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先生と私―満天の星空―

作者: 美吉野

初投稿です。宜しくおねがいします。

 桜の蕾がふっくらと花開く麗らかな春、真新しい制服に袖を通した私 東園みちるは君塚悟に恋をした。



 「このように物体の固有値が一致すると共振する」君塚先生の低くて深い声が教室に響き渡る。

 黒板に書き込まれた右上がりの数列、アンダーラインを引く手は甲に筋が浮かび長い指はチョークでうっすら汚れている。

 「では、次にフックの法則なんだが思い出して―」教室を見渡す瞳と先生を見つめていた私の視線が合う。

 「―東園。式は?」

 「F=Kxです」と、記憶の底から蘇らせた答えを言う。

 この時だけは先生と見つめ合ってもおかしくはないから、視線に熱を込める。

 「正解」先生は熱など感じなかったかのようにそっけなく黒板に向かい合う。



 放課後、友達の誘いを断り君塚先生のいる準備室へと向かう。一直線だ。

 扉を軽くノックする。「君塚先生。東園です」ほんのちょっと間を置き、「どうぞ。入って」入室を許される。

 ほろ苦いコーヒーの香りが漂う部屋の4つ並んだ机の右奥が先生の席。

 よかった。今日は君塚先生一人だ。

 「あの。先生。課題で出された剛性と質量の関係について質問があるんですけど、お時間いいですか?」

 「いいよ。東園はいつも熱心だな」


 そう。私は熱心なのだ、先生に。

 そう。いつもいつも考えている、君塚先生貴方ことを。


 「ありがとうございました」ぺこりとお辞儀をしたまま、「先生、お願いがあるんです。好きなんです付き合って下さい」一気に告白した。

 「え?いやいや冗談だよね?」いつもは低い声がうわずる。

 「冗談じゃありません。本気です」先生の動揺した目を見据えて言う。

 「冗談にしてくれ。お願いだ」好きな人のお願いを聞き入れたい気持ちと自分の気持ちを裏切りたくない想いで悩んだが、素早く切り替えた。

 「冗談にする代わりにお願いがあります。今度、星空観測に長野県阿智村に行きたいんです。同行して欲しいんです」

 しばらくの沈黙が私と先生を支配した。

 「星空観測か、しばらく行っていないな。確か、星が最も輝いて見える場所だよな。阿智村って」やがてぽつりと先生がこぼす。

 「準備はこちらでします。足がないので車を出してくださるといいんですけど。お願いできませんか?」

 「うーん。いいけれど必ず親御さんの許可を貰ってくること。それと本当に同行するだけ」

 「ありがとうございます」ぺこりと二度目のお辞儀をした。



銀河キャンプ場に到着するまで、君塚先生の色々なことを知った。

 愛車はカンダのGKクルーザー背の高い先生にぴったりのサイズだということ。

 好きなミュージシャンの低くて深い声が先生にそっくりだということ。―心の奥底に刻み込んだ。

 勿論、先生だけじゃなくて私の話もした。好きな本、コーヒーショップの新作が出たら欠かさず注文すること。

 そして肝心な志望校。

 「先生あのね。先生N大出身でしょう。実は私そこを第一希望にしているんです」

 「そうか。じゃあ遊びに出掛けるのもこの夏最後かな?」やっぱりそこは先生真面目だ。

 「お願いがあるんです」

 「東園のお願いは怖いから聞かない」鋭いね先生その通り。

 「合格するまで勉強見て欲しいんです。どうですか、これなら先生と生徒の関係から逸脱しません」

 「今でも十分逸脱しているんだけどな。でもうん。それだったら時間の許す範囲でだったらいいよ」

 やった。言ってみるものOK貰えるなんて夢のようだ。



 キャンプ場にテントを張り、夕食のバーベキューの準備をする。

 食材は前もって私が購入し下ごしらえをした。後は、炭火を熾すだけど先生が手際よく熾してくれた。

 「先生、手慣れてますね」

