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お客様其の1 :とある世界の管理者の場合

「ここは一体どこじゃ……?」


 気がついた時、わしはそれまでいた空間とは全く異なる場所に立っておった。

 少し遠くから聞こえる水の音以外には何も音がしない、静かな場所じゃった。


 目の前には一軒の建物がある。

 少し薄汚れてはいるものの、作りのしっかりした木造建築じゃ。

 周囲をぐるりと見回しても、他には()()()ない。

 しいてあげるなら小さな花壇くらいじゃな。

 それ以外には本当に何も見えない。


 こりゃ随分不思議な事が起きとるみたいじゃのう。

 とりあえず、元の空間に戻れるかどうか試してみることにしようかの。


 そう思い、少し念じてみるが――しかし何も起こらなかった。


「ふうむ、自力で帰ることは不可能、ということじゃな」


 わしが元々いた世界であればどこにいたって自由に転移できたものじゃが、どうやらここではそうはいかんらしい。

 まるでこの空間はどの世界とも繋がっていないみたいじゃな。


「とするとやはりこの状況を打開するには目の前にあるこれに入るしか無いようじゃな」


 きっとわしをここに招いた主がおるに違いない。

 そう思い足を踏み出そうとしたところで、ふと建物の前に立てられた小さな看板が目に入った。


『魔法、お売りします』


 なんじゃ?

 どうやらわしの世界の言葉で書かれておるようじゃが……魔法を売るとな?

 つまり、この建物は商店ということになるのかの。


 ふうむ、それもまた随分不思議なことじゃな。

 わしのような存在に売るほどの魔法など、この世にあるのじゃろうか。

 興味が湧いてきたわい。


 店と名乗っているのならばノックなどいらぬじゃろう。

 そう思い堂々と扉を開くと、ちりんちりんと小さく二回、鈴が鳴った。


 店の中はやや薄暗く、外と同様にとても静かじゃった。

 ぐるりと見回してみれば、見たこともない怪しげな道具の数々、何に使うのかさっぱり想像もつかない色とりどりの薬品が所狭しと棚に陳列されている。


「魔法の道具を扱っておる……ということかのう……?」


 そういうことならあまりこの店にいる理由もないのじゃが。

 とりあえず正面に見えるカウンターに行ってみることにするかのう。

 鈴がなったから店主がいるのなら気づいておるはずじゃ。

 椅子も用意されておるし座って待つことにしよう。


 椅子に座って少しすると、奥から何者かがやってきた。

 目深に被ったフードのせいで顔がよく見えないが、どうやら彼がここの店主らしいのう。

 手に持っているのは……お盆に乗せた急須と湯のみじゃろうか?

 黙って彼の様子を観察しておると、随分と丁寧な所作でお茶を淹れてくれた。

 どうやらこれはサービスみたいじゃな。


 まずわしの分をいれ、続いて彼自身の分も入れると、彼もまたカウンターの向こう側に座った。

 とりあえず一杯いただくとしようかの。


「うむ、なかなかの味じゃ」

「それはよかったです」


 おぉ、店主が喋った。

 しかも彼だと思っておったが、声の感じからするとどうやら女性のようじゃ。

 ローブを羽織っておるせいで体格がよくわからぬからのう。

 声を聞くまでわからんかったわい。


 さて、それはさておき彼女には色々と聞かないといけないのう。


「店主殿よ、失礼じゃがここは一体どこかのう? 早めに元いた場所に帰りたいのじゃが、どうにも帰還できんようでの」


「ここは魔法屋『マホーレ』です。ここでの用事を済ませればきちんと元いた場所・元いた時間に帰れますのでご安心ください」


「ほう、元いた時間ということは、この空間は外の世界とは断絶された場所にあるという理解でよろしいかのう?」


「そのとおりでございます。ここはいかなる世界、いかなる空間、いかなる時間にも属しません。ここにいらっしゃる方は大抵この説明に混乱されるのですが、お客様は随分理解が早いようですね」


「まあ当然じゃな。わしはとある世界の管理者、神と呼ばれる存在じゃ。体験したのは初めてじゃが、説明されれば納得するくらいのことはできるわい」


「神、ですか。自称神を名乗る方はそれなりにいるのですが……。なるほど。どうやらあなたは確かに神と呼べるだけの存在の格をもっているようです。とはいえ、この空間でお客様は皆一様にお客様です。そのことをご理解いただければと思います」


 どうやらこの店主、わしという存在を()()ようじゃな。

 さすがこのわしを強制転移しただけのことはあるわい。


 それにしても客は皆一様に客であるとはどういうことじゃろうか。

 無理やり連れてきておいて何かを無理やり買わせるということかのう?

