第5話 一方そのころ
『それ』に気が付いたのはブロワさんだった。
「おい……村の方に煙が上がっているぞ!?」
その言葉に、その場にいたすべての人間が村の方角へ向く。
木々の彼方より黒い煙が上がっている……。
「なにが起こっている?」
誰かが言う。それを皮切りにざわざわと皆が話し合う。
「村が襲撃されているのでは?」
そう言ったのはタローである。タローはちらちらと襲撃のあった方を気にしていた。
「おそらく、ゴブリン達は部隊を二つに分けて……おそらくこちらが少数であっちが多数かと」
タローは続けてそう言うが、それはすぐに否定される。
「いや、先ほどの襲撃は今までにない程の規模だった。あれ以上の数がいるだなんて……」
「そもそもゴブリンが隊を分けるだなんて、あいつらは今までそんな事した事なんかないよ」
口々にそんな話が出ている。
「確かに……。私は他の場所から来た人間で、ここの魔物の特性はしらないのですが……現にこうやってゴブリン達が攻めてきて、村から煙が上がっています。そう考えるべきなのでは?」
しかしタローはやや不機嫌な声でそう言い始める。
「そもそも、魔物がそんな事をしないという先入観というか、思い込みこそがよくないのではないでしょうか?それがあったからこそ、今回このようなっ……」
だんだんと強い口調になっていく。どうやら自論を否定されてカチンときたらしい。
わかる気はする。というか、あの煙明らかにかなりでかい火事の煙である。そう考えて当然というか、否定的な言葉が出ること自体がおかしいとは思った。
「あーまてまて。とりあえず、だ」
俺はタローを静止させ、割って入る。
「ここで言い合いしている暇はないだろ。あの煙がなんにせよ、襲撃があったんだから村へ戻る。でしょう?ブロワさん」
と、ブロワさんを見る。
カッコよく間に入ったはいいが、下手に言うとかえってややこしくなって人付き合いに響くので、結局人任せにしてしまう。
だが、逆にそれが功を奏してブロワさんはその通りだと言って皆をまとめて帰り支度を整えだした。よし。
「ありがとうございました。カジミールさん」
「おう、流石にあれを見て違うとか言い出すのは、な」
タローに礼を言われ、俺は煙を指さしてうんうんと頷く。
そんな訳で馬車に乗り込み村へと帰る訳だが……。
「なあタロー。そういえばアレどうするんだ」
馬車の中、カブやらなにやらが詰め込まれた中、窓穴から指をさして放置されているエムジイなんとかを示す。
「持っていきたいのはやまやまなんですが……。流石にこの状態では重すぎて積めませんからね」
そう苦笑する。確かに行きと違い、馬車が動く程度には満載しているので結構きついだろう。
「ここに置いとくのか?」
「いえ、さすがにゴブリン達が使う筈はないんですが……。まぁ盗まれても面白くないので……」
そう言った瞬間、そのエムジイなんとかが、俺がピストルを握った瞬間の如く砂と化して崩れ去った。
「おぉ!?あんな事もできるのか!?」
流石にまさか自力で砂にさせるとは思ってもみなかった。
「ええ、でもまぁ。ああいう大きいものは再出現させるのも時間が掛かるんですが」
タローは苦笑をする。
「それより……覚悟した方がいいと思います。村は恐らく……」
「ああ、わかってる。ああなってる以上、襲撃されているのは間違いねぇし……」
俺たちがそう言いあっている中、コレットがガッソを抱えてくる。
表情は不安そうな顔をしている。無理もない、村から煙が上がっているからだ。
「コレットか。……大丈夫だ。俺が守る」
俺はその表情をみて声を掛ける。
「うん、でも私も手伝うよ。こんな事態だし……私にもできる事はあると思うし」
それでも浮かない顔をするコレット。
ガッソもおとなしくコレットに隣に座っている。
「うーん、今のうちにいったんバラして整備してた方がいいんだけど、やっぱスペースないからなぁ……時間的にも怪しいだろうし……」
ふとタローを見ようとするとそのような声が聞こえてきたので、そっとコレットの方に目線を戻す。もはや何も言うまい。うん、人間知らなくていい事は割とあるのだ、うん。
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コルマ村
コルマ村は、メロヴィング帝国のアウスプレヌ州の南に位置し、州都アウスフォールと帝都ネウスタールを一直線で繋ぐプルミエ街道が脇を通る為、小さいながらも人通りのある村である。
特にアウスプレヌ州はメロヴィング帝国内でも随一の穀倉地帯であり、コルマ村も例に漏れず微力ながら貢献している。