 「ああ。N大時代の仲間と季節ごとに火を囲んで楽しんでいたんだ。今はお互い忙しくて集えないけれど」と懐かしいものを思い出したかのように微笑んだ。

 「東園も勉強ばかりだけでなく友達と遊んで日々を充実させろよ」親しい兄のような助言を笑みを強めて言う。

 「はい。今も先生と遊んでいますしね。でも、N大に合格するまでは勉強に比率をおきますよ」

 「そうだな。応援するよ」

 先生と囲む夕食は私をご機嫌にしてくれ、より一層美味しく感じられた。

 「東園。ほら、星がのぼってきた」先生の指差す方角に一番星が見えた。

 ―夜がやってくる。



 鏤められた星屑達が満天の星空をつくりだす。星々の煌めきが細やかな音を立てて舞い降りてくるかのよう。辺りは闇。宇宙と一体になったような気がする。

 「今日は流星群の極大日でもないのに良く降るな」そう先生の言うとおり星が流れる。

 「願い事しておけよ。俺は東園の合格を祈っておくから、東園も祈れ」そんな先生だから私は『好き。好き。大好き。届けこの想い』と祈るのだ。

 祈りに満足して少し眠くなったその時、隣に寝そべる君塚先生がささやくように「なぁ。東園は俺のどこがいいんだ」と聞いてきた。

 同じくささやくように、「全部と言いたいんですが少し違います。そう、セットされた髪なのにいつの間にかうねるくせ毛や二重まぶたを縁取る長いまつげ、

 情に厚そうな唇、とがった喉ぼとけから出る深い声、見上げる程の長身痩躯。そう、欠かせない博識さ加減」先生の魅力を伝えたいのに、伝えきれない語彙力。

 「そ、そう。ありが…」「私だけに見せてくれる笑顔があれば完璧ですね」

 先生はもう何も言わなくなった。最後は余計だったかなと反省する。

 月が夜空の支配を止めた時、仮眠をとる為に先生と私はテントに入る。

 家族用の大きなテントの隅と隅離れて眠る。寝入る先生の大きな背中に届くはずもなく「好き」とつぶやいた。



 祈りは届かなかったけど、みた夢はそのままだった。合格発表の日まで勉強を教えてくれるという夢。

 不定期に分からないところをノートに書きだし先生に渡す。すると几帳面な字で丁寧に導き出された答えと解説が返ってくる。

 そして何より嬉しいのが時折小さくコメントしてくれるのだ。例えば、「Keep it up!」や「I’m always on your side!」。

 何度励まされただろう、挫けそうになった時は読み返しては自分を力付ける日々。

 そんな日々に些細な変化が訪れた。なんと、先生と目が合うと微笑んでくれるのだ。目の錯覚じゃない。

 「私だけに見せてくれる笑顔があれば完璧」覚えていてくれたのだろうか、あの言葉を。






 いまだ固い蕾のままの肌寒い春、少しくたびれた制服に袖を通した私 東園みちると君塚悟との最後の日だ。



 ―旅立ちの日に―なんてまだ歌いたくない。飛び立ちたくない。あの愛しき微笑みをくれた優しさから離れたくない。

 でも無理なんだ。あきらめなきゃいけない。こんなにも好きなのに。

 始終俯く私を置いておきぼりに卒業式も最後のホームルームも終わった。

 校門を出る私の下げた頭にコツンとぶつかる感触。顔をあげれば見上げるほどの高い背。

 「君塚先生」

 「卒業おめでとう。4月から俺の後輩になるんだろう俯いてちゃ駄目だ。胸を張って」

 「先生、今まで大変お世話になりました。N大合格も先生のおかげです。ありがとうございました。」

 「そうだな。ずいぶん世話をやいたな。そこでだ、お礼の代わりに願いをきいてくれないか?」

 「何ですか?お役にたてることなら何でもします」

 「言ったな。言質は取った撤回はなしだ」

 一輪の花を差し出し君塚先生は言った。



 「俺、君塚悟とつき合ってください。好きなんです」


 

 

 

 


 

 

 

   

 

読んで下さってありがとうございました。

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