトを切って、ドアを抉じ開けた。

「すっげぇ、生きてるぜ俺」

「ソイツは良かったね、外に出るよ」

 ドアを開けて、周囲警戒。M16も快調に動いた。

 既に味方が周囲に展開し、防御体勢を築いていた。

「イコ!後の二人は大丈夫か!」

「生きてる生きてる!」

 イコは手を伸ばし、ヘッセを車両から引きずり出す。リックマンは銃座の方から這い出る。


「3人は歩けるか」

「大丈夫ッス」

「イコに同じく」

「小隊長、大丈夫です」

 体調を聞かれた3人の返事を聞いて、参加可能と判断し小隊長は戦闘参加を容認した。

「さっきのRPG射手は排除した、徒で直ぐ近くの現場へ急行する」

 小隊一行は、2台のジープと共に路地を進む。数分の間、行軍すると銃撃戦を繰り広げている味方の部隊がいた。丁度のその横に小隊は到着したのだ。

 直ぐ近くの建物に分散にして突入。建物にを確保し、体勢を整える。

 小隊長は、ジープとM72を持つ隊員に射撃用意させる。

 他の隊員にも射撃体勢を取らせる。

小隊長は隊員に厳命。

「間違っても民間人だけは撃つなよ」

 それにイコは目を擦りながら呟いた。

「どれが民間人なんか、実際は撃ってみないと分からないッスよ小隊長」

「逃げる奴が民間人だ」

「じゃあ、逃げた民間人に殺した奴のAKでも置いておけば民兵ってことになりますかね?」

「そのAKを取り除けばいいだけだな」

 それもそうっすね!と反応し、M16を構える。

 「カウント3で射撃、総員、誤射には気をつけろ」

 無線通信で味方の部隊に部隊の位置を伝え、撃たないようにしてもらう。

 小隊長がカウントし、小隊は一斉射撃を開始する。

 不意討ちを食らう敵勢力は、多くが訳も分からずに蜂の巣にされるか、身体をバラバラにされてしまう。

 肉片と鮮血舞い、乾いた砂は否応なしにそれらの液体を吸収した。

「イコ!リックマン!十一時の方向の民家から、射線に入っていない連中を攻撃しろ!」

「了解!リックマン、行くよ!」

「ルイジ!オメェのショットガン借りる!」

 リックマンは近くの隊員が背負っていたモスバーグ製ショットガンを借りて、先に走るイコを追い掛ける。

 ポイントマンとして、先行するイコ。

 長いM16A2を振り回し、クリアリングして進む。後ろからリックマンが散弾銃に切り替えて後方をカバーする。

「おしっ!ここだね。リックマン、行くよ」

 彼女は、先日鹵獲したマカロフ拳銃に切り替える。マガジンの中身を確認し、叩き入れたらスライドを引いてプレスチェック。薬室内の弾丸を確認した。

 リックマンも、モスバーグ製ショットガンの薬室内確認にシェルが装填されているのを再確認する。

「前の二の舞いみたいな室内戦は勘弁だぜ、イコ」

「アレは不可抗力、子供が居るなんて聞いてないからね。勿論、今回もね」

「なら、しゃーねぇーな」

 ドアノブに鍵が掛かっているのを確認し、リックマンが番と蝶番を撃ち抜く。

 イコがドアを蹴破り、リックマンが直様二、三発再装填した。

 突入し、部屋を順番にクリアリングしていき、キッチンに入る。

 キッチンには、この家の家族が一緒になり、床に座って丸くなっていた。

 両親と長男、長女、老婆の五人だった。

 イコはその光景を見て、敵勢力ではないと判断し、マカロフ拳銃の銃口を背けた。

「オーケー、一階はクリアじゃん?」

 そう言って、リックマンに振り返る。

 しかし、その後ろで父親が拳銃を隠し持っておりイコへと向けた。その光景をリックマンは見逃さずに、力強くイコを退けさせた。

 そして、躊躇いなくその父親にモスバーグを向けて引き金を引く。

 リックマンと男性の引き金を引くタイミングが殆ど同じで、お互いに銃弾、散弾を食らう。

「リックマン!」

 思い切り身体をコンロの所まで退けさせられたイコは、男性へと銃口を向けた。男性は身体に無数の穴を開けて倒れ、その銃声を合図に母親がイコへと棍棒を振り上げて襲いかかる。女の子は、倒れて呻くリックマンへとナイフを持って襲いかかった。

 母親へ、腹に向けて発砲し直様女の子へ照準を合わせ引き金を引いた。

 女の子の上半身に命中し、糸が切れたようにその場へ倒れ込む。そして、命中した創傷から止めどなく鮮血を流す。その行為が意味有る行為かどうかは分からないが、本能で傷口を抑えるも止まらない流血。