 それは随分ひどい商売もあったもんじゃな。


「ああ、ご安心を。何かを無理矢理に買わせるということではないですよ」


 どうやら心の中を読まれてしまったようじゃ。

 やはり油断ならないのう。


「では聞くがのう。この店……外には魔法を売ると書いておったが本当かのう?」


「ええ、もちろんですよ。それが私の存在理由ですので」


 ほう、存在理由とまで言うか。

 これはますます興味深いのう。


「しかしそれは難しいんじゃないかのう? わしはさっきも言ったが神じゃよ? 神に教えるような魔法なんぞ本当に知っておるのか?」


「いえ、()()知りませんよ」


 なんと……? 知らないのに売ろうとはどういうことじゃ……?


「私がお売りするのは、お客様に今本当に必要な魔法です。この店に訪れるお客様は皆様、どうしても今解決したいお悩みをもっていらっしゃるのです。なのでそれをお聞きして、解決できる魔法を新たに生み出しお売りするのが、私の仕事なのです」


 ううむ、つまりどういうことじゃ?

 わしには今どうしても解決したい悩みがあって、だからこの店に呼ばれた。

 そしてこの店主はそれを解決できる魔法を今この場所でつくると、そういうことじゃろうか?


「そうです。何かお悩みがあるんですよね? 伺いましょう」


 悩み……悩み……。

 そういえば、わしは早く戻らねばいけない理由があったんじゃった。

 それこそが悩みの正体なんじゃろうか。


「そうでしょうね。悩みを解決したいその瞬間にお客様はこの店を訪れるのです。ならば店にくる直前のことを語っていただくのが一番でしょう」


「そうじゃな……。この店に来る直前のことじゃ。わしは取り返しのつかない大失敗をしてしまったのじゃ」


「失敗、ですか」


「そうじゃ。世界の管理者の仕事にはいくつかあるんじゃが、その中の一つに魂魄の管理というものがある。まあ簡単に言ってしまえば人の生死を調整する作業じゃな。

 人の魂というのは良いものもあれば悪いものもある。これは社会的な意味ではなく、世界のエネルギーとしての意味じゃ。なるべく良い魂が長く生きるようにし、悪い魂は早めに死ぬようにする。というのが仕事の内容じゃな。

 ところがじゃ、悪い魂を殺そうとしたところ、不注意でついうっかり良い魂をごっそり削ってしまってのう。いやなに、一つくらいじゃったなら大して問題にはならんのじゃが、40近くやってしまってのう……。これは後々大きな影響が出てしまうから早めに修正しないとあかんのじゃ。

 とはいえ一度削ったものを無理やり戻そうとしてもやはり世界に悪影響がでるでのう。どうしたものかと慌てていたのじゃよ」


「なるほど、神でもそんなうっかりしてしまうんですね」


「いやはや、こんな話他の誰にも相談できないから本当に困っておったのじゃよ」


「ちなみにそんな不注意になにか原因があったりしますか?」


「原因のう……」


 さすがに寝ずにゲームをしておったなんて口が裂けてもいえないのう……。

 神の威厳にかかわるし、ここは思い当たらぬふりをしておこうかの。


「特に思いあたら「なるほどしょうもない理由ですね」」


 し、しまったのじゃ!

 そういえばこの店主の前で隠し事はできないんじゃった!!


「まあ、別にいいと思いますよ。息抜きは必要ですもんね。息を抜きすぎてもダメだとは思いますけど」


「うぐっ……」


「さて、ではお悩みも聞けたので早速魔法を作ることにしましょう」


 わしが軽く大ダメージを受けている間に、彼女は立ち上がって裏手の方に入っていってしまった。

 わしでも対処に悩むことなのに、そんなあっさりと解決方法を思いつくものなんじゃろうか。

 ううむ、しかしここまで話したのじゃ、とりあえず信じて待ってみることにしようかのう。


 お茶をすすりながら待っておると、奥の方で何かが爆発するような音が聞こえたり激しく明滅する光が漏れてきたりした。

 一体どうやって新しい魔法を作っているというんじゃろうか……。


「お待たせしました」


 やっと静かになったかと思ったところで、店主が戻ってきた。

 その手には薄ぼんやりと光るオーブを持っておるようじゃ。

 これはもしかすると期待できそうやもしれんぞ。


「それに魔法がこめられておるのかの?」


「あ、はい、これはただの演出です。それっぽいでしょう?」


 ええ……ほんとうに大丈夫なのじゃろうか……?