人口は約600人~800人。特産品はカブで、酢漬けが冒険者達の間で保存が効く関係で人気があり、増産の為に近くの山であるコルマ山を切り拓いてカブ畑を広げたという背景がある。
しかし、今、魔物達の襲撃を受けていた。
幸い、村の周囲を木の壁で囲んでいるのである程度の被害は食い止められているものの、木の壁に火矢を掛けられ村人たちが必死に消火活動を行っている。
「一体どうなってやがる」
一人、村の外周において駆け回る男が一人。
否、周りでは目的を同じとする無事な者達が戦いで傷ついた者達を担いだり手当てをしている。
「ゴブリンどもが火矢使うなんて聞いた事がねぇぞ」
悪態を付きながら周囲に敵が居ない事を確認する男……彼はカジミール邸に乗り込んだ男ウジェーヌであった。
彼の知識の中で、否、この世界の魔物退治を生業とする者の知識の中では、ゴブリンはまず火矢を使わない。
旗も持たないし、角笛を吹きながら突撃したりとかしない。ホブゴブリン等の上位種が指示のようなものを出したり等する訳がないし、下位種であるゴブリンが従う訳があってはならない。組織だった集団戦をするゴブリンなど存在しないという認識だった。
だが、現実は、目の前に広がる光景はなんだろうか。
まず最初に魔物達の『軍勢』が見えた際は何が起こったか理解できなかった。本来『魔物の群れ』が村落を襲うのはわかるが、『軍勢』となると話が違くなる。
『群れ』と『軍勢』の違い、それは規律だったモノがあるかないかである。
明らかにあれは『規律らしきもの』が存在し、『部隊らしき分別』が存在し、『役割』が存在していた。
でなければこうも引き際が良い訳がない。ウジェーヌはゴブリンの死体の少なさにそう思考していた。
「ようウジェーヌ。元気そうだな」
そんな思考中、ふいに声を掛けられる。共に村を訪れていた同僚である。
「ほざけ。この戦い、早めにトンズラこいた方がよさそうだ」
しかし今のウジェーヌは同僚の笑みすら不愉快なものに映る程に切迫していた。
「確かにそうだな。まさかここまでゴブリンどもが頭を使うとはな……」
同僚も渋い顔をして頷くが、同僚はだが。と続ける。
「俺達でこいつら率いてる奴を倒せねぇか?」
「無茶だろ。そもそも提示された額じゃそこまでやる義理はねぇだろ」
「そりゃそうだがな……。へへっ、だがもしも奴らのボスを倒せばおめぇが狙ってるアイツだってナビくんじゃねぇか?」
同僚は下品な笑みを浮かべて提案する。
「だったらおめぇ一人でやれ。俺はズらかる」
「あれぇ?今日はやけにノリが悪いじゃねぇか。一体どうしたn……」
明らかに会話の途中での区切りにウジェーヌは同僚を見ると、そこには呆けたような顔で森(というより山)方面を見る。
そこには、なにやら槍を担いだ人間らしき人影が見える。
「おい、あいつおかしかねぇか?」
同僚は不思議そうに、しかし先ほどの笑みを消してソレを指さす。
「確かにおかしいな……気を付けろ」
ウジェーヌはソレを確認すると、静かに武器を構える。
ウジェーヌ達が見たモノ、それは上半身が肩当て程度しかなく下半身は動物の皮でつくった腰みのをしている……大男であった。
彼は静かにこちらへ歩いている。獲物たる槍を肩に乗せるような形で歩いており、ある意味で人間らしい動きをしている。
しかし肌の色が黒みがかった茶色であり、明らかに人間ではないように見える。
「おい!そこのお前!止まるか名乗れ!」
「みんな集まれ!怪しい奴がいるぞ!」
ウジェーヌらは静止を促し、人を集めたが、それでもソレの進行は止まらなかった。
それどころか、視界から消えてしまった。
「なっ、どこ行きやガっ」
ウジェーヌの同僚は最後まで言葉をいう事ができなかった。
「な…ん…」
彼は同僚の、突然襲ってきた死に対応できなかった。
目の前には、肩当てしかなくむき出しの黒みがかった茶色の胸をむき出しにし、人間の顔には近いが魔物と言い切れる程には鋭い顔つきをした……『オーガ』が居た。
オーガは先ほど肩に当てていた槍でもって同僚の腹を貫通させ、地面には血が滴り落ちていた。
「野郎、ふざケゃ」
ウジェーヌは、突発的な衝動でそのオーガを亡き者にせんがために行動を起こそうとしたが、そのオーガから放たれた岩石のような拳に顔面を破壊され、潰されたカエルのような断末魔を小さく叫んだだけであった。
一瞬の出来事に、集まりかかっていた村人と兵士達が膠着する。
「ウラアアアアアアアァァァァ!!」
その静寂をかき消すかのように、そのオーガは槍を死体ごと持ち上げ、鬨の声をあげる。
木霊するその叫びに、森から魔物の軍勢が、槍や剣、旗を掲げ村へと押し寄せてきた。
コレル村、最大の危機であった。
黒茶色オーガさんはロシア人ではありません。あしからず。