 母親は、腹から血を流すも気力でイコへと襲いかかる。しかし、無慈悲なマカロフ拳銃の弾丸が襲い、絶命する。胸に二発叩き込まれ心臓は停止した。瞳孔が開く。

 その一瞬の光景の後に、男の子が遅れてイコへと襲いかかる。

 彼女はマカロフ拳銃を向けるも、男の子がそれを殴っては弾き飛ばしてしまう。

 老婆が何かを持ってリックマンへと向かっているのが見えたが、今の彼女には対処できない。目の前の男の子をどうにかしないといけない。

 男の子は、落ちていたナイフを拾い、振り翳す。イコは、振り降ろされたナイフを避け、顎にフックを喰らわし、脳を揺らした。

 相手の持っているナイフを手首ごと掴みあげては、刃先を相手へと向けさせた。

 少し脳が揺れて混乱する男の子は、その刃先を見て直様力を入れ直す。自分へ刺さないようにする。正面に対峙する白人女を刺す為のナイフだ。

 ナイフの主導権を握る為の争いは数秒続いた。

 埒が明かないと判断したイコは、男の子へ格闘術で習った足払いを行い、相手の姿勢を倒す。そして、そのままナイフの主導権を奪う。

 受け身が取れず倒れて肺の空気を吐き出す男の子。

 その子の胸に向かって、ナイフを全体重を掛けるように突き刺そうとする。しかし、あと数センチのところで止まる刃先。

 柄を殴るようにして、ナイフに勢いをつける。

 刃先の数センチが彼の胸に刺さる。

 もう一回殴る。

 片手だけで抑えている時に一瞬だけ刃先が抜けて、血の付いた部分が見えた。

 もう一回殴る。

 今度は、一回目より更に刺さる。

 最後と言わんばかりに手の平で、柄を思い切り叩く。

 刃先は殆ど男の子の胸の中央へと深々刺さる。

 覆いかぶさるイコと天井を、信じられないような顔で見ては、家中を見回して、やがて動かなくなった。

 胸の傷から紅い液体が流れ、その流れは止まらないが彼の動きは止まった。

 それを確認し立ち上がるイコ。今度はリックマンと格闘している老婆へと向かう。

 包丁をリックマンへと向けているが、彼はそれをなんとか抑えていた。老婆が彼の上に馬乗りになりマウントポジションを取っている状況だった。

 既に何回か刺されたのか、リックマンの背中から流血が見えた。

 急いでマカロフ拳銃を拾い、老婆を背中から撃つ。弾丸は肩に当たり、致命傷ではないが包丁を落としてしまう。

 彼から離れて逃げ出す老婆。

 

 家族はみんな死んだ。

 最後は自分だ。

 殺される。

 死神がやってくる。

 

 そう考えるも、逃げ出す脚も撃たれてしまい動けなくなってしまう。

「あっ、お願い、助けて」

 そう言うも白人の女は容赦なく近付いて来た。勿論、イコにそんな言葉が通じる訳もない。

 冷たい目で、老婆の後頭部を掴み、顔面を天井へ向けさせた。後頭部にマカロフ拳銃の銃口を突きつけて躊躇いなく引き金を引いた。

 最後に老婆は自分の爆発四散する肉片を眼球で見るも、その電気信号は神経を通り脳みそへとは伝達されなかった。

 後頭部から、右目と眉間の間に風穴を開けてやった老婆だった死体を床に捨てて、イコはリックマンへと走り寄る。

「ヘイ!大丈夫!」

「撃たれて刺されて、大丈夫な訳ねぇだろうが」

「小隊長!衛生兵!」

 イコはリックマンの小型無線機へと叫ぶ。

《イコか!どうした!》

「リックマンが負傷!衛生兵を!早く!」

「俺の右脇からファースエイドキット出してくれ」

 無線機で大体の居場所を話しては、ファースエイドキットを出す。それと同時に、ボディアーマーも脱がして、傷を確認する。

「大丈夫じゃん!助かる助かる!」

 そんな傷ではなかった。

 始めの銃弾はアーマーで止まっていたが、包丁でプレートの入っていない所を刺されおり、出血が止まらない状況だった。

「何だか、寒気がするんだイコ」

「バカ野郎、暑いんだよ今日は」

 そう言いながら傷を抑え、流れ出る血に手を染める。

 温かい液体が止まらない。

 生命維持活動に直結する血液の流出。

 イコは必死になって傷口を抑える。

 数分もしない内に仲間と衛生兵、ヘッセが駆けつけてはリックマンを応急処置を施す。

 イコは只それをヘッセと見守ることしか出来なかった。

 輸液されながら担架で運ばれるリックマン。

 それを見守り、見送る。

 彼を見送るイコにヘッセは肩を叩いた。 

「アンタはよくやった、下手すりゃ二人とも頭に輪っかがついてたかもだ」

「あとの祭りだけど、もしもさ、もしー」

「イコ、知ってるでしょ?もし、もしかして、であったらみたいな話は意味がない」

「そうだったね、ファック」

 イコは悪態をつきながら、近くの家具を蹴飛ばしてしまう。

「ファック、ファッキン、ファック」


 その後、二人に小隊長から連絡がきた。

 リックマンは輸送中に息を引き取ったとのことだった。



 後日、リックマンが入った棺桶が輸送機に運ばれる光景を二人は虚ろな目で見ていた。

 脳裏には、彼が生きていた頃の光景がフラッシュバックし、今でもまだ彼が生きているのではないかと錯覚を起こす。

「気がついたら、昇進しての帰国だねリックマン。奥様が悲しむぜ?」

 イコは、沈黙しかない彼に話しかけ、作り笑いを見せた。

 

 アメリカ合衆国陸軍所属 ダニエル・リックマン伍長。

 帰国。

 戦死に伴い二階級特進。



 


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