 ちょっと頭が心配になってきたのう……。


「いまとても失礼なことを考えましたね。あなただってこれをみてちょっと期待してくれたじゃないですか。そういう気持ちが大事なんですよ、こういうところでは」


「む、むう……そう言われると言い返せんが……では魔法はどこにあるんじゃ?」


 オーブが違うというのなら本命の魔法は一体どこに用意したというのじゃろう。

 そもそも魔法を他者に伝授するというのはどうするんじゃ?


「あ、はい。もう神様にお渡ししましたよ。ご自身の魂に問いかけてみてください。きっと新しい魔法が思い浮かぶはずですから」


 なんと、一体いつの間にやったというのじゃ。

 まったく気がつかんかったぞ。


 よし、では早速確かめてみるとしようかの。

 魂に問いかければいいんじゃな?


 瞑目して探ってみる。

 おぉ? たしかになにやら普段と様子が違うようじゃ。

 この光っているのが授けられた魔法……というわけじゃろうか……?


「そうです、それが新たな魔法、その名も『サモニャン』です!」


「さ、『サモニャン』……?」


 なんじゃそのへんちくりんな魔法名は。

 使うのがちょっと恥ずかしくなるわい。


「この魔法はですね、一度破棄した魂を回収して、別の世界に転移させます。そして、その世界で死亡後にその世界の輪廻転生ではなく元いた世界の輪廻転生のコースに呼び戻すというものです。破棄された魂の持ち主の意識としては別世界に転移されるという特別な体験をしただけのように感じるので、負荷が少なくなるのがポイントですね。あ、ちなみに名前はそのほうが可愛いと思ったのでつけました!」


「な、なるほどのう……。確かにその方法ならば破棄した魂を直接輪廻転生に乗せるよりも綻びが生まれなそうじゃ」


 名前は随分ふざけておるがどうやらこの店主、腕前だけは一流といってよさそうじゃのう。

 それにこのシステム、うまく応用すればもっといろいろとできそうじゃ。

 例えば他の世界との間で魂を流通させて世界の活性化を促進するとか……。

 転移するときになにかしら魔法を付与してやるというのも面白いかもしれんのう。

 わしくらいになれば一度作られた魔法を解析して改造するのもわけないわい。


「はい、お売りした魔法はご自由に使ってくださいね。改造もできるならしていいですよ」


「やはり心が読まれておるのう……。ところで対価はいかように払えばよいのじゃ? わしは神じゃから貨幣などもっておらぬぞ」


「そうですね。本来であれば対価はお渡しした魔法に見合うと思うものをお客様に決めていただいてそれを頂戴するようようにしているのですが、お客様は神様ですよね。どうせ何も持っていないでしょう?」


「たしかに物など不要じゃからな。渡せるようなものは持っておらんわい」


「なのでこちらで勝手に対価を徴収しておきました」


「なんじゃと? 一体何をとっていったというのじゃ?」


「ええ、それはもちろん神様の魂の一欠片ですよ。これはなかなか珍しい素材になるので素晴らしいです」


「なん……じゃと……?」


 いくら一欠片とはいえ、わしの魂を気づかぬうちにとるとは一体……。

 というか大丈夫じゃろうか。神としての存在を揺るがすことにならんとよいのじゃが。


「ご心配なく、そんなひどいことはしませんよ。おっと、どうやらお時間がやってきたみたいですね」


 時間……?

 ああそうか、用事が済めば元いた時間・場所に帰ることになるんじゃったか。


 最初は驚いたものじゃが、なかなかに有意義な時をすごせたようじゃ。

 店主よ、感謝するぞ。

 無事解決できたらまた礼に来たいものじゃ。


「いえいえ、悩みが無い方はこちらにくることはありませんので」


 そうか……それは残念じゃな。


 だんだんと世界が遠のいていくようじゃ。

 店主の顔が遠く、遠く。

 世界そのものがぼんやりと溶けていく。


 やがて、わしは確かに元いた空間、元いた時間に戻っていた。


 先程までなにかおもしろいことがあったような気がしたのじゃが、うまく思い出せない。


 ただ一つ、誰かが言った言葉だけがはっきりと耳に残っているのを感じた。


「それでは、またのお越しがないことをお祈り申し上げます」


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