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スマホ × 電車=デス・ゲーム  作者: ネームレス・サマー
悪夢の中で、彼は適応する
9/27

覚醒――エゴイスト 

「ザマーねえぜ! あいつが死にやがった。

 散々人をコケにした罰だ!」


 視線を向けた先は妙に騒がしかった。

 人が多く集まっているから、というだけではないらしい。

 興奮しきった若い男の声からは物騒な言葉が聞こえてくる。

 もう俺にはどうでもいいんだが。

 

 ロングシートに腰を落ち着け、騒いでる方へぼーっと視線を向ける。

 どうでもいいことだ。けれど、他にやることもない。

 せいぜい生き足掻いてる人の姿を見ていよう。


「…………」

 

 それにしても、どうして皆そんなに生きたがっているんだ?

 生物が持つ本能がそうさせているのか、それとも欲望――自分の未来に幸せがあると信じているのか、

 わからない。死んだっていいじゃないか、天国に行くのか、地獄に行くのか、はたまた土にでも還るのか、

 そんなのはわからない。けど、そんなに悪いもんじゃないと思う。

 生きているのが悪だなんて言わない。だがそこまで死を拒む必要はないだろう。

 

 頭を横に振る。


「言い訳だ」


 そう、全部自分に対する言い訳。

 死ぬことを正当化しようとしている。

 

「きみ、死んだ人間にそこまで言う必要はないんじゃないか?」

「うるせえ、アンタは知らねえからそんなことを言える。

 俺がアイツに今までどんなことをされてきたか……」


 だけど仕方ないだろう。

 疲れたんだ、生きることに対して。

 唯一無二の友達は死んで、挙句には過去の苦い思い出までぶり返させられて。

 一過性の感情なのかもしれない。だが、確かに今抱いてる感情は死にたいという気持ち。

 未来が見えない。生きたいと思う何かがない。


「これぐらいの死に方をして当然の奴なんだよ」

「なんてことを言うんだ! 最近の若い者は……」


「……ちょっとさっきのより酷くない」「俺は首チョンパの方が……」

「そもそもどうして」「『イイエ』を選んで――だよ」


 そもそも、どうして今まで生きてきたんだ?


 

「さっきからうるせえんだよ、この老――――!」「―――――!?」 


 なよなよとした若い男の声と肥えたおっさんの声に激しさが増す。

 人が多くて姿は見えないが、もはや殴り合いをしていてもおかしくはない。

 血の気の多い連中だ。蔓延する血の匂いに当てられでもしたのだろうか。


「死んで当然の人間か」


 そんな人間がいるのかは知らないが、生きていて欲しい人間はいた。

 アイツが死ななければ、幻覚や幻聴まで聞こえたりはしなかったに違いない。

 狂うこともなかったはずだ。


「…………」


 今だに言葉での殴り合いをしている2人。

 醜いと思った。

 人の死を純粋に喜んでる奴に、倫理観を振りかざして悦に浸ってる奴、両方共汚く見えた。

 

 いや、あいつらだけじゃない。周りの奴らもそうだ。

 喧嘩している2人のことは眼中にないようで、スマホを無我夢中で叩くように操作している。

 おそらく『ハイ』を選択しているのだろう。それが仮初とはいえ、生き残るための道らしいしな。

 醜い奴らだ。薄汚い豚のような存在。

 自分にとって必要なもの(エサ)を得たら、誰が誰と喧嘩しようがどうでもいいらしい。

 利己主義――エゴイズムの体現者があそこには多くいる。


 だが、あの2人や周りの奴ら以上に醜く汚い存在がいる。

 それはこんなゲームを開催した奴らだ。どんな理由があるにせよ、多くの人を殺した。

 そんな奴らがまともで綺麗な存在であるはずがない。……もしかしたら人ではないかもしれないが。

 

「……」


 俺はどうなのだろう。

 醜く汚い存在に囲まれた俺は綺麗でまともなのだろうか。

 そんなことはない、俺も醜く汚い存在だ。その上狂っている。

 友の首を弄ばれた時も、自分が生き残るための行動を優先した。

 夏恋(かれん)さんや香本(こうもと)さんを利用した。自分だって立派なエゴイストだ。


 そう、だからこそ思う。

 汚く狂った自分が、汚い他人にどう見られようが気にする必要はないと。

 わざわざ死のうとするのもアホらしい。

 この先に幸せな未来があるとは思えないし、生きる理由も特にはない。

 けれど、死んでやる理由はそれ以上にない。

 こいつらが生きているのに俺が死ぬなんて、単純にムカつく。


 それなら精々ノっていこう。

 生きるためじゃなく、死ぬまでの余興としてこのゲームに参加してやる。

 他人なんてどうでもいい。自分本位に生きてやる。


 車内を見回す。

 暗く血で汚れた車内。首なしの胴体や生首がそこら中に転がっている。

 今までの現実からは離れすぎた世界。

 狂っている、そんな世界だからこそ、今の狂った俺にはお似合いだろう。




「ハハハ」


 自分以外誰もいない世界で笑う。

 俺の世界は狭く、小さい。けど、それでいい。


「次のゲームを始めるとするか」


 スマホを取り出そうとしたところで、


「もうやめて下さい!」


 夏恋さんの声が聞こえた。

 どこからだろう、と視線を声の方へ向けるとどうやらあの醜い集団の中にいるらしい。

 彼女達もいたのか。


「今は喧嘩している時じゃありません……」


 悲しい声色が俺の胸に届いてきた。

 何かが胸の中で燻っている。

 俺はそれを振り払い、今感じたことを忘れることにした。


「これでいいんだ……」


 スマホを取り出す。

 彼女の声がおぼろげに聞こえる。

 なんて言ってるのかはわからなくていい。



 『ツギノゲームヲハジメマスカ?』   49


  『ハイ』          『イイエ』

         43


    

 俺は迷わず『ハイ』を押した。

 周囲の目なんてどうでもいいんだ。

 自分のことだけを優先して生きてやる。それだけでいい。 


「…………」


 黒い窓をじっと見つめる。

 いつの間にか喧嘩をしていた2人の声は聞こえなくなった。

 それだけじゃない、周囲のざわめきも随分と静かになったようだ。

 ……夏恋さんがどうにかしたんだろうな。


光宙(そら)


 もし、俺が死んだらあの世で叱ってくれ。

 そして許して欲しい。俺は、これから――――



 